第8話

「よし、じゃあ飛び方の見本をみせよう」


 かちっ、しゅるるるる──


 かふうちゃんが赤色の「射出スイッチ」を押すと、ワイヤーと共に、すごい勢いで鍵爪が森の木にむかった。


 ぐしゃり、ぴぎゃりっ


(……っ! 獣の悲鳴がすこしきこえ、雨音にきえた)


「あー、失敗……。どうやら小鳥かなにかが進行方向にいたみたい。かふう、埋葬してくるね」


(かふうちゃんはこの前、人が死ぬより猫が死ぬ方が許せないって、いってたね)





 私たちは、鍵爪の吸着力とワイヤーの吸引力を利用して、雨のふるくらやみの空をかけまわった。

 かふうちゃんの胴体に、赤ん坊のように、私の体はロープでくくりつけられ。

 ──ジェットコースターのように、うごく、右へ左へ、上へ下へ。



(たしかに現実離れしたこのすがたは、天狗と呼ぶのも仕方がないのかもしれない)


 やがて、電波塔の天頂付近の支柱に、かふうちゃんは腰かけた。小袋からスプレーのような物をとりだし、パイプ缶にガスの補給を行った。


「気球、もしくは鳥のような柔らかな羽なら、あいかちゃんとおしゃべりでもしながら飛べるけど。かふうは、翼がないから」


 町全体を見渡せる小高い丘に立った、けれど辺りになにもない、さみしい鉄塔。町に散らばるまばらな光は雨ににじんでいる。


(そういえば、夜の町の灯りは、空木君は『勤労者』が産み出した絶望の光と呼んでいた……)


「飛ぶのに疲れたら、こうして休むんだ……。この前、空を飛んでいたらねー」


「……?」


「みゆゆちゃんが、汚いオジサンの群れに動物的に犯されていたよ」


(動物的?)


「オジサンを率いていたのは、空木だったよ。空木は汚されていくみゆゆちゃんを、冷たい目で見おろしていた。なにをいったのか、そのつぎの日、みゆゆちゃんは、あいかちゃんに謝罪していたね」


「……!」


「かふう、あんな風に処女捨てるのはいやだなぁ……さて、じゃあ出発しよう」




 ……すたっ


 十分後、一本の太い木の枝へ、かふうちゃんはおりたった。さらさらな雨のなかに、眠りつく豹のような静かなたたずまいな、灯りのついた洋館があった。


(これが空木君の家……)


 空木君の家は、高級住宅街に建てられた、三階建ての建物だった。

 庭がとても広く、大きな木がぐるりととりかこんでいた。これだけ大きな木なら、たくさんの雀さんが巣を作れそうだね。


「この樹の枝は、雨を防ぐこともできるし、空木の部屋がよくみえるよ」


 空木君の部屋は三階の角部屋だった。

 カーテンはかかっていないから、部屋の内部を見ることができた。


「かふうの趣味は烏の爪を使って皆の家を観察することなんだ。世間はそれを覗きというけど、かふうは警備と呼んでいるよ。べべべべつに、皆の弱みをにぎってやろうとかかんがえているわけじゃないんだからね!」


 空木君は、豪華な飾りつけのベッドに、誰かに抱きつき、横たわっていた。

 とても小さな女の子だ。童女。そんな言葉がにあう、ちいさなちいさな人間。


「遠くてよく見えないかもだけど、あれは人じゃないよ。作り物」


「……」


 かふうちゃんのいうとおり、それは人の形を精巧にまねた人形だった。


 赤色のドレスを身にまとった人形は、微動だにせず、部屋の宙をみあげていた。


(空木君は、その人の形をしたものに、抱きつき、時々目をあけ、くちびるに口づけをしている)


「あの人形ね……かふうが調べたところによると、空木のお姉さんをモデルにして作られているんだって。二人はとても仲が良かったんだけれど、お姉さんは幼少の頃に亡くなったみたい」


(空木君は壊れたおもちゃのように口づけをくりかえしている)


「違法で輸入される、特殊な材質で作られた人形のため、品質管理には大量の薬品が必要だった。空木は、親に頼んで薬を手にいれていたけど、理科室の薬品も盗んで代用していたみたいね。

 ……きいてる? あいかちゃん」


 目を離さないと。

 そう思うけれど私の目は、深海に吸い込まれてゆく沈没船のように、この光景から抜け出せない。雨粒が私の髪と頬をぬらし、おちていく。


「……あいつは人形しか愛せない異常者なんだよ。あいかちゃんに心がないというなら、アイツの心は凍結されている。

 だからわかる、あいかちゃん。

 あいつを好きになっても、あなたはただの愛玩具止まり……いいえ、そもそもそれ以下かもしれない」


 ざーーーっ


 強い雨が私たちのあいだの沈黙をしずめていく。果たして私はここにいるのだろうか?


 そのあと、かふうちゃんにつれられ、空木君の家が管理しているという、ちかくの山のもう使われていないダムへいった。

 そこには大量の人形が棄てられていた。

 泥まみれの人形たちは、寝ころがったまま、雨空をみつめていた。誰かをだきしめるため? 数体は両手を空に伸ばしている。

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