第4話

「――くん……ろだくん……黒田く~ん?」

「……んぁ?」


 ユサユサと、誰かに揺すられ目を覚ます。


「あ、おはよ~。やっと起きた?」


 瞼を開けるとすぐそこに、朝比奈さんのご尊顔がパノラマサイズで広がっていた。


「どぁ――ごっ!?」

「ぎゃん!?」


 驚いて飛び起きた拍子に二人の額がゴッツンコ。

 朝比奈さんは後ろに吹っ飛び、互いに額を押さえて悶絶する。


「いってぇ!?」

「いった~い!?」

「わ、わりぃ……。じゃなくて、なんで朝比奈さんがいるんだよ!?」

「クーラー壊れてるから? 黒田君の部屋で涼んで良いって話だったと思うんだけど……」


 まるで俺が約束を忘れたみたいに、朝比奈さんが困惑顏を向けて来る。


「それは昨日の話だろ!?」

「そうだったの!?」

「そうだろ普通!?」

「で、でも、クーラーは急に直んないし……。てか夏休み中は無理そうだし……。ママの修羅場も継続中で他に居場所がないって言うか……」


 勘違いに気づいたのか、朝比奈さんはデカすぎる胸の前で人差し指をイジイジすると、泣き出しそうなオロオロ顔でチラチラと俺の顔色を伺った。

 ジクジクと、身に覚えのない罪悪感で胸が痛む。


「だぁ! わかったわかった! 涼むくらい許してやるよ! だからそんな顔で俺を見るな! こっちが悪いみたいだろ!?」


 許しを出した途端、ニパーっと向日葵みたいな笑顔が咲いた。


「本当!? やったぁ~! 流石黒田君! 硬派だね!」

「関係ねぇだろ……」

「あるよ! 嫌いでも女の子に優しいのは硬派でしょ?」

「そういうもんか?」

「そうだよ! かっこいいよ!」


 かっこいい……。

 この俺が?

 そんな事はじめて言われた。

 しかも相手は超絶美少女の朝比奈さん。

 お世辞だと分かっていても悪い気はしない。


「ま、まぁな? 男として、女子供に優しくするのは当然だろ」


 調子に乗り、寝癖頭を撫で上げてドヤ顔を決める。


「って、待てよ! だからって、勝手に部屋に上がり込むのはナシだろ!」


 危ない危ない。

 危うく騙される所だった。

 百歩譲って家に涼みに来るのはいい。

 どうせ暇だし、正直に言って朝比奈さんなら歓迎だ。

 けど、無断で上がり込むのは頂けない。

 親しき仲にも礼儀ありだ。

 いや、別に親しくはないんだが、だったら猶更だろう。


「だよね……。悪いとは思ったんだけど……。ピンポンしても返事ないし、ラインしても既読つかないから。もしかして、死んでるんじゃないかと思って……。鍵空いてたからお邪魔しちゃった。ごめんなさい……」


 しょんぼりすると、朝比奈さんは申し訳なさそうに赤くなった額を下げた。


「え、マジで?」


 スマホを確認すると、ヤンデレヒロイン並みに鬼電と俺の安否を心配する連投爆撃が並んでいる。


「それはまぁ、俺も悪かったけど……。まだ十時だぞ? 爆睡してるっての」

「え~! これでも我慢したんだよ!? 黒田君、何時に起きてるの?」

「昼過ぎ」

「昼過ぎ!? 流石にそれは終わってない!?」

「ほっとけ。長期休み中は基本夜型なんだよ。これでもまだマシな方だ。ドンドンずれ込んで最終的に三時くらいまで寝てるからな」

「え~!? そんなんじゃどこにも出かけらんなくない?」

「いいんだよ。どうせどこにも出かける予定なんかねぇし」

「ダメだよ! 幾らなんでも不健康! そんなだから遅刻多いんだよ!」


 朝比奈さんの言う通り、普段から夜更かし癖があるもんで、俺は遅刻が多かった。

 まさか、朝比奈さんがその事を覚えているとは思わなかったが。

 なんとなく、恥ずかしい気持ちになってしまう。


「関係ないだろ……」

「あるよ! クラスメイトだよ? そうだ! 涼ませて貰ってるんだし、夏休み中はあたしが黒田君の事起こしてあげる! というわけで、明日からは六時起床で!」

「ろ、六時!? ニワトリじゃねぇんだぞ!? 幾らなんでも早すぎだろ!」


 大体六時って、俺にとっては寝る時間だぞ!


