第10話
「ごめんね黒田君……。あたしのせいでなんか喧嘩みたいになっちゃって……」
自室に着いた途端、朝比奈さんは申し訳なさそうに言った。
「いや。あれは完全親父が悪いから。朝比奈さんが気にする事ないって」
むしろ俺の方が申し訳ない。
悪気はないんだろうけど、うちの親父は無口なせいか、言葉選びが下手な時がある。
基本的にはいい人なんだが。
「親父とお袋が喧嘩するのなんかいつもの事だし。っていうか喧嘩じゃないんだよな。お袋が勝手にやきもち妬いてキレてるだけだから。すぐ仲直りしてイチャつきだすから、マジで気にするだけ損だぜ」
「ならいいんだけど……」
朝比奈さんは半信半疑と言った様子だ。
まぁ、こういうのは口で説明しても仕方のないのだろう。
「それよりさ、朝比奈さんの恰好には驚いたぜ。マジで別人かと思った」
「えー? 別人は流石に盛りすぎでしょ~」
「いやまぁ、朝比奈さんに似てるとは思ったけどさ。髪の色も肌の色も違うんだぜ? メイクのせいか顔つきもなんか違って見えたし、まさかコスプレしてくるとは思わないだろ? 黙ってたらマジで騙されてたって!」
「そう? えへへ……。まぁ、一応これでもレイヤーなので!」
朝比奈さんがムフッと得意気に胸を張る。
「レイヤー?」
「コスプレイヤーの事だよ。略してレイヤー」
「業界用語みたいだな。イデデ!」
ベッドに腰かけようとして、俺は思わず悲鳴をあげた。
「筋肉痛? 階段登ってる時もなんか辛そうだったけど」
「バレてたか……」
柄にもなく運動なんかしたせいで全身バキバキだった。
恥ずかしいから隠しておきたかったんだが……。
「そりゃバレるよ。黒田君、壊れかけのロボットみたいだったもん。ウィーン、ガシャ、ウィーン、ガシャ、みたいな」
「こちとら運動嫌いのオタクなんでね。朝比奈さんは平気なのかよ」
「ちょっとは痛いけど。普段から運動してるから。そんなでもないかな? 黒田君もすぐに慣れるよ」
「いや、続ける前提で言われても困るんだが……」
「え~! なんで~! 続けようよ! 最初は辛いかもしれないけど、慣れると気持ちよくなってくるんだよ?」
「ドMかよ」
「わかってないなぁ黒田君は。筋肉痛は成長の証なんだから! むしろ痛くないと効果ない気がして物足りないし!」
「別にそこまでストイックに運動する理由ねぇから」
「筋肉ついたら身体がシュッとしてモテるよ! あたしが証拠!」
「生憎俺は硬派なんで。モテなくて結構。てか、自分で言うか?」
指摘され、朝比奈さんが赤くなる。
「だって、黒田君に運動続けて欲しいんだもん……」
朝比奈さんの唇が拗ねたように尖る。
意味深な物言いに、思わず俺はドキッとした。
いやいや、勘違いするなよバカ。
「そんな事言って、俺にコスプレさせたいだけだろ」
「勿論それもあるけど。それだけじゃないし……」
チラチラと、朝比奈さんが上目遣いで俺の顔色を伺う。
俺になにかを期待している顏だ。
それがなんなのか、俺にはわからない。
「……それだけじゃないって。他に何があるんだよ」
朝比奈さんは答えなかった。
恥ずかしそうに視線を下げ、「うー……」と唸るだけだ。
ドクン、ドクンと、俺の心臓が勝手に鼓動を早めやがる。
「……なんだよ。言えないような事なのか?」
朝比奈さんがコクリと頷く。
「だって、恥ずかしいんだもん……」
落ち着け心臓。
勘違いするんじゃない。
絶対にお前が思ってるような事じゃないから!
「言ってみろよ……。気になるだろ……」
「じゃあ言うけど……」
朝比奈さんが深呼吸で乱れた息を整える。
ふと真顔になり、真っすぐ俺の目を見つめる。
「黒田君が一緒に運動してくれたらあたしのモチベーションも上がるから!」
「……くっだらねぇ! 恥ずかしがるような事かよ!」
緊張して損したわ!
むしろ期待した自分がバカすぎて恥ずかしいわ!
顏アチー!
