第2話

「あ~……。生き返る~……」


 クーラーの真ん前を占拠して、朝比奈さんは気持ちよさそうにパタパタとTシャツの裾を扇いでいる。

 チラチラと、日に焼けていない雪原のようなお腹が見えてしまい、思わず俺はドキッとした。

 慌てて視線を逸らすのだが、どうしても目が抗い難い引力に引かれてしまう。


 そんなわけで、なし崩し的に朝比奈さんを俺の部屋に招いていた。

 不本意だが仕方ない。

 あの時は熱中症かと思ったのだ。

 暫く涼んだら復活したから、その心配はなさそうだけど。


「まぁ、熱中症じゃないみたいで良かったけど。いきなり知らない男の部屋に上がり込むなんて感心しないぜ」


 俺だから良かったものの、悪い奴なら襲われてたぞ。


「あははは……。本当そう。暑すぎて頭バカになってたみたい」


 朝比奈さんは苦笑いを浮かべると。


「でも黒田君クラスメイトだし。知らない男ってわけじゃないよね? 一応相手は選んだつもりだよ?」


 あっけらかんとした態度に俺は呆れた。

 この女、自分が美少女だって自覚はないのか?

 あまりにも危機感がなさすぎると思うんだが。


「クラスメイトなんか他人と一緒だろ。ろくに話した事もないし。危ない事には変わりねぇよ」


 朝比奈さんの為にも、ここは厳しく言うべきだろう。

 と、思ったのだが。


「そうだけど。黒田君なら平気かなって」

「はぁ? なんでだよ……」


 なんで俺なら平気なんだ?

 まさかあれか? 童貞の陰キャオタクだからビビってギャルに手出しできないみたいな感じで舐められてるのか!?

 ……正解だけど、だったらムカつく。

 ジト目で睨む俺に、朝比奈さんはニッコリと笑いかけた。


「だって黒田君、硬派でしょ?」

「……俺が、硬派?」


 予想外の回答に俺は困惑する。


「うん。だっていつも、女なんか興味ねーぜ! みたいな顔してるでしょ?」

「ぐはっ!?」


 恥ずかしくなって俺は悶絶した。

 いや、その通りではあるんだけど、それはキャラ作りの演技というか、ただの童貞の強がりなわけで。

 朝比奈さんみたいな美少女に面と向かって言われるとクッソ恥ずかしい。

 なんかこう、厨二のキャラ作りを素で褒められてるみたいで居た堪れない。


「どうしたの?」


 どうしたもこうしたもあるか!?

 俺は硬派じゃねぇ!

 普通にスケベなエロガキだっての!

 でも、今更そんな事言えるわけがない。

 朝比奈さんは俺を硬派だと思って頼ってきたのだ。

 その前提が崩れたら、お互いにかなり恥ずかしい事になってしまう。


「べ、別に。確かに俺は硬派だぜ。女なんか興味ない。むしろ嫌いなくらいだ。ペッ!」

「やっぱり! じゃあ、三浦君と付き合ってるって噂は本当だったんだ!」


 衝撃の発言に、ズコっと俺の肩が転ぶ。


「なわけあるか!? どこ情報だよそれ!」

「え~? みんな言ってるよ? 黒田君と三浦君は出来てるんだって。去年の夏休みとか、二人でプールデートしてる姿見たって聞いたし」


 あー……。


「違う! 誤解だ! あれは単に、二人で水着の女の子見に行っただけで!」

「え? 硬派なのに?」


 朝比奈さんの目に疑念が宿る。

 ヤバい。

 既に硬派だと嘘をついてしまった。

 先程に輪をかけて、今更違うなんて言えるわけない。

 それじゃあまるで、俺が朝比奈さんの警戒心を解く為に硬派ぶってるクソ野郎みたいじゃないか!


 ……あ、あれ? 実際その通りじゃね?

 いやでも、無自覚というか、弾みというか、流れ的に仕方なかっただろ!?

 別に俺だって朝比奈さんをどうこうしようだなんて下心持ってるわけじゃないし!

 だからノーカン! あくまでこれはお互いの為、ひいてはおれの名誉の為、仕方のない嘘なのだ!

 というわけで。


「あぁ。琢磨がどうしても水着の女の子が見たいって言うから仕方なくな。俺は別に全然見たくなかったぞ」

「だよね! びっくりしちゃった! だってあたし、黒田君が硬派だから思い切って涼みに来たんだもん! もし違ったらヤバすぎだよ! あはははは!」

「全くだ。わっはっは!」


 全然笑えねーけど。

 なにこの状況?

 地獄か?


「それで黒田君、どうする?」

「どうするって、何が……」


 こっちはボロが出ないように必死なんだ。

 出来る事なら何もしたくない。


「折角涼みに来たんだし、ボーっとしてるのも退屈かなって」


 言いながら、朝比奈さんがぐるりと視線を巡らせる。

 暇つぶしになるような物でも探しているのだろう。


「え?」


 呟いて、朝比奈さんの視線が本棚の辺りで停止する。


「ヤッベ!?」


 叫びかけ、俺は慌てて口を塞いだ。

 そこにはお小遣いを貯めて買ったドエロい美少女フィギュアが飾ってあった。

 カタカタと、朝比奈さんの首が江戸時代のからくり人形みたいにぎこちなくこちらを向く。


「なに、あれ?」


 パチパチと、信じられない物を見たような顔で朝比奈さんが聞いてくる。


「あー……」


 終わった。

 終了。

 グッバイ俺の高校生活。

 夏休みが明けたら、俺の称号は嘘つきスケベマンとでもなっている事だろう……。


 いやふざけんなよ!?

 なんで俺が悪いみたいになってるんだ?

 そっちが勝手に勘違いしただけだろ!?

 こちとら華のDK男子高校生だぞ!?

 ドエロいフィギュアの一つや二つ持ってるっての!


 なんて事を言った所で始まらないので、俺は必死に言い訳を考えた。

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