第5話

「昨日のテレビ見た?」

「窓ガラス割る時にガムテープで音消したとかいうトリックのドラマ?」

「今度ヒーローショー一緒にみにいこう~」

「だれかー、今日の理科のプリント写させてー」

「なぁなぁ! 天狗どんなのだった」

「やっぱりでけー羽が生えてるの?!」

「いや、羽は生えてなかったらしいよ。かわりに刃物をもっていたんだって」

「天狗ってでかいウチワもってるんじゃね」

「キュンキュン……」

「それはチワワやん」

「全校集会だりー。天狗ごときでそんなんすんなよー」

「先生たちは不審者だと思っているみたい」


(……そういえば、校門にパトカーが止まっていた)


「おはよう、あいかちゃん♡」


 今日もみゆゆちゃんは、にこやかなアイドルスマイルで、私の上靴をふんでくる。


「ちゃんと来てえらいなの。お母さんには、うまくいったなの?」


「……うん。あの」


「? どうしたなの?」


 じつは昨日、帰り道にみゆゆちゃんの写真が掲載されている雑誌を買った。リビングで読んでいると、お母さんが「その子かわいいわねぇ」と絶賛していた。


(サイン書いてもらえば、お母さんよろこぶかも?)


「ア、わかったなの、よしよししてほしいなのねっ♡」みゆゆちゃんが私の頭をなでたタイミングで、空木君が登校した。「あ! 空木君、おはよう! なの♡」


「あぁ、おはよう」


 空木君は絆創膏の巻かれた私の小指をみつめ、やがて、なにもいわずに席についた。


「……?」


 給食を食べおえると、いつのまにか一枚の紙が机の中に入っていた。


「今日の放課後、旧校舎の◯◯教室に一人できてほしい」


 たしか、旧校舎はいずれ、取り壊されるんだよね……。昔、いじめられた子が放火したみたいで、いろんな場所が真っ黒。白いカーテンがゆれるさまは、夕暮れ時には幽霊にみえる。子供たちがおもしろがって立ち入るから、鍵がかかっていたはずだけど。


 放課後、旧校舎にむかった。


 耳をすませば、どこからかリコーダーの音色が誘いかけてくる。


(正面玄関の鍵があいている。それから、埃だらけの下駄箱の床には、新しい足跡がある)


「やぁきたね」


 指定された教室に入ると、空木君が机に腰かけていた。彼は私の顔をみるなり、ランドセルを開き、中からなにかをとりだした。


 それは、一着の赤色のドレスだった。


(子供用の小柄なドレスだ……。高価な装飾品はないけれど、仕立てが丁寧で、かつ上質な布を使っている)

 空木君はドレスを空いた机の上においた。


「君のその指」


「……?」


「ひいらぎさんに傷つけられた?」


「……」


「そうか。あのクソメスが」空木君は、ガンっ! と机を蹴飛ばした。


「ハァハァ……あぁ、ごめんごめん。あのね、ボクは人形の蒐集家なんだ……。君のことを『完全なる』状態で、蒐集したい」


「……!」

 空木君はいつもと同じように、微笑みをうかべている。でも、なにも写っていないその瞳は、それこそ人形のようだった。


「呪いの人形……。君は皆からそう言われているけど、あいつらは審美眼に欠けている。ただの烏合の集まりさ……。君は心がどこにも見当たらない『最高傑作』の人形だよ、ボクが保証する」


(……空木君は、私の心が欠損していることにきづいている?)


「それでどうする? ボクのコレクションになるかい? もしもなるなら、君はもうボクの所有物だ、傷つけようとするやつは排除する。金がほしいなら言い値をきくよ」


「……お金は、いらない。うん、なるよ」


「フフフ……、ボクのコレクションになるなら、そのことば遣いを改めたまえ。ボクと二人の時は、敬語を使ってごらん」


「……はい、空木君」


 空木君は不敵に笑うと「お遊戯会を始めよう、その見窄らしい服を脱いで? ドレスにきがえさせてあげる」といった。


 そこから私はただの愛玩具だった。

 空木君ののぞむ服を着て、空木君ののぞむ

ポーズをとり、空木君ののぞむ舞いを披露し、そして、その姿を写真に保存された。


「笑わなくてよいのですか」

 昨日買った雑誌に載った、みゆゆちゃんの笑顔をおもいだす。


「あぁ、人形は無表情だからこそ美しい」


「……」


「君は最高だよ」空木君は微笑みながら、シャッターをきりつづける。


「……?」


「以前もパパに頼んで、肉製の人形をとりよせた。けれど、どれもこれもメスの本能という下らない心をもった、愚作だった……でも君は、どこからどうみても、ただの人形さ……。これがボクの求めていた完全なるドールだ……っ!」


 お遊戯会が終了すると、空木君は私の髪をブラシでといた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る