第10話

 あ……

 ここは……


 手には、ハンマー。

 両腕には、クロークロー

 夜。そして、雨。

 激しい雨音、それからガムテープは、窓ガラスの破砕音をかきけした。


 水音とともに私は部屋のくらやみの一部となる。


(空木君は、雨ざらしの私に気づくことなく、ベッドの上でのど笛を晒したまま、眠っている)


 私はそのとなりにあった彼の愛用の『愛玩具』を手にとった。


(私は天狗だ。天狗は本当に子を拐う……)


 烏の爪を発射し、空木君の家をあとにする。


(雨のふる夜だ。こうして雨を浴びながら夜を飛び回っていると水中にいるようだ)


 ざーっざーっざーっ……


 雨は強い。


(人形はとても軽い。だから、私は簡単にとべる)

 

 小屋へ到着した。蝋燭に火をつけ、灯りを確保する。傘をさしていなかったから、私はどぶねずみのようにぬれていた。


 冷蔵庫をひらくと、黒色のぐるぐるの空間がヴゥオンと広がった。

(かふうちゃんは……ここにいらない物をすてられるといっていた。いらない物……)

 私は人形の目をみつめた。

(どうしよう……)


 水音が背後から聞こえた。ふりむくより早く、私の背中に、手のひらが押し当てられた。


「あいかちゃんはしらないとおもうけれど、かふうは普通の人間じゃないんだ……」


(かふうちゃんだ)


 ポタポタ。

 うしろの少女は、レインコートから、雫をおとしている。


「あいかちゃんは心をつけ忘れた人間だけど、この手の不具合のある製品は現世に重大な瑕疵を与える恐れがあってね。かふうの仕事はそれは事前に阻止することで……つまりかふうは、天使なの」


「……?」


「本当は、天使の大半はデスクワークなの。

 公務員でうらやましいって工場労働者はいうけれど、私は落ちこぼれの堕天使でね、仕事がないからかふうちゃんの監視がお仕事だったの……」


「堕天使?」


「うんー、ほんとはね、天使は、高い空で作業する職員に、翼をつかってお茶や資料を届けるんだけど、かふうは翼が腐っててできないの……。性根はとっても新鮮でピュアピュアなのにね……」


(……え?)


「かふうの背中には、根本で腐り枯れてしまった翼の残骸があるよ……。『処置』の前にみせてあげたいけど」


 私はふりむこうとすると「ア、うごかないで」とかふうちゃんは冷たい声でいった。「あいかちゃんの背中を私が押したらどうなるか、わかるでしょ」


(そういえば、プールの時は休んでいたし、体育の時は皆からかくれてきがえていた。彼女はほんとうに天使なのかな?)


「あいかちゃん、空木の人形をひとつ捨てたところで、アイツの『代替品』にあなたが当てはまることはない……ダムの跡地にあった廃棄品の山をみたでしょ?」


「……」


「アイツにとっては、あの人形もあいかちゃんも、なにも変わらない。壊れれば、他の代替品に代えられる。だからバカな真似はやめて、その人形を床におこう?」


「……」

 

「……レポートによると、あなたの瑕疵行為によって、現世に与える歪みの数値は到底無視できないレベルなの。空木はケツの穴が小さい、プライドの高い男だからね……。自分の性癖が誰かに暴露したとなれば、重大な犯罪行為に手を染めるの。もしも従えないなら、かふうはこの手であなたを処置しないと……」


(処置って私を殺すってことだよね? この冷蔵庫の中に放り込まれて……)


「でもさ……」


「……!」


 かふうちゃんは、お腹から両手を回して、私の体をだきしめた。


「かふう、いやだ……。かふう、ずっとあいかちゃんとお友達だったのに、自分で処分するなんて、いやだ……なんとかなんない?」


 彼女の冷たい手に、私は手をかさねた。


「だいじょうぶ。この冷蔵庫に入るのは、私だから」


「……は?」


「心はいくら探しても見つからなかったから、神様につくりなおしてもらおうとおもったの」


「……え、なにそれ」


「人形とね、最後にいろいろ話しておきたかったの。勘違いさせてごめんね」


「……つくりなおしてもらっても、帰ってこれなくない?」


「でも……眠いから、もうこっちの世界にいたくない……」


「嘘ばっか~。空木にふりむいてもらえないから自棄になってるんでしょー? メンヘラ女子めーコイツ~」


「……」


「あ、顔が赤くなった! かわいい~♡ほんとうに眠れないなら、空木の家から睡眠薬盗んできてあげるよ」


「……なら、こっちにいる」


「やったー!!!」


「実はね、すこしだけ自分の行動に疑問を持っていたんだ。ていうのも、私はお父さんとお母さんから命をもらったでしょ? 借り物は利子をつけて返すけど、もらったものを破棄する時にルールはないのかな? 勝手に作り直したりしてもよかったのかな? そんなことを人形と話す予定だったの」


「……あいかちゃんさ」


「……なに?」


「けっこうおしゃべりなんだね。無口なんだと思っていた」


「……? 私は、話好きだよ?」


「よし、わかった! あいかちゃんは心がないから困っているんでしょ? かふうが探してあげる! それで解決」


「え」


「てか、なければつくればいい! 私と一緒につくろう!」


(つくれるのかな? 図工の授業じゃないんだから……)


「てかさー、そんなに悩まなくてよくないー? 悩むってことは、心があるってことになるんじゃないかなー?」


(そうかも)


「ほらー早速あいかちゃんの心がみつかったよ? 一日一個みつければ、100日で100個の心がみつかるよ。でもそんなにあると困るから、バーベキューの時のお肉にしよ」


「……くすくす」


「あいかちゃんが笑った!」


「……嘲笑です」


「なにそれ? 明日クラスの子にその笑顔みせよう。きっとお友達たくさんできるよ」


「……うん」


「かふうはあいかちゃんの笑顔観覧料金を皆から徴収しちゃうよん♡」


 はたして、心は……後から作ることも可能なのか?

 それは、今日から試せばいいか。


「よし、じゃあさ、帰ろう。

 雨の日の夜に出かけてばかりいると、お母さん心配で倒れちゃうよ!」


「うん……ア、烏の爪……勝手に使ってごめんね」


「別にいいよん。今度もう一個作って、空中デートしよ~♡あ、そうだ。なんか腹立つから空木に復讐していこうぜ」


(復讐……?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る