「でもほら? 早起きは三文の得って言うし?」

「三文が今の価値でどれくらいか知ってんのか?」

「わかんないけど……。千円くらい?」

「約百円だ」

「毎日早起きしたら一ヵ月で三千円だよ!? 高校生には大金じゃん!」

「そう言われると確かにそうだが……って、別に本当に百円貰えるわけじゃねぇし! てかそれ、朝比奈さんが暑いから早く涼みに来たいだけだろ!」

「バレたか」


 イタズラっぽく朝比奈さんが舌を出す。

 悔しいが、大抵の罪はチャラになりそうなチートスマイルだ。


「このアマ……」

「じゃあ、七時は? これなら普段と同じくらいでしょ?」

「だから早いって! まだ親いるし! せめて十時だろ!」

「え~! 十時まで待てないよ~! お願いお願い! 神様黒田様! もう一声! 九時でどうでしょうか?」


 ギュッと片目を瞑り、スリスリと両手をさすって拝まれる。


「……ちっ。仕方ねぇな……。そこまで言うなら九時でもいいけど……」

「え、マジ? やったー! ダメ元だったけど、言ってみるもんだね!」

「……やっぱ十時で」

「だめ! もう言質取ったもん! それよりさ、顔洗って来なよ。それでちょっと早いけどお昼にしない? 朝ごはんでもいいけど」

「いいけどよ……。まさか、飯までたかるつもりじゃないよな?」

「まさか!? 流石にそこまで厚かましくないから! キッチン貸してくれたら普通に作るよ!」


 は? 朝比奈さんの手料理?

 ま、マジかよ……。


「い、いや、それは流石に悪いって」


 本音を言ったら食べたいけど。


「悪くないよ! 涼ませて貰うお礼! これくらいは当然じゃん? てかもう材料買って来ちゃったし。中華で良い? チャーハンと酢豚とワカメスープ」

「なんでもいいけど……。別に食えない物とかないし……」


 てかチャーハンに酢豚にワカメスープって。

 普通にスゲーじゃん。

 俺なんか目玉焼きすらまともに焼けないんだが……。

 可愛いのに女子力高いとかチート過ぎだろ。

 いや、まだ分からんぞ……。

 ラブコメなら、この流れはクソマズ飯が出て来るパターンだからな。

 などと思いつつドキドキしていると。


「うっま! なんだよこれ!? 普通にお店じゃん!」

「でしょ~? ママは漫画で忙しいし、あたしが作る事多いんだよね。でも、流石にお店は言い過ぎ。てかぶっちゃけ全部スーパーで売ってるチャーハンの素とか〇ックドゥだから。レシピ通りにやれば黒田君だってこれくらいは余裕だって」

「だとしてもだ。やらない奴よりやる奴の方がすげぇ。てか、野菜とかシャキシャキだし、俺がやっても絶対こうはならないだろ。マジでうめぇよ」

「そ、そうかな。えへへ……」


 実際美味い。

 バクバクと、あっと言う間に平らげてしまう。


「ふ~! 食った食った! ご馳走様! 夏休みなんかカップ麺かコンビニ弁当だから助かるぜ!」


 うちは共働きだからな。

 母さんは昼飯くらい用意すると言ってくれるんだが、夏休みくらい弁当作りから開放してやりたいんで断っていた。

 別にカップ麺やコンビニ弁当が嫌ってわけじゃないんだが。

 それでも流石に手作りには劣るわけで。


「えへへ……。そこまで美味しそうに食べてくれるとあたしも作り甲斐があるなって」


 照れ臭そうに言うと、朝比奈さんが食器を台所に片付ける。


「いいよ。後片付けは俺がやるから」

「悪いよ! 涼ませて貰ってるし! 片付けるまでが料理じゃん!」

「知るか。うちじゃ後片付けは男の仕事って事になってんだ」


 涼むったって電気代を払ってるのは俺じゃないし。

 この家だって俺の物じゃない。

 だから、そんな風に朝比奈さんにあれこれやって貰う義理はない。

 じっとしてたら逆にこっちが申し訳ないくらいだ。


「じゃあ、一緒にやる?」

「いいよ。座ってろって」

「ダメだって! 一緒にやるか、黒田君が座ってるか、二つに一つ!」


 朝比奈さんは意地でも譲る気はないらしい。

 まぁ、人様の家にお邪魔してる朝比奈さんの気持ちを考えれば無理もないか。

 しかたないのでここは俺が折れておいた。


「わかったよ。ちっと狭いが、二人でやるか」

「じゃ、あたしがアワアワするから、黒田君が流す係ね」

「あいよ」


 そんなわけで、狭い台所に二人並んで食器を洗った。


「あはは。こうしてるとなんだか夫婦みたいだね」

「どぁっ!? とっと!」


 無邪気な発言に、手の中の皿が飛び出し、危うく割りかける。


「セーフ……。変な事言うなよ!?」

「だってそうじゃん? 驚く事かなぁ? 変な黒田君」


 肩をすくめると、朝比奈さんは鼻歌交じりに皿洗いを再開した。

 ……いやまぁ、俺だって夫婦みたいだとは思ったけどさ。


 それ、口にするかフツー?

 この女はなにを考えているのやら。

 それから暫く、俺の心臓はドキドキと喧しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る