第5話

「ねー黒田君。運動していい?」


 早めの昼飯を食べた後。

 自室に戻って今期アニメの話などしながら駄弁っていると、朝比奈さんは不意にそんな事を言ってきた。


「別にいいけど……。運動って、ここですんのか?」

「うん。外暑すぎだし。夏場は基本室内かな」


 言いながら、朝比奈さんは持参した大きなカバンの中からゲーム機と謎の輪っかを取り出した。


「なにしてんだ?」

「運動の準備だけど?」

「いや、ゲーム出してるだろ」

「ゲームで運動するの。フィットネスゲーム。知らない?」

「そういうのは守備範囲外だ」

「結構面白いよ? ゲームなら楽しく運動出来るし」

「生憎、運動は嫌いだ」

「あたしもだよ? ゲームじゃなかったら運動なんか続けらんないし」

「そこまでして運動する必要あるか? 別に朝比奈さん、太ってないだろ」


 痩せているとは言わないが、太っているわけでもない。

 スタイルの良さと肉付きを両立した奇跡的な体型をしている。


「いやいや、黒田君。もしかして、私が何もしないでこの体型維持してると思ってる? コスプレの為に頑張って身体作ってるんだよ?」


 朝比奈さんが呆れ顏で言う。

 てっきり俺は、美少女はなにもしなくても美少女なのだと思っていたが、そこには見えざる努力があったらしい。


「てか、コスプレの為かよ」

「そうじゃなかったらあたしだって運動なんかしないよ。どうせコスするなら見栄えよく映りたいし? 衣装だけじゃなく身体作りも頑張らなきゃじゃん?」

「俺にはよくわからん世界だな」


 いやまぁ、コスプレしてる女の子は可愛いと思うけど。


「じゃあ、黒田君もやってみる? ていうかやろうよ! コスプレ!」

「やらねぇよ!」


 朝比奈さんみたいな美少女ならいざ知らずだ。

 俺みたいなモブい男子がコスプレなんかしたって痛いだけだろ。


「楽しいよ? この界隈男子は貴重だから、黒田君がコスしてくれたらあたしも助かるな~」

「なんで俺がコスプレしたら朝比奈さんが助かるんだよ……」

「併せられるじゃん!」

「あわせられる?」


 専門用語なのだろう。

 意味が分からず眉をしかめる。


「一緒に同じジャンルのコスプレ出来るって事! 夏コミの画像とか見た事ない? 人気アニメのキャラが勢ぞろいしてる奴。ああいうのをレイヤー用語で併せって言うの。それくらいの規模だと大型併せって呼ぶんだけど。一人より大勢の方が楽しいし、世界観広がるでしょ?」

「そういうもんか?」

「そうだよ! コスプレしてるとね、なんかこう、現実じゃなくて作品の世界にいるような気分になるの。リアル異世界転生みたいな? 一人でも楽しいけど、大勢だともっとすごいよ? リアルを浸食してる気分!」


 大はしゃぎで言われても、俺には今ひとつ理解出来ない。

 それでも分かる事はある。


「好きなんだな、コスプレ」

「うん! 大好き! オタクなら、嫌いな人はいないと思うけど?」


 だから一緒にやろうと言いたいのだろう。

 朝比奈さんは期待するような視線を向けて来る。

 そんな目をされても困るだけだが。


「無理だって。俺にはハードル高すぎる。イケメンじゃないし」

「関係ないない! 可愛いは作れる! かっこいいも作れる! これレイヤーの常識。女の子の男装も悪くはないんだけど、やっぱり男キャラは男の子にしか出せない味みたいなのがあるんだよね? いい意味でもっさり感みたいな? 女の子だとどうしても綺麗になりすぎちゃうみたいな? ねぇ、い~でしょ? 黒田君がコスしてくれるなら衣装はあたしが作るから!」


 なに朝比奈さん? 料理だけじゃなく衣装も作れんの?

 チート過ぎだろ!

 驚きだが、今は一旦置いておく。


「いいって……。てか、なんで俺なんだよ。男なんか他に幾らでもいるだろうが……」

「そうだけど、下心目的の男子とは組みたくないじゃん? レイヤー界隈、その手のトラブル多いし。その点黒田君は硬派だから! 異性トラブル心配する必要ないでしょ? 純粋にコスプレ楽しめる異性の友達なんかSSRだよ!」

「………………」


 マズったな……。

 苦し紛れの硬派キャラが完全に一人歩きしてやがる。

 俺は全然そんなキャラじゃない。

 コスプレしてる女の子がいたらついついエッチな目で見てしまう、どこにでもいるフツーのエロガキだ。

 朝比奈さんが思うような男じゃない。


「どうかしたの?」

「なんでもない……。まぁ、考えとくわ」

「本当! やったー!」

「考えるって言っただけだからな!」

「わかってるけど! 可能性はナシじゃないって事でしょ? あたし、期待しちゃうな~! 黒田君は何のキャラが似合うかな……。ライオス……不死川玄弥……相澤先生に、脹相なんかも悪くないかも……」

「無理だろ! てか、なんだよそのチョイス!」

「だってほら? 黒田君っていい意味で目が死んでるし!」

「いい意味で目が死んでる奴なんかいるかよ!?」

「いるよ! 目が死んでるキャラは大体みんなかっこいいでしょ!?」

「もはやそれは朝比奈さんの性癖だろ!?」

「そうですがなにか?」

「いいからさっさと運動しろよ!」

「は~い」


 朝比奈さんが肩をすくめる。

 太ももの真ん中あたりにポケット付きのレッグバンドをつけると、分割コントローラーの一方を挿入する。

 リング型のオブジェは専用コントローラーらしい。

 もう一方の分割コントローラーをそちらに付けるとゲームを起動する。


「さてと。まずはストレッチから」


 画面に出てきたお手本キャラの動きに合わせて、朝比奈さんが準備運動を始める。


「よいしょ、よいしょ」


 両手に持ったリングを上下に振りながら、交互に膝を上げる。

 昨日に引き続き、朝比奈さんの私服はラフだった。

 というか多分、部屋着なのだろう。

 着古したTシャツにジャージ素材の短パンだ。

 丈が短すぎて、太ももの大半が露出している。

 朝比奈さんが膝を上げる度、ムチっとした太ももがおっぱいみたいにプルンと揺れる。


「ふ~ん! ふ~ん! ふ~ん!」


 次はリングを高く掲げながら、大きく一歩前に出て、腰を沈めてアキレス腱を伸ばしている。

 胸を突き出す形になり、Tシャツの前が立体感を増した。


「最後は足を開いて~! よいしょ~! こらしょ~!」


 両足を大きく開くと、リングを下に向けて大きく前屈する。

 俺から見れば、朝比奈さんは思いっきり尻を突き出す形だ。

 短パンの生地がパンパンに張り詰めて、桃のようなシルエットが露になる。薄っすらと、パンツの線が浮いていた。


「ふぃ~! ストレッチ完了! って、黒田君どうしたの? なんか様子が変だけど?」

「な、なんでもない……」


 わけ、ねぇだろ!

 なんだこのゲーム!?

 ちょっとエロくないか!?

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