第9話
「あははは! 清楚っぽく見せたいからって和服コスで来るとか! チョーウケるんだけど! しかも黒髪ウィッグにドーランまで塗っちゃって! 夏海ちゃん面白いね! けど、真夏にあの格好は流石に自殺行為っしょ! あははは!」
理由を聞いた母親が爆笑し、上機嫌でズゾゾゾと素麺を啜っている。
勢いが凄すぎて隣の親父にビシャビシャ汁が飛んでるが、本人はご褒美ですみたいな顔でのほほんと構えている。
「うぅぅ……。ご迷惑をおかけしました……」
肩幅の小さくなった朝比奈さんはスルスルと、恥ずかしそうに素麺をすすっている。
あの後なんだが、オーバーヒートした朝比奈さんは風呂場で冷たいシャワーを浴びたらあっさり復活した。
今は母親共々ラフな部屋着に着替えて、みんなで一緒に昼食の素麺を食べている。
「母さんだって人の事言えないだろ。バカみたいな恰好で出迎えやがって。息子として恥ずかしいっての」
母親が笑いすぎなので、俺はチクリと釘を刺す。
親父がボソリと「僕は好きだけどなぁ……」と呟くが、当然のように無視された。
「悪かったって! そこはほら、おあいこって事でさぁ? 夏海ちゃんも気にしないでいいからね?」
「は、はい! ありがとうございます……」
決死の和服コスが功を奏したのか、母親は朝比奈さんの事を気に入ったらしい。
一方で、朝比奈さんはまだ緊張してる様子だ。
まぁ、彼氏でもない男の家に来て相手の親と飯を食う事になったら緊張するのも仕方ないが。
「朝比奈さん。こんなの相手に緊張しなくて大丈夫だから」
「おい智樹ぃ? 誰がこんなだぁ?」
大皿から素麺を取ろうとすると、母親が端で邪魔して威嚇する。
「あんただあんた。行儀悪い事すんなよ」
「はぁ?」
俺の事をギロリと睨むと、母親は不意に小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「なに智樹ぃ? 夏海ちゃんの前だからってイキってるつもり? あーやだやだ! 昔はあんなに可愛かったのに! 小学校の作文で将来の夢はお母さんと結婚する事ですって書いてお父さんとガチ喧嘩してたのが懐かしいわ!」
「ぶほっ!? て、てめぇ! 昔の話だろ!? こんな所で持ち出すなよ!?」
「昔っつっても小6じゃん! たった五年前っしょ! 今だって買い物行ったら俺が持つからって荷物持ってくれるじゃん! 聞いてよ夏海ちゃん! こいつ、こんな事言ってるけど本当は母親想いのイイ子なのよ?」
「だー! だからやめろって! 朝比奈さんを巻き込むな!?」
別に俺は母親想いなわけじゃない。フツーに仲が良いだけだ。
荷物を持つのだって、親父がそうしてたからそれに習っただけだ。
イキっているのは事実だけど……。
だって朝比奈さんの前だし。
母さんには悪いけど、母親感を出されるのは恥ずかしい。
親子で買い物中にクラスメイトと出くわしてしまった時のような気持ちになる。
親父がボソリと「僕も母さんと買い物行きたいな~」と呟いているが、特に拾われずスルーされた。
「黒田君、優しいですよね。それに凄く硬派だし……。ぁ、智樹君って呼んだ方がいい?」
もじもじしながら言うと、朝比奈さんはハッとして俺に囁いた。
「別に、なんでもいいけど……」
突然の名前呼びにドキッとしつつ、俺は母親の顔色を伺った。
「硬派って、智樹が?」
案の定、母親がカスの嘘を聞いたような顔をした。
その辺の話はややこしいからしていなかったのだ。
「そうですけど……」
違うのかな? そんな様子で朝比奈さんがキョトンと俺を見る。
どうしたもんかと困っていると、そんな俺を見て母親は察したらしい。
良からぬことを思いついた悪人キャラみたいにニタリと笑った。
「そうなのよ! うちの息子ってば超硬派! チャラついた事が大嫌いでぇ~、この歳になるまで彼女の一人も出来た事ないんだから! まったく誰に似たんだか!」
「僕かなぁ? フゴッ!?」
謎に照れる親父の太鼓腹に母親が無言の肘鉄をぶち込む。
そして何故か嬉しそうな親父。
それでいいのか?
