夏休みに近所に住んでるクラスのギャルがクーラーが壊れたとか言って毎日涼みにくるんだが……。

斜偲泳(ななしの えい)

第1話

『夏休みだな戦友よ。ボイチャ繋いで朝までゲームと洒落込もうぜ』

『わりぃ智樹。彼女出来たから無理』

『くたばれ』

『はっはっは! 悔しかったらお前も彼女作るんだな!』

『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』

『そんじゃ俺、これからデートだから』


「ふざけんな!」


 ムカついてスマホをベッドに放り投げる。

 クラスメイトの三浦琢磨みうら たくまは数少ない友人にしてゲーム仲間だ。

 今となってはと過去形にしたい気分だが。


「クソッタレ! もう夏休み始まっちまったんだぞ! 今更彼女なんか出来るわけねぇだろ!」


 モテない者同士、夏休みは二人でガッツリゲーム三昧で対戦ゲームのランクを上げようと思っていたのに。

 折角の計画がこれではパーだ。


「てか、琢磨に彼女が出来たとなると、今年の夏休みはガチでボッチかよ……」


 なんだかんだ、去年は琢磨と水着目当てにプールに行ったり、公園で花火をして虚しくなった後にお巡りさんに怒られたりなんかしたんだが。

 一人ではそんなバカもやる気は起きない。

 たまに母親の買い物に付き合う以外ほとんど外に出る事もなく、キンキンにクーラーの効いた自室で一人寂しくゲームをして夏休みを終えるのだろう。


「……マジで? 高二の夏休みなのに? 流石にそれは虚しすぎるだろ!?」


 冷静に考えるとゾッとした。

 これでは貴重な青春をドブに捨てるのと同じだ。


「こうなったら街にくり出してナンパでもするか? って、出来るわけねぇよなぁ……」


 この通り、俺は冴えない陰キャオタクだ。

 天地がひっくり返ったってナンパなんか出来るわけない。


「こんな事なら普段からもうちょっと女子にアピールしとけばよかったぜ……」


 後悔しても後の祭りなのだが、それでも後悔せずにはいられない。


「ちくしょう……。琢磨の奴、この夏は彼女と一緒に海行ったり花火見たりするんだろうな……。下手したら大人の階段上っちまうかも! だって高二の夏休みだぜ! エッチの一つや二つ……だぁあああ! あんなチャラついたオタク野郎のどこがいいんだよ! 俺とあいつでなにが違う! どこでこんなに差がついた!?」


 まぁでも、納得と言えば納得だ。

 琢磨はバカだけど、ノリはいいし、オタクにしては陽キャ寄りだ。

 表面上は女子とも普通に話せるチャラ男モドキ。

 対する俺はいかにもオールドタイプのオタクって感じで、本当は興味津々の癖に、女子の前だとついお前らなんか興味ないぜ! てな態度を取ってしまう。

 だから女友達の一人もいない。

 そりゃ彼女が出来ないのも当然だ。


「……はぁ。ない物ねだりしてても仕方ない。とりあえず、ゲームでもすっか」


 というか、他にする事もないのだが。

 こうなったら一人でランク回しまくってレートを爆上げしてやる。

 いっそプロゲーマーでも目指すか?

 そしたらワンチャン、俺みたいなオタクでも〇なこりんみたいな美人レイヤー様とお付き合い出来るかもしれないし!


 ……いや、うん。

 あるわけないのは分かってるから。

 ただの現実逃避だろ。

 夢くらい見させてくれ。

 って事でパソコンを起動するのだが。

 そんな俺を嘲笑う様にインターホンが鳴る。


 アマゾンでも届いたか?

 はたまた宗教の勧誘か?

 だったらイヤだけど、可愛いお姉さんならちょっとくらい話を聞いてもいいかもしれない。

 なんて思いつつ俺は寝癖頭にTシャツ短パンの部屋着姿で玄関に向かった。


「はー……いっ!?」


 ドアを開けた瞬間もんわりと、時空さえ歪むような強烈な熱波に襲われる。

 けど、俺の声が上擦ったのはそれが理由ではない。


「朝比奈さん!?」


 朝比奈夏海あさひな なつみはクラスメイトの黒ギャルだ。

 サラサラの金髪を胸まで伸ばし、肌はこんがり小麦色、小さな頭にイタズラっぽい大きな猫目、目鼻立ちは整って、ボンキュッボーン! な超絶美少女様。

 大きな声では言えない男子のアレな女子ランキング堂々一位のセクシーギャルだ。


 もちろん俺とは縁もゆかりもない。

 ろくに話した事もなければ存在を認知されているかも怪しい友達未満、ギリクラスメイト以下の関係だ。

 そんな朝比奈さんがあろう事か、寝間着みたいなヨレヨレのTシャツに短パンとサンダルというラフすぎる格好で玄関先に立っていた。

 しかも全身ぐっちょり汗まみれ。


 普段はサラサラの金髪も今はベットリ、海藻みたいに張り付いている。

 男どもをドキッとさせる太陽みたいな笑顔は何処へやら、この世の終わりみたいな表情でだらりと舌を出している。

 汗で濡れたTシャツが肌に張り付き、ピンク色の下着が薄っすら透けていた。

 そりゃ声も上擦るだろう。

 茫然とする俺に、朝比奈さんはどんよりと虚ろな瞳を向けて言う。


「いきなりで悪いんだけど……。ちょっと涼ませてくれない? あたしの部屋、クーラー壊れちゃって……。マジ地獄……」

「あー……」


 一瞬納得しかけるが。


「いや、待てよ!? だからって、なんで俺ん家!?」

「近いから……」

「近いの!?」

「ぅん……。そこの角曲がってすぐ。徒歩二分くらい……」


 朝比奈さんがヨロヨロと指で示す。


「マジかよ……。知らんかった……」

「そういうわけだから……。お邪魔します……」


 玄関から漏れ出る冷気に引かれるように、朝比奈さんが俺の横をすり抜けようとする。


「ちょ、待った!? まずいって!? 今うち、親いないし!?」

「大丈夫……。何もしないから……。ちょっとだけ……。涼むだけだから……」


 暑さで頭がどうにかなっているのだろう。

 朝比奈さんの目には冷房の効いた我が家しか見えていないらしい。


「ダメだって!? そもそもさ、朝比奈さん家、他にクーラーないわけ?」

「あるけど……。ママが仕事で使ってるの……」

「どんな仕事だよ!?」

「漫画家……。リビングで、アシスタントさんとか……。修羅ばってて、とりあえず駅前の満喫で涼んできてって言われたんだけど……この暑さじゃん?」


 フッと糸が切れたように、朝比奈さんの華奢な身体が大きく揺らぐ。


「もう無理……。限界……」

「朝比奈さん!?」


 前のめりに倒れる朝比奈さんを、咄嗟に俺は抱きとめた。


「うぉ!? あっつ!?」


 まさか熱中症じゃないだろうな!?

 心配する俺の腕の中で、朝比奈さんは幸せそうに呟いた。


「あ~……。黒田君の身体、冷たくて気持ちー……」

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