第6話
「……あの」
(あ……みゆゆちゃん)
「おはようございます……」
「……!」泣いていたのか、痛々しい顔つきだ。彼女は財布から一万円札をとりだし、私の机の上においた。
「あの……これ。治療費です。指ごめんなさい。足りなかったらいってください」
みゆゆちゃんは自分の机に座ったあとも、皆の目から逃げるように、ずっとうつむいたままだった。入れ代わりで空木君が教室に入ってきた。
「今週の土曜暇かい?」
「……うん」
「そうか、港の工場地域をみにいこう」
……ガタンゴトン
トンネルをぬけ、車窓はやがて、青い光の反射を開始した。
(海は灰色ではなく青い光を作っている。カモメが数羽、水平線を飛行している……)
やさしい振動を作りながら、電車は海へひっぱられてゆく。
(海の町だ……煤だらけで色褪せた工場がいっぱい並んでいる。海のあざやかな青と対比すると、黒色がぽっかりとにじみあがる)
工場の煙突から黒い煙がのびている。
暇だから、社会見学の時に、かふうちゃんがやっていたように、煙突から煙突へ、空想の忍者をジャンプさせよう。
(……ア、煙突に激突しちゃった。激突した忍者は、海に墜落した。そうだ……昔の忍者さんは、水遁の術とかで呼吸していたみたいだけど、科学が発達した現代だからこそ、サメに襲わせて仲良くなることで生存を図ろう。かふうちゃんがよろこびそう)
30分の旅を終え、誰か、幼児の落としたビー玉を転がしながら、電車は停止した。
子供料金で大金ではなかったけど、切符代金分は空木君が支払ってくれた。
(空木君のお家は、新薬の発明家らしく、大金持ちみたい。それなら、睡眠薬をくれないかな……。小指の痛みのせいか、最近うまく眠れない)
曇り空のさびれた道を歩いた。
静かな町だな。猫が昼寝した道に、通行人は一人もいない。
波はしずかな音をたてている。
ギギギギィ……
きしんだ音をたてながら、風車のプロペラが回転している。高層ビルくらいの高さのある、とてもおおきな風車……。海岸線には白波がうちつけ、そして風車はよりそうにその線状をならんでいる。
(海風の力で回転しているのね……飾りでないのなら、風力発電に利用しているんだ)
「そこにたて」
ここから風車を背にたてば、工場地域と海と風車を、同時に撮ることができる。空木君はこの景色と私、全てをカメラに収めたいみたい。
衣装として黒のゴシック調のドレスを渡された。光をすいこむ禍禍しい黒は、お葬式と死を連想する。セットの帽子には、目元をかくす、半透明の黒ベールのようなものが付属していた。
「風車にふれてみて」
「……はい」
(命はないはずだけど風車はふるえている)
「うん、いい写真が撮れた。夜まで残れば、夜勤の人たちが、工場を光らせるよ。煙突から吹き出す煙は、幻想的な紫色」
「……」
「みたい?」
「……すこし?」
「それならみていこうか」
やがて、海の夜闇のむこうから、数台の黒色の船が、汽笛を鳴らしながら、やって来た……。ちいさな赤色の光をまとっている……。
黒色のドレスにつつまれた私の体は、光源のない夜には、カメラに写らなかった。
月は目をそらせば消えてしまいそうなわずかな光しかおとしていない。
空木君は私の撮影をあきらめ、タンカーを撮りだした。
空木君はシャッターを切りながら「海外にいきたいなぁ、この国は汚れ、そして物資が少なすぎる」といった。私はふりむいた。
「あのおおきな黒船の中には、たくさんの化石燃料がつまっている。あの中にはボクたちの心臓が眠っているのさ……燃料がないと、海という牢獄に囲まれたボクたちは、どこにもいくことができない……。それこそ翼がなければ」
ボソボソボソ……
風が強い。
(よくきこえない。海外にいき、本の回収でもするのかな)
「もっと優れた薬が必要なのかもしれない。壊れやすい材質で作られた、高品質な製品ならなおさら。人という形は、あまりにも儚く崩れてしまう」
(空木君は私を見ていない。ずっと、タンカーを見つめている。独り言みたい)
着ていたドレスは風をあび、バタバタ鳴っている。風車が必死に回っている。すすり泣きだとおもったそれは、どこからか聞こえて汽笛。
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