第7話
二日後、猫を追いかけていると、夕暮れは雨につつまれた。
折り畳み傘で雨を防ぐ。
いつのまにか、猫と、帰り道が同じ子供たちは、どこかへいった。
(夜だ。すっかり日は暮れた。あ……カエルさん)
田んぼから、闇にとけこむように、目が光った、カエルが私をみあげていた。
(……ここはどこ。すぐそばには森があり、夜空からはここちよい風がふいている)
森の外れの街灯のしたに、赤い傘をさした少女がたっていた。彼女は長靴で水溜まりの水をふみぬきながら、パタパタパタパタと私の方にかけよってきた。
(かふうちゃんだ……)
「あいかちゃ~ん。こんな夜に一人で歩いていると『誰かさん』みたいに襲われちゃうよ?」
(誰かさん?)
「ずっと声をかけようか悩んでいたけれど、気づけばこんなに夜遅くになっちゃったよ。しらない猫についていっちゃいけませんって習わなかった?」
(そういえば……今日は一回もかふうちゃんと話さなかったな……)
「ついておいで。天狗の寝床にいこう」
白い霧が森に吹き、私たちの輪郭を溶かしていく。
(私たちは森の中をすすんでいる。そういえばお母さんが、町外れの高速道路の下にある森は、遭難者が多く出てるから近づくなっていってた)
目の前で赤色のランドセルがゆれている。
かふうちゃんは無言。
雨が森の木の葉と傘の外面を、淡白にたたいている。
(いつもはかふうちゃんから話してくれるから、たまにはこっちから話題を提供した方がいいのかな)
「雨だね」
「そりゃー大雨洪水警報がでてるからねー。こんな日に猫を追いかけて出歩くバカは、あいかちゃんと痴呆になっちゃった後期高齢者のアリスくらいだよ」
「宿題やった?」
「やってないー、あいかちゃんはやった? うつさせて! あーでも明日も大雨かもだから、宿題やる意味ないカモメ。かーかー」
(けっこう盛り上がったかな)
「あのね」
「……?」
「あいかちゃんだから話すけど、今学校で流行っている天狗だけど、たぶんあれかふうのことなの」
「……!」
「どうせなら天使って呼ばれたかった」
(天使は図鑑にのっていない動物だ。心はあるの?)
やがて、ボロボロの小屋についた。
かふうちゃんは、傘の水を切って、中に入っていった。
中には小型の農機具と工具、それから、冷蔵庫がすみにあいてあった。
「この冷蔵庫は『神域』の漂着場なの。神域からは漂流物がながれついて……それを使ってかふうは工作をしていたんだけど。ええっと! ともかくその冷蔵庫をあけてみて!」
かふうちゃんにうながされ、私は冷蔵庫の取っ手にふれた。
(見た目は大きいけれど、錆はなく、冷蔵庫はすんなりと開いた。だけど、この中身はなんだ……真っ黒が渦を巻いている。奥の方から、獣の唸り声のような……風の音? めいたものがきこえる。本能的に、すぐに、この世のものではないとわかる)
「そうね、無人島を想像するとわかりやすいよ。この冷蔵庫は無人島で、時々、浜辺に漂流物が流れ着くの。もちろん、こちらから不要のものを海に流すこともできる。それで、かふうはこれの部品をひろいあつめた」
小屋にはランタンの灯がたかれ、かふうちゃんの両手に巻きついていた、硬質な鉄具に反射した。
「これは『神域』から流れ着いた漂流物で製作した半自動飛行補助機……神域より廃棄された『特殊な圧縮ガス』の力を借りて、高層建造物を飛び交える道具なの。かふうは『
烏の爪。
名前の通り、その先端は、三股に別れた黒色の鍵爪になっていた。
内部から二本のワイヤーが伸び、かふうちゃんのベルトにくくられた皮袋につながっている。ワイヤーは袋のなかでうごいているのか、きゅるるる……と音がする。ベルトには細身のパイプ缶に似た物も吊るされている。
「私……これで空を飛んでいるの」
「……!」
「鳥のように翼をはためかせて飛ぶわけじゃないんだ。ビルやマンションの壁に、鍵爪を飛ばして、刺して、ひきつけて、それをくりかえして、ケンケンパーの要領で飛んでいるの。その姿をみた人たちが、私を天狗ってよんだんでしょうね。信じる?」
(……何日かまえ、女子トイレの窓にかふうちゃんの顔をみた。あれは、この道具を使っていたのかな)
私の反応を見て、かふうちゃんは、へなへなと座りこんだ。
「あーよかったー。もしもこれであいかちゃんにドン引きされて、絶交ていわれたらどうしようって、心配していたんだ。それで今日一日不安で、給食のお芋の煮っころがし、たべられなかった。
私ね、今日限りであいかちゃんに空木のこと切り捨ててほしいの。あいかちゃん、一昨日アイツとデートしたでしょ? かふうはなんでも知ってるんだ。
アイツを切り捨ててもらうため、悩んだけど、この場所と『烏の爪』をみせた。今から、夜を飛びに行こう」
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