第11話

 親の公認を得てから数日が経っていた。

 あの日以降も朝比奈さんは毎日俺の部屋に涼みに来ている。

 時間的には九時頃から日暮れ前まで。

 一日の半分近くを俺の部屋で過ごしている。

 フィットネスゲームで汗を流したり、朝比奈さんの幅広い料理のレパートリーに驚かされたり、オススメの漫画やアニメを見てダラダラ過ごしたり、普通のゲームを一緒に遊んでエキサイティングしたり。

 朝比奈さんも慣れて来たのか、母親の言葉通り自分の家のようにくつろいでいる。


 今だって、部屋にあるスライムモデルの人をダメにするソファーにうつ伏せに寝転んで、本棚にある親父の古い漫画を読んでいる。

 胸が重いのだろう。朝比奈さんは下乳をソファーの端に軽く乗せ、お腹全体で体重を支えるようにしてうつ伏せになっている。形としてはorzというか、肘を使って腕立て伏せをしているような格好だ。


 エッチ過ぎる。


 いやまぁ、すこぶる恵体な朝比奈さんがTシャツ短パンの部屋着姿でくつろいでいる時点でどの角度から見てもエッチでしかないんだが。

 真剣に漫画を読む朝比奈さんの顔の下には、半重力状態のOPIが熟れた果実のように悩ましくぶら下がっている。下乳をソファーに支えられているから、立体感が凄まじい。代謝が高いのだろう。昼食を食べた朝比奈さんの身体からは、俺の脳をダメにする甘い体臭がムワッと香り、気分はまさに4DX。


 後ろは後ろで、膝立ちになった大きなお尻が短パンの布地をこれでもかと引き延ばし、今日も今日とてパンツのラインが浮いている。太ももなんか根元近くまで露出して、裾の隙間からチラチラとピンクの縞模様が覗いていた。


 そのような有様だから、折角朝比奈さんがオススメの漫画を持って来てくれたのに、内容なんかほとんど頭に入ってこなかった。

 無防備過ぎる格好を注意したい気持ちはあるのだが、言ったら言ったで意識しているみたいで恥ずかしい。硬派キャラを貫く為にも、仕方なく知らんぷりを決め込んでいる。


 見ちゃダメだ。漫画に集中しないとと思ってはいるのだが、視界の端で大きなお尻がもぞもぞと揺れる度、女神の見えざる手によって視線が勝手にそちらを向いてしまう。


 いけない事だと思いつつ、心の中で古の大盗賊ゴエモンが感嘆する。


 あぁ、絶景かな、絶景かな。


「ね~黒田君。プール行きたくない?」

「行きたくない!」


 突然話題を振られ、俺はビクリとして叫んでしまった。

 一瞬如何わしい視線がバレたのかと思い、冷や汗と共に心臓がドキドキする。

 朝比奈さんはキョトンとすると、呆れたように眉根を寄せた。


「そんなに嫌がらなくてもよくなくない?」


 仰る通り。

 俺としては、見てません! と咄嗟に否定するようなノリで口にしてしまっただけだ。

 とは言え、本音の所でもあまり気乗りはしない。

 朝比奈さんの水着は見たいけど、プールに行くのはイヤだ。

 というか、基本的に外出が嫌いな俺だった。

 朝比奈さんと二人で自室にいるだけで、俺の青春指数は充分潤っている。


「だってこの暑さだぜ? 暑すぎて蝉も鳴いてねぇ。どこのプールか知らないが、着く前に溶けちまうよ」


 実際外は滅んだみたいに静かだった。

 テレビをつければニュースが熱中症の注意を呼び掛けているだろう。

 こんな日にエアコンの庇護の外に出るなんて正気の沙汰じゃない。

 それなのに……。


「だからプール行くんじゃん!」


 朝比奈さんは当然のように言う。

 だからの飛躍がいかにもギャルっぽいが、言いたい事はわからないでもない。


「そうだけどよぉ……」


 渋る俺に朝比奈さんが尋ねる。


「なに黒田君。プール嫌いなの?」

「嫌いってわけじゃないけど。別に好きでもない。フツーだよフツー」

「男の子なのに?」

「関係ねぇだろ……」

「えー! だってプールと言えば水着の女の子じゃん! 男子はみんな好きでしょ?」

「……別に。俺、硬派だし」


 嘘です。大好きです。なんならプール抜きで水着の女の子だけ見たいです。

 去年なんか琢磨とその為にプールに行ったしな。

 まぁ実際は、刺激が強すぎてほとんど直視出来なかったんだが。

 悔しいから二人でウォータースライダー乗りまくって帰ってきた。

 ………………だからホモ疑惑立てられたのか!?


「そーだけどさぁ~。好きだけど見ないのと好きじゃないのは違うくない?」


 ……確かに。

 解像度の低い真似をすると逆に怪しまれるかもしれん。

 俺と朝比奈さんの関係は俺が硬派だという勘違いの一点によって成立してるんだ。

 そこの所を気を付けないとな。


「……まぁ、好きじゃないと言ったら流石に嘘になるけどよ。彼女でもない女の水着姿ジロジロ見る趣味はねぇよ。普通に失礼だろ」


 この辺が妥当な線か?

 適当にそれっぽい事を言ってはみたんだが。


「あ。一応女の子には興味あるんだ」

「……悪いかよ」


 ヤベ! 失言だったか!?


