第17話 きっかけ
囲まれた拓巳たちに啖呵を切り、進はその場から立ち去った。堂々とした物言いと態度であったが、拓巳たちから十分に離れたことを確認すると、倒れてしまわないよう力なく壁にもたれかかった。そのままズルズルとへたり込むと、ぶはっと大きく息を吐き出した。
「ああ、滅茶苦茶怖かった…」
進は怖くないフリを精一杯していただけで、内心は恐怖と緊張で一杯一杯になっていた。しかしそれが痩せ我慢の強がりだったとはいえ、あの場では終始拓巳たちを圧倒できていた。そのことが進は嬉しかった。
この勇気がだせたのは、悪郎と過ごした日々のお陰であった。だらけきっていた生活を改善し、体型を元に戻せたことは着実に進の中で自信というかたちで積み上がっていた。
身長も伸び体格がよくなったこともこの結果に繋がっていた。以前は威圧感と恐怖心しか感じなかった拓巳とその取り巻きたちの存在も、体格による差が埋まったことでそれがすっかりと薄れていた。
それでも拓巳たちに囲まれた時は生きた心地がしなかった。今更になって進の足はがくがくと震えてきて、手にはべっとりと汗をかいていた。
「佐久間くん」
声をかけられた進はバッと顔を上げた。そこにいたのは心配そうに進を見つめる紗奈だった。
「如月か」
「大丈夫?立てる?」
紗奈は進に対して手を差し伸べた。その手を取ろうか迷った進だったが、結局「大丈夫だ」と言い、痩せ我慢を貫き通してなんとか自力で立ち上がった。
「如月がどうしてここに?」
「佐久間くんが小坂くんたちに連れていかれるのを見て、急いで追いかけてきたの。でもどこに行ったのか全然分からなくて…」
進は改めて紗奈の姿を見た。顔はうっすら汗をかいていて息が少し上がっていた。それを見たら、紗奈が走り回って進のことを探していたことが分かった。紗奈は進のことを心配して、足止めを無理やり振り切って駆けつけてきた。
「じゃあ如月は今まで走ってたのか」
「あ、その…言いにくいんだけど…、実はもうちょっと前に佐久間くんのこと見つけてたんだよね…」
そう言うと紗奈はバッと勢いよく頭を下げた。
「ごめんっ!すぐに助けに入るべきだったのに!」
「あっ、いやそんな謝ることないって。心配して来てくれただけでも嬉しかったよ」
「…私、佐久間くんのことを見つけた時、怖くて動けなくなっちゃったの。実際に囲まれていたのは佐久間くんだったのに、どうしてか私の足が震えて動けなかった…」
「それは仕方ないよ。僕も正直怖かったし、ああいうのって見てる方も怖いと思うよ」
「そう言ってもらえるとありがたいけど、やっぱり早く動くべきだったと思う。でもね、その…、自分でも変なこと言ってるとは思うんだけどさ…」
「何?」
「あの時の佐久間くん、すっごくかっこよかった!!」
紗奈は興奮気味に顔を寄せて言った。進が後ずさるのも気にせずに、ぐいぐいと前に出る。
「大勢に囲まれてたのに少しも怯まなかった度胸!そして堂々とした啖呵!絶対に負けないって言い切ったところなんて見ていて本当にスッキリしたし、興奮した!まるで本物のジャスティスソードみたいだったよ!」
手に持っていたフィギュア付きのキーホルダーをずいっと進の目の前に差し出す。それは紗奈の好きな特撮ヒーロー「ジャスティスソード」のフィギュアがついている物で、ここに来るまでお守りとして握ってきていた。
そしてこれは進と紗奈が知り合うきっかけとなったものでもある。二人はこの特撮ヒーロー「ジャスティスソード」のファンだった。紗奈が持っていたキーホルダーを偶然見かけた進が、思わずその話題を口に出したことで二人は仲良くなった。
同時にこれは拓巳の嫉妬心に火を点けてしまったきっかけでもあり、色々な意味で二人を取り巻く因縁めいたものであった。
「うわー!相変わらずかっこいい!限定品で超レア物のジャスティスソード!まだ作品の人気が出る前だったのに、予算かけすぎて作っちゃった結果制作会社が傾きかけた悲劇のファングッズ!」
「そうそう!すっごくいい出来なのに全然売れなかったんだよね!」
「ジャスティスソードが子ども向けの作品なのに、このキーホルダーの価格は子どもが簡単に手が出せるものじゃあなかったからね。昔これを母さんにねだったら怒られたの覚えてるよ」
