第13話 門出
学校へ行くと自ら宣言した進。すぐにでも行動を起こすこともできたが、その前にやらなければならないことがあった。
家族が揃って食卓を囲む場で進は話を切り出した。
「父さん母さん、それに姉ちゃんも。最近僕のせいでまた家の雰囲気を悪くしてごめんなさい」
それは家族への謝罪だった。進は酷く思い悩んでいたとはいえ、一方的に良好になってきていた家族関係を閉ざしてしまった。そのことを詫びなければと思っていた。
怒られるかもと思い内心びくびくとしていた進だったが、家族の反応は思っていたものとまったく別のものだった。
「謝る必要なんてない。進なりに何か考えていたことがあったんだろう?ただ、こうして進が父さんたちのことを思いやってくれたことは嬉しいよ」
「そうよ。私たちはあなたが元気でいてくれることが一番の望みなの。もし悩みがあったのなら、今度は何でも相談してちょうだい?」
「どうせ一人でウジウジしてても解決しないわよ」
「奏っ!そういう言い方しないの!」
「だって事実だもーん。進、あんたお母さんにはもっとしっかり謝りなさいよ。心配しすぎて最近体調崩してたんだから」
奏のその言葉には進だけでなく、透明化してその場に一緒にいた悪郎も驚いていた。歩美は進の前でそんな素振りを一切見せなかったからだ。
「そうだったの!?ごめん母さん…」
「そんないいのよ、それよりもあなたが元気そうになってくれてよかった。私はそのことが何よりも嬉しいわ」
進は自分の不甲斐なさに下唇を噛んだ。しかし今度は悔やむばかりで終わることはない。進は全員の顔を見回してから言った。
「実は僕、最近ずっと考えてたことがあったんだ。それで色々悩んじゃって心配かけちゃったんだけどね。ここで今ハッキリと皆に言っておくよ、僕は学校へもう一度行ってみようと思ってる」
それを聞いて今度は家族全員が目を丸くして驚いた。驚いた後、父と母から進のことを心配する声が上がる。
「進、どうして急にそんな気になったんだ?そんなあれだぞ?無理して行く必要はまったくないんだぞ?」
「無理はちょっとしてるかもだけど、でも決めたんだ」
「そんな…、無理してるって自覚しているなら駄目よ。最近やっと立ち直ってきたのに、また傷ついたらきっと…」
「それは僕もそう思う。だけど僕急に色んなことやり始めたでしょ?あれって全部学校に戻るための準備だったんだ。後は決断するだけだったってこと」
両親が進を気遣って心配する中、奏だけは少々違うことを言った。
「私はいいと思う」
「いやしかしだな奏…」
「お父さんだって最近の進の頑張りを見てたでしょ?生活態度も劇的に改めたし、明らかに体に悪そうだった不摂生もやめた。進は本当に見違えたよ。信じてあげていいと私は思う」
「姉ちゃん…。ありがとう」
「ただし!無理だと思ったらすぐにやめていいからね。あんたがそれを自分で判断できるって言うなら私は賛成してあげる、どう?」
奏は進に、引き際を見極められるかと問うた。これまでの経験と苦い思いを踏まえて、どこまでが許容できる範囲なのかを自分で判断しろと言った。
そうでなければまた前の状態に戻る。それだけで済めばいいが、もっと悪い状態へと陥りかねない。奏はそのことを懸念していたし弟のことを心配していた。
「分かった。姉ちゃんの言う通り、僕が少しでも無理だと思ったらやめる。さっさと逃げるよ」
「バカね、そういうのは逃げるって言わないの。自分のことを守るって言うのよ。本当に大丈夫かしらね、今からこんな感じで」
「な、何だよ。言い方の違いだろそんなこと」
些細なことから言い合いに発展した姉弟、その様子を見た両親はほっと胸をなでおろし、感慨深く二人のことを見守った。
進と奏、どちらもしっかりと成長していた。まだまだ子どもではあるが、子どもだからこその成長の早さと頼もしさを感じていた。親としてこれほど感慨深いものはないと、二人はどちらも同じことを考えていた。
登は歩美の顔をちらりと伺った。それに反応して歩美が小さく頷いた。それを見て、登はごほんと咳払いをした。言い合いをしていた進と奏は、何かを言おうとしているであろう父の行動に、話をやめて聞き入る。
