第3話
時間稼ぎに咳ばらいを一つする。
「ゴホン。朝比奈さんの言いた事は理解出来る。硬派な俺がどうしてあんな物を持っているんだと疑問に思ってるな?」
こくりと頷くと、俺を見つめる朝比奈さんの大きな目に、じんわりと涙が滲んだ。
「あたしの事、騙したんだ!?」
「違う! まさか! とんでもない! 俺の目を見てくれ! これが嘘つきの目に見えるか!?」
「見えるよ!?」
そうだろう。
焦りと罪悪感で俺の目はブルブル震えている。
「だとしたら眼鏡を買った方がいい」
必死に余裕を取り繕うと、俺は尋ねた。
「ところで朝比奈さん。母親が漫画家とか言ってたけど、朝比奈さんはどうなんだ? 漫画とかアニメとか、結構見る方か?」
「まぁ、それなりに……。ジャンルによるけど、平均よりは見るんじゃないかな。ていうかぶっちゃけ、かなりオタクよりだけど……」
言いながら、チラチラと探るような視線を向けて来る。
なんにせよ、それは好都合だ。
「だったら分かるだろ? オタクがフィギュアを買うのは、エロ目的が全てじゃない。むしろそんなケースは少ないはずだ。オタクがフィギュアを欲しがる理由は……」
思わせぶりに言葉を切り、朝比奈さんに視線を預ける。
ハッとして、朝比奈さんは言葉を繋いだ。
「どんなパンツ履いてるか知りたいから!?」
「ちげーよバカ! キャラ愛だよ! てか朝比奈さん、そんな理由でフィギュア買ってんの!?」
俺なんかよりよっぽどエロガキじゃねぇか!
「だってあたしコスプレするし……。完コス目指すなら大事じゃん? 公式イラスト集買ってもパンツ情報までは出てない事多いし……」
「な、なるほど……」
意外にまともな理由だった。
てか朝比奈さんコスプレするんだ……。
それはちょっと見てみたいけど……。
「とにかくだ。別に俺はあのフィギュアをエロ目的で買ったわけじゃない。あくまでキャラ愛。そのキャラと作品が好きだから買ったんだ」
「いやでもあのフィギュアめっちゃエッチだけど……。おっぱい丸見えだけど……」
「………………だから?」
「いや、だから、おっぱいが――」
「丸見えだからなんだよ! 俺は別におっぱいなんか興味ないし? てかおっぱいくらい俺にだってついてるし? 見たかったら自分の見れば済む話だろ!?」
「そうかなぁ……」
パワー過ぎる誤魔化しに、朝比奈さんが半信半疑で首を傾げる。
いやバカか?
そんなわけねぇだろ!?
どう考えても男のおっぱいと女のおっぱいは別物だから!
てかおっぱい見たくなったら自分の胸見て満足する奴バケモノ過ぎるだろ!?
まぁ、騙されてくれるならこの際なんでもいい。
「ごめん。黒田君には悪いけど、その言い訳はやっぱりちょっと信じらんない」
ぐぬぬ。
流石にダメか。
でも、可能性は残せた。
これなら最悪引き分けに持ち込める。
「好きにしろよ。俺の気持ちは俺の物だ。朝比奈さんに分かって貰おうなんて思わないし、分かるとも思わない。だから俺は胸を張るぜ。やましい事なんか一つもないってな!」
嘘ですクッソエロいから買っただけですごめんなさい。
まぁ、こんなのは言ったもの勝ちだ。
朝比奈さんだって疑いはすれど、決めつける事は出来ないはずだ。
俺としては、この場を凌げればそれでいい。
それなのに。
「うん。好きにする。これから一緒にそのフィギュアの原作アニメ見ようよ。そうすれば黒田君の言ってる事が本当かわかると思うから」
「……い、いや。それはちょっと、遠慮したいが……」
だって普通にエロアニメだし。
異能力バトルの皮を被ったクレイジーサイコレズおっぱいアニメだし。
アニメなんか謎の光と湯気の嵐で真っ白だったし……。
そんな物朝比奈さんに見せられないって言うか見たら一発で嘘がバレるだろ!?
「なんで?」
あぁ、冷ややかな半眼が身に沁みるぜ……。
「なんでって……。円盤持ってないし……」
持ってるけど。
「なんてタイトル?」
「……ヴィクトリードリームマキシマム」
朝比奈さんがスマホでなにかを調べている。
「Oアニメストアで見れるっぽい。あたしのアカウントで入ればテレビで見れるよ!」
どうやら朝比奈さんは本気らしい。
これ以上の悪足掻きは無意味だろう。
ゲッソリとして俺は言う。
「その必要はない」
「なんで!」
「俺も入ってる」
テレビからOアニメを起動する。
そんなわけで、夏休みの真昼間から朝比奈さんとおっぱいバルンバルンのクレイジーサイコレズアニメを全話視聴する事になってしまった。
地獄過ぎるだろ。
前世でどんな悪行を働いたらこんな事になるんだ?
しかも最後は俺の硬派キャラが似非だとバレるという最悪のおまけ付きだ。
もういい、どうともでもなりやがれ!
そして十二話後……。
「ごべんなざあああああい! あだぢがまぢがってまぢだああああ!」
どういう訳か、朝比奈さんは感動で号泣していた。
このアニメのいったいどこに泣ける要素があったのか、俺にはさっぱり分からないんだが。
「あぁ。わかればいいんだ、わかれば」
とりあえず、悟った顔で頷いておいた。
気が付けば日が暮れて、外の熱波も和らいでいた。
「ありがとう黒田君! おかげで最高のアニメに出会えたよ!」
「いやそこは涼ませてくれてありがとうだろ……」
「勿論それも! この恩は一生忘れないから!」
大袈裟な事を言い、朝比奈さんは徒歩二分の自宅へと帰って行った。
それで俺はふと気づく。
「忘れないってだけで、恩返ししてくれるとは言ってないんだよなぁ……」
まぁ、俺だってそんな物は求めちゃいないが。
朝比奈さんのお陰でたった一日でも灰色の夏休みに彩が生まれた。
それだけで、俺としては充分だ。
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