ともあれ、母親が口裏を合わせてくれてホッとした。
この代償は高くつきそうだが……。
と思った矢先だ。
「だからね。お母さんビックリしちゃった! だっていきなり夏海ちゃんみたいな超絶美少女家に呼んじゃうんだもん! 勿論うちの智樹は硬派だからぁ、夏海ちゃんに下心なんかぜ~んぜんないと思うんだけどぉ~。それはそれで親としては不安というか心配というかぁ~? そんな感じのアレだから、これからも仲良くして頂戴ね? 勿論友達として! それ以上でも全然オッケーだけど。てかもう自分の家だと思っていつでも来ていいから! 基本あたしら平日は仕事でいないし。その間なにが起きても関与しないから!」
「ちょ、おま!?」
露骨過ぎるアピールに俺は焦るが。
「本当ですか? やったー! それって凄く助かります! あたしの部屋日当たり良すぎで、エアコンないと蒸し風呂で! でも、甘えてばかりじゃ悪いから……。黒田君のお母さんがイヤじゃなかったら、お掃除とかお洗濯とか、お手伝いさせて欲しいんですけど……」
チラチラと、上目づかいで朝比奈さんが尋ねる。
「マジィ? 夏海ちゃん超イイ子じゃん! 気持ちは嬉しいけど、うちじゃそーいうの男共の仕事って事になってるから。智樹のお昼作ってくれるだけでも大助かりだし? マジで気にしなくて大丈夫だから。お客様じゃん?」
「お客様だなんて! 黒田君のお母さんこそ遠慮しないで大丈夫ですから! 夏休み中お世話になっちゃうわけですし! 本当、自分の娘だと思ってこき使って欲しいって言うか! それくらいしないと逆にこっちが申し訳ないので!」
「いやいやいや、夏海ちゃんマジで可愛すぎじゃん……。そこまで言うなら甘えちゃうって言うか、もはやうちの子にならない的な?」
「母さん!?」
なに言ってんだこいつは?
「いやだって思うっしょ? お父さんも思わない?」
「思います」
親父はニコリと断言した。
「夏海さんみたいな可愛いギャルなら僕はいつでも大歓迎ですよ」
ドン引きの発言に空気が凍った。
「は?」
「ぇ?」
「はぁあああああああああ!?」
母親が叫ぶと、怖い顔で親父の胸倉を掴み上げる。
「ちょっとオタク君!? 今のどーいう意味ぃ!?」
「ぇ、あ、いや……。他意はなくてですね……。純粋に可愛いな~と……」
「あっそ!? あっそう!? オタク君、ギャル大好きだもんね!? あたしみたいな年増のおばさんよりピチピチの現役ギャルの方が良いんでしょ!?」
「いえ。年増のギャルも大好物で――アブブブブ!?」
母親の往復ビンタが炸裂する。
「年増じゃないし!? まだ三十代だし!? むしろ心は十代だから! オタク君のバカァ! 僕の嫁はあたしだけって言ってくれたのは嘘だったわけ!?」
「あ、杏樹さん、お、落ち着いて……。二人も見てるし……」
当然見てる。
なんだよこれ。
マジでキチーって。
朝比奈さんなんかこれってあたしのせいなの!? みたいな顔で鬼引きだ。
そんな俺達に、母親が般若の形相を向ける。
「ちょっとお母さんお父さんと大人の話があるから! 悪いけど上行ってて!」
「「はい!」」
食べ終わっていたのは幸いだった。
即答すると、俺達は一目散に自室に向かった。
まぁ、今のは明らかに親父が悪いんだが。
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