「奏の言う通りだ、進が頑張っていることを皆がちゃんと見てきた。そんな進がもう一踏ん張り頑張るって言うんだ、それは応援してやらないとな。だが進、学校に行けないことを焦っているのが理由ならやめなさい。気持ちが急いているなら父さんは賛成できない」
「大丈夫だよ、そういうことじゃあない」
「そうか、ならば今の進の言葉を信じるとしよう。いいか進?家族は皆進の味方だ、絶対に何があっても進の味方だからな?それを忘れないでくれよ」
進は父の言葉にしっかりと頷いた。それを見て安心した登は、パンと手を叩いてから場の空気を変えた。
「さっ!皆でご飯を食べよう。腹が減っては何とやらだ、何事もな」
それからの佐久間家の食卓には、和やかで楽しげな空気が流れ、会話も弾んだ。家族の輪の中で笑顔を見せる進の姿を見て悪郎もほっと胸をなでおろした。
仲睦まじい家族の団らんを見つめる悪郎は、その場に混ざることができないことに少々の寂しさを覚えた。家族の間に確かな絆が感じられて、それを羨む気持ちが沸いてきた。
悪魔には家族というものがない。だからこの気持ちも、ただないものねだりをしているだけだろうと、悪郎はそう言い聞かせ自分を納得させた。それでも羨ましい気持ちに変化はなかったが、今はこれでいいと諦めることができた。
それから数日が過ぎ、進が自分で登校する日を決めた前日の夜になった。ベッドの上で寝転がる進は傍らにいる悪郎に話しかけた。
「なあ悪郎?」
「何だ?」
「僕って変わったと思う?」
「変化と表現できる箇所は体重と身長くらいだ。後は別に大きく変わりはしていないだろう」
「何だよう、へこむこと言うなよう」
「へこむ?へこむ必要はない。お前のそれは変化ではなく成長というのだ。身体的なことではない、精神的な成長だ。魂の進化とも言えるかもしれん」
「そ、それは流石に大げさじゃない?」
「ふっ結果は自ずと分かるだろう。まあさっさと寝て、明日に備えることだ」
天井を見上げた進は悪郎を召喚してからの日々を思い出していた。最初は変な悪魔を呼び出してしまったと後悔していた。言う事を聞かないどころか、逆に言う事を聞かされた。
そのお陰で心身ともに成長することができたのだが、想像していた結果とはまるで異なっていた。もっと手っ取り早く何もかもが済み、そして破滅するだけだと思っていた。
しかし悪郎を召喚したことに後悔はなかった。しんどくて嫌だと思ったことはいくらでもあったが、自分の元に来てくれた悪魔が悪郎でよかったと今は心からそう思っていた。
「じゃあ言われた通りさっさと寝ることにするよ。おやすみ悪郎」
「おやすみ進。…いい夢が見られるといいな」
「それは大丈夫。根拠はないけど予感がしてるんだ。今夜はきっと夢見がいいって」
「悪魔の手を借りなくてもか?」
「そうさ。きっと僕は…」
話している途中で進は眠りについた。気になった悪郎はこっそり進の夢の中を覗いてみた。
その日の夢はいつものような悪夢ではなかった。場所も教室ではなく、進の自室だった。そしてそこに進と悪郎がいた。
それは一緒に学校へ行く日を決めた場面であった。しかしすべてが同じではなく、浮かない表情を必死に隠す進はおらず、楽しそうに計画を練る二人の姿があった。
悪郎は進の言葉の続きが分かった。それを小声で呟く。
「きっと僕はあの日をやり直す夢を見る、か」
ふっと悪郎は微笑むと、ずれた掛け布団を進にかけなおす。そしてもう一度おやすみと声をかけた。
佐久間家の玄関には一家が勢揃いしていた。身だしなみを整え久しぶりに制服に着替えた進、靴をしっかりと履き、置いておいたスクールバッグを手に取った。
「じゃあ、行ってきます!」
そう元気よく進が言うと、家族は「行ってらっしゃい」と返事をした。進はニコッと笑顔を浮かべると、玄関の扉を開けて外に出た。胸を張って堂々と、足取りこそ軽くはないけれど、しっかりと力強く腕を振って歩き始めた。
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