「ううん全然! 黒田君だって男の子だし! 流石に全然興味ないは嘘じゃん? むしろ安心みたいな?」

「安心する要素かそれ?」

「だって正直に言ってくれたし。興味あるけどちゃんと自制できる人の方が友達として安心でしょ?」


 なるほど。そういう見方もあるか。


「なんでもいいけど。そもそも誘う相手が間違ってるだろ。男だぞ俺は」

「だから?」

「だからって……。二人でプール行ってる所誰かに見られたら絶対噂されるだろ……」


 男同士ですらなったのだ。

 相手が人気者の朝比奈さんじゃ間違いなく校内ニュースでバズってしまう。


「黒田君が相手ならあたしは別に平気だけど?」

「ながっ!?」


 心臓が口元まで込み上げた。

 なんだよそれ……。

 どういう意味だよ!?


「あ、ごめん! 今のはそういう意味じゃなくてね! あたし別に彼氏とか欲しくないし。知らない人に告白されるのもいい加減面倒だから。彼氏が出来たって噂になっても別にいいっていうか、むしろ好都合? 黒田君なら硬派だから平気だし!」


 あーびっくりした!

 そういう意味かよ!

 そりゃそうだけど……。

 オタクは勘違いしやすいんだぞ! 

 紛らわしい事言わないでほしい。


「いや、平気じゃねぇだろ……」

「え?」


 無意識にぼやくと、朝比奈さんの顔が強張った。

 俺の言葉を反芻するように暫しフリーズし。


「もしかして黒田君、好きな人いる系!? だったら迷惑だよね! 本当ごめん! そこん所、全然考えてなかった! 最悪! マジ自己中発言! バカバカバカバカー!」


 大失態をやらかした顔で朝比奈さんがポカポカと自分の頭を叩く。


「やめれ! バカになるだろ! 別にそういうわけじゃねぇよ……」

「えぇ……。じゃあなんで……」


 呟いて、今度は顔が真っ赤になる。


「あ、そ、そうだよね……。あたしと噂になるとか嫌だよね……。ご、ごめんね! ちょっとモテるからって、調子に乗っちゃった……」


 耳まで赤くして、朝比奈さんが顔を隠す。


「違うって! 逆だよ逆! 別に俺は平気だけど……。俺なんかと噂になったら朝比奈さんが嫌だろって……」

「はぁ~!?」


 朝比奈さんの顔を隠していた両手が扉みたいにパカッと開く。

 出てきたのは阿修羅とは言わないが、それなりの怒り顔だ。


「なにそれ! あたしから言い出したんだから嫌なわけないじゃんか! もう! 一人で慌ててバカみたい! あたしの謝罪を返してプリーズ!」

「悪かったよ……」


 半泣きの照れ顔で責められてなんとなく謝るが。

 これ、俺が悪いのか?


「本当だよ! って事で、黒田君がオッケーならプール行こ! どこ行こうっかな~?」

「待て待て待て! まだ行くとは言ってねぇだろ! てか朝比奈さん、他に相手いないのかよ!」


 不用意な発言に、朝比奈さんがギロリと俺を睨みつける。


「居たらクラスメイトの男の子の部屋に毎日入り浸ってないですけどぉ? 彼氏はいらないって言ってるじゃん!」

「いや、そういう意味じゃなくて! 女友達とかいるだろ!」


 どうやら地雷を踏んだらしい。

 朝比奈さんがピシリと固まり、コンパクトな体育座りになってイジケた。


「いないもん……」

「え? いや、でも、朝比奈さん、人気者じゃん。友達多いだろ?」

「夏休みに連絡取り合って遊びに行けるような子はそんないないもん! 仲いい子達だってみ~んな忙しいとか彼氏できたとかで全然相手してくれないし! 夏休みはみんなでプール行ったりコスプレしたり沢山遊ぼうと思ってたのに! 計画台無し! それとも黒田君、あたしに一人でプール行けって言うわけ!? このナンパの多い夏休みシーズンに女の子一人で!? 自慢するわけじゃないけど一応それなりに努力して可愛いを装ってるあたしだよ!? 一人でプラプラしてたらナンパしてくださいって言ってるようなもんじゃん! ていうか実際されるし! だから怖いの! 一人でなんか絶対行けないよ! あたしには黒田君しかいないんだよ!? 友達じゃん! ちょっとくらい付き合ってよ!?」


 パッカー! と体育座りを解放し、朝比奈さんが子供みたいに駄々をこねる。

 何度でも言うが、朝比奈さんはあり得ん巨乳で、ラフなTシャツと短パン姿だ。

 そんな風に暴れたらOPIが右に左にバルンバルン。Tシャツが捲れて日焼けしてない白いお腹も丸見えで、揺れる太ももが目に眩しすぎる。


 まぁ、可愛いからいいんだけど。

 てか、意外だ。

 朝比奈さんも俺と似たような境遇だったとは。


「わかったわかった! 俺が悪かった! そこまで言うなら付き合ってやるから! 落ち着けよ!」


 ぶっちゃけ俺も朝比奈さんの水着姿は見たいし。

 朝比奈さんと一緒ならプールに行くのもやぶさかじゃない。

 てかこれ、実質デートじゃね!?

 なんて思っていると。


「やったー! それでこそ黒田君! 心の友よ~!」


 朝比奈さんが俺の太ももに抱きついて頬擦りをする。


「だぁ!? やめろ!? ひっつくな!」


 わかってんのか朝比奈さん!?

 君の頭の少し上にはOTNがぶら下がってるんだぞ!?


「えへへ~。嬉しくてつい! これであたしも夏っぽい事エンジョイ出来るし! あたしってオタクだけどギャルだから? お部屋でまったりもいいんだけどたまには外で遊びたいって言うか、陰と陽が合わさって最強的な! そうと決まれば早速行こう!」

「いや、今からプールは急すぎだろ!? 心の準備が出来てないんだが!?」

「ノンノン。わかってないなぁ黒田君は」


 〇ルナレフみたいに人差指を振ると、朝比奈さんは言ったのだ。


「折角プール行くんだし、水着新調したいじゃん! って事で、買い物付き合ってよ!」

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