「だってぇ! なんか自己中っぽいじゃん! 黒田君に自分勝手な奴だって思われたくないもん!」
「別に思わねぇけど……。てか、そんなんでモチベ上がんのか?」
「上がる上がる! だってあたし、コスプレの為に身体作りたいだけで運動好きなわけじゃないんだもん! 出来る事ならしたくないし! ぶっちゃけイヤイヤだよ!」
「さっきと言ってる事が違うくないか?」
「そこはほら? 黒田君に運動して貰う為の方便的な?」
「………………」
「そんな目で見ないで!? だってだって、黒田君と一緒に運動してるとなんか楽しいし、良い所見せなきゃ! って気持ちになって頑張れるんだもん! お陰で昨日は普段の三倍くらい運動できたし! やってる最中も全然辛くなかったし! また一緒に運動したかったんだもん!」
真っ赤になって叫ぶ朝比奈さんを見て、スンとした心臓がまた騒ぎ出した。
なんでだよとは思うが、朝比奈さんの言いたい事は俺にも理解出来た。
だって俺も楽しかったから。
一人だったらあんなキツイ運動、ゲームとは言えとてもじゃないが出来なかった。
朝比奈さんと一緒だとなんか楽しくて、頑張れてしまった。
朝比奈さんに見られていると思うとつい格好つけたくなってしまって、頑張りすぎてしまった。
だから全身筋肉痛でビキビキなのだ。
「……まぁ。そこまで言うなら付き合ってやってもいいけど」
恥ずかしくて、そんな言い方しか出来なかった。
素直に俺もと言えないから、俺は非モテの陰キャなのだろう。
朝比奈さんは小躍りで喜んだ。
「本当? やったぁ~! じゃあ週三で!」
「週三は多すぎる!? せめて週二だろ!? 運動初心者だぞこっちは!」
「大丈夫! そこはあたしがサポートするから! って事で、ちょっとうつ伏せに寝てくれる?」
「なんだよ。ストレッチでも教えてくれるのか?」
言われるがまま、俺はベッドの上でうつ伏せになる。
その直後、俺の太ももの裏にムニッと柔らかな感触が乗っかった。
「ううん。マッサージ」
「はぁ!?」
待て待て待て待て!
じゃあ尻なのか!?
この温かくて柔らかなモチモチは朝比奈さんの尻なのか!?
あばばばばばばば!?
「心配しないで! こう見えてあたし、マッサージは得意だから! ママが漫画家でしょ? 身体中バッキバキで辛そうだから、勉強したんだ! 結構評判良いんだよ?」
「そういう問題じゃ――おほっ!?」
朝比奈さんが俺の尻を鷲掴みにして、付け根の辺りを親指でグリグリする。
「お~? 黒田君、意外に凝ってるねぇ? ガッチガチだよ? ゲームで座りっぱなしでしょ!」
「んぐ、ふぐうぅぅ!? ちょ、待って、朝比奈さん!?」
痛みとくすぐったさと気持ち良さのカクテルに、俺は必死に歯を食いしばる。
それでも変な声が漏れてしまい、慌てて俺は制止するのだが。
「動かないで! 最初は痛いけど、段々気持ちよくなってくるから!」
「そう言う問題じゃ――ふごぉおおおお!?」
「見つけたぞ~。コリッコリの大きなシコリ発見! これは揉み応えありそうだ! うんしょ! うんしょ! うんしょ!」
「ふご!? ふごぉ!? ふごおおおお!?」
太ももの裏に座ったまま、朝比奈さんが全身を使って俺の尻を揉む。
その度に、朝比奈さんの股間がグイグイと俺の太ももに押し付けられる。
それだけでもヤバいのに、朝比奈さんはラフな部屋着の短パンに着替えていた。
つまり生足だ。
朝比奈さんが動くたび、ヒンヤリとした太ももがスリスリと俺の肌に触れる。
こんなのほとんど〇ックスだろ!?
なんて思っていたら……。
不意に俺は部屋の扉が僅かに開いている事に気付いた。
隙間から、スケベな顔をした母親が覗いていた。
目が合って、俺は血の気が引いた。
「ちょ、ま!? 違う! これはただのマッサージィィィィィイイ!?」
朝比奈さんに腰のシコリをクリティカルされ、俺は悲鳴をあげて仰け反った。
母親は生暖かい笑みを浮かべると、左手で作った輪に右手の人差し指をスコスコする。
(息子よ。聞こえますか? お母さんは今、あんたの心の中に直接語り掛けています。これからお母さんはお父さんと詫びデートに行ってくるので、後はどうぞごゆっくり)
(ふざけんな!? 親なら止めろよ!?)
(いーじゃん。あんたも高二でしょ? 良い機会だし、そろそろ大人になっちゃいなよ)
(それが親の言う台詞かよ!?)
(バッカ! こんな理解のある親他にいないよ? てか、お母さんの初めても高二だし? 勿論相手はお父さん――)
(聞きたくねぇから!? 速やかに黙ってくれ!)
(あっそ。じゃ、そういう事で。こんな事もあろうかと枕の下にコンドーム隠しといたから。エッチしてもいいけど避妊はちゃんとするように)
(おいバカふざけんな!? ちょ、待って! 戻ってきて! 母さん!? 母さぁああああん!?)
母親が姿を消し、俺の叫びは心の中で虚しく響いた……。
「ふぃ~! 後ろはこんなもんかな? マッサージはバランスが大事だからね! 次は前やろ! って事で、仰向けになってプリ~ズ!」
「あー……。今はちょっと無理だから、そのまま背中もやってくれるか?」
俺は必死に時間を稼いだ。
賢明な男性読者諸君なら、理由は言わなくても分かるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。