「私はパパも特撮好きだったから買ってもらえたけど、後からママにすっごく怒られてたよ。あんなに高い物買ってどうするの!?って。パパ、言い返せなくてしどろもどろしてた」
「いやいや、僕としては如月のお父さんの慧眼に感服だね。今じゃこれファンの間でプレミア付いて、元の売値よりはるかに高価値になってるから。価値あるファングッズを所有してるってだけで、他のファンにガンガン自慢できるからいいよね」
二人はそんな因縁などなかったかのように、楽しそうにキーホルダーの話で盛り上がった。今一時この場所で二人は、初めて仲良くなった特別な時間と同じ空間になっていた。
会話が盛り上がりすぎていつの間にか距離が近くなっていたことに二人は同時に気がついた。互いの顔が目と鼻の先にあることに気がつき慌てて離れる。進はドキドキと高鳴る鼓動を抑えるよう深呼吸をし、紗奈は熱をもった顔を冷やすために、両手でパタパタと仰いで顔と頭に風を送った。
そうこうしている内にスピーカーから予鈴が鳴り響いた。復学した初日から授業に遅刻する訳にはいかない、進と紗奈は急いで教室へと戻った。すでに二人の頭の中にはあの時の恐怖経験はすっかりと消え去っていて、寧ろもう一度ジャスティスセイバーの話ができたことが嬉しいという気持ちでいっぱいであった。
教室に戻ってきた二人を見たクラスメイトたちはまたざわめいた。しかしそれも教師が入ってきたことで波が引くように静かになる。拓巳と他二名の近しい取り巻きは、あれきり教室に戻ってはこなかった。
復学して初日、慌ただしい一日を何とか乗り切った進は、放課後杉山に呼び出されて職員室にいた。学校に通っていなかった時間を埋めるため、色々と必要になることがありその相談をしていた。
日が暮れる前に話は終わり進は下校することになった。杉山が家まで送り届けるか、佐久間家の人を誰か迎えに呼ぶかと提案されたが、どちらも進は拒否した。
「久しぶりに自分の足で来たんだし、帰りも自分の足で帰りたいです」
「しかしだな佐久間…」
「大丈夫です先生。まっすぐ家に帰りますから」
杉山が懸念しているのは小坂たちの存在であった。流石に待ち伏せまでするようなことはないだろうと思っているが、いつの間にか無断早退をした小坂たちの動向が気になっていた。
しかし何度説得しても大丈夫と言う進に杉山は折れて、結局杉山は進のことを見送るだけとなった。杉山には心配が残ったが、当の本人である進は何の心配もしていなかった。
「よう進。一日学校に行ってみてどうだった?」
「ヘトヘトだよ。疲れすぎてもう今にも寝ちゃいそうだ」
「それもそうだろうな。だけどしっかり前を見て歩けよ、俺はお前が道端で眠りこけても運ばないからな」
進の言う心配いらない理由である悪郎が、どこからか飛んできて進の後ろをついてきた。一日中フラフラどこかへと行ったり来たりを繰り返していて、悪郎はずっと進のそばにいた訳ではなかった。
しかし進には、下校時になれば悪郎は戻ってくるという予感があった。根拠のないものではあったが、予感通り悪郎は進のそばに戻ってきて、後ろについて進のことを見守っていた。
「悪郎」
「うん?」
「今日一日やけに忙しそうにしていたけれど、一体何してたんだ?」
「手品の仕込みだよ。結構大掛かりにやろうと思っていてな」
「手品?どうしてまたそんなことを…」
「まあまあ待っていろ。言うだろ?仕掛けは上々、後は仕上げを御覧じろってな。その内お前の目にも見えるような結果が出てくるさ」
「いつにもまして訳分かんないなあ、何か企んでるだろうってのは分かるけど」
「おいおい聞き捨てならないな。俺は何も企んじゃいないさ、俺はな…」
悪郎の言葉の意味が分からず首を傾げる進だったが、結局「どうでもいいだろう」と押し切られごまかされてしまった。悪郎の仕掛けがどう作用したのかを進が知るのは、もう少し後の話になる。今はただ、改めて自分の力で戻ってきた登下校の道を歩くばかりであった。
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