第4話
「ちょっとくるなの」放課後、みゆゆちゃんに腕をつかまれた。
「……?」
「おや……ひいらぎさん、君たち仲良かったのかい」いい忘れてたけど、空木君は私の後ろの席です。
「空木君っ♡ そーなの♡ みゆゆは~、あいかちゃんと~、と~っても仲良しなの~♡ 今からいっしょにお花つみにいくなのっ♡」
みゆゆちゃんは、ニコニコしながら、私の腕に額をすりすりし、私の上靴のかたっぽをふみつけた。
トイレの個室につれこまれた……。みゆゆちゃんは、私をにらみつけたまま、後ろ手に、トイレの鍵をかけた。
「どういうつもりなの」
「……?」
「とぼけんなっ! なんで呪いの人形のオマエが『私の空木君…♡』と仲良くしてんだよ!」
彼女は乱暴に私の制服の襟首をしめあげている……気道がふさがれているため、呼吸がおもうようにできない……鼻呼吸に切り替える必要があるのかもしれない。
がくんがくん。ガミガミ……。
さんざん私の体をゆさぶり、私のことをきびしく叱責したあと、みゆゆちゃんは私のことを解放してくれた。私は蓋のしまった洋式便器にすわりこんだ。
「みゆゆ、今日もレッスンなの……だから、早いとこ切り上げないとなの……。『呪いの人形』に触れるなんて、人生の汚点であり超無益な時間なの……。ねぇあいかちゃん、これからは空木君となかよくしないって約束できる?」
こくりこくり。
「ありがとうなの、じゃあ『ゆびきり』するなの」
(『ゆびきり』とは契りの儀式だ……。大人のように証書を用いない、指を交わす行為のことだよね。よくテレビドラマでみるやつ)
「よしっ……小指でいいなの」
「……」
みゆゆちゃんがランドセルから出したのは、手のひらサイズのペーパーナイフだった。刃は星くずのように夕陽を反射していた。みゆゆちゃんは「今年の誕生日に、海外に赴任しているパパが送ってくれたプレゼントなの」だといった。奴隷に誓いの印を刻むため、森奥のシャーマンたちが使用している物だという。
「……っ!」
「よくがんばったなの、絆創膏を貼ってあげるなの、親に聞かれたら、家庭科の時間にケガをしたというなの」
ピピピッ……っ!
血をハンカチでふきおえ、ぬぐいさると、刃から数滴の血がしたたりおちた。
そのハンカチは、便器に捨て、みゆゆちゃんは帰った。
(子供の力では骨を貫通することは不可能だった……。いや、そもそもあんな詐欺まがいのナイフでは、油ですべり、肉は切り落とせないのかもしれない。切られた、というよりは、ひっかかれた、そんな事象が似合う)
夕陽がすこしずつ夜にのまれていく。
トイレのすえた臭いを鼻からすいこむ。
(うぅ……まだ、少し痛い)
水滴の落ちる音がかすかにきこえる。
(帰ろう……血は止まった)
トイレには小窓があった。
個室からでて、ランドセルをせおった時、そこに、かふうちゃんの顔を見た気がした。
「……」
それはすぐに消えてしまった。かふうちゃんは哀れみをふくんだ目で私を見ていた。「だからいったのに。バッカだなぁ」彼女の目は、私にそう訴えていた。
(でも……ありえない。だって、ここは六年生と五年生の教室がある階層……、つまり三階なのだから)
人は鳥のように飛ぶことができない。
だからきっと、みまちがいだったのだ。
その夜、小指の痛みで眠れなかった。
目をつむれば、みゆゆちゃんのペーパーナイフの刃の残光がみえた。
次の日の朝、子供たちは、昨夜学校に天狗が出たとさわいでいた。
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