第3話

 空木君は本を貸してくれる。

 ちょっと高そうな、古いけれど、しっとりとした紙質の本。


(図書室にはない、海外の童話だ……。ハッピーエンドのものが少ない。そして、動物たちは当たり前のように人語を話し、宗教的思想をかかげている。信念のためには同胞にも、平気で牙をかける)


 空木君は、放課後のだれもいない時間、私に本の感想をたずねた。


「ウサギさんがかわいかった……」


 みゆゆちゃんがこの前、女の子は、かわいい動物をかわいい~♡と、高い声でいえば、男の子の心をかんたんにとりこめるって、お友だちにいってたような……。ウサギは、かふうちゃんがかわいいといってた動物だった。まねさせてもらお。


「そんな感想はミジンコにでもいわせておけばいい」


(ミジンコさんに失礼じゃない?)


「多くの物語は愛と死をテーマに綴られているんだ。つまり、この話で注目すべき点は──」


 空木君はニュースもよくみてるみたい。

 戦争と、海外の株式と、財政介入について、解説、それから独自の考察も交えた意見をのべた。

 この前、とおくの町で大きな地震がおきたんだけど、それは大国の作った新兵器の試射が原因なんだって。


「ちょいツラ貸せや」ある日、かふうちゃんに制服をひっぱられた。


「ねぇあいかちゃん、あれはどういうこと?」


「……?」


「空木君のことだよっ! あいかちゃんみたいな『プロボッチ』がクラスきってのイケメンの空木君となかよくなるなんておかし~でしょー。かふうより先に処女卒するなんて許さないんだから! いくらだしてたぶらかしたのよ」


「……?」(しょじょ、てなんだっけ。あとで辞書をひいてみよ。でも、毎回国語のテスト30点台のかふうちゃんが知っている単語だし、くだらない言葉なんだろうな……)


 つれてこられた場所は、ウサギ小屋の横の木陰なんだけど、ウサギさんたちは、ニンジンのかけらをハムハムしている。


 あ……。


「……どうしたの?」


「……一羽すみっこでうずくまっているの」


「大変! お腹でも壊しているのかもしれないわっ! あとで先生にいっておかないと……て、ちがうっ!」


「よくみたら、寝てるだけみたい」


「話をそらすなんてあいかちゃんのくせにいい度胸じゃない! はぁはぁ、ちょっと大きな声出したらお腹がすいちゃった」


 かふうちゃんはウサギさんのエサのキャベツを、いくつかつまみ食べちゃった……。


 みーみー……


(ウサギさんたちは抗議をしている……)


「このキャベツ、とても塩分が多目でおいしいわっ! 脱水症対策にいいかもしれない……て話そらすなっ! バカあいか!」


(話、そらしたかな?)


「ともかくね、空木とはかかわんないほうがいいよっ! 大変なことになるんだから」


「……大変なこと?」


「ええっとねー! まず、空木はイケメンです。それに、あいかちゃんとちがって話上手でお友だちも多いです。なので……必然的に女子からの人気も高いです。はいっ、あいかちゃん、今年のバレンタインデー、最多チョコ賞にかがやいたのは誰でしたか」


(男子の名前、ほとんどわかんない……)


「正解は、留学生のパンダ・リー君です。でもコイツは家系が石油王につながっているから、玉の輿狙いが大半でしょうね。二位は球を蹴るしか脳のない、あのサッカーバカね。いつもうぇいうぇいイキッてるから、自分の球でも蹴っていればいいのにね。それで三位が空木。でも空木ってねー甘いもの苦手みたいで全部返しちゃったのね。だから、女子はどうやったら空木の心をゲットできるか、いつもかんがえている」


(チョコ一個で心が手に入るなら、安いものだ……)


「つまり! 空木となかよくしていると、周りの女の子から意地悪されちゃうよ~てこと。まぁそれだけじゃないけど、いいこと、空木とは仲良くしないこと! かふうのいうことは、ちゃーんと聞いておいたほうがいいょ。じゃないと」


「……じゃないと」


「じゃないとー!」


 かふうちゃんは、からかうように人差し指をくちびるにあて、微笑んだ。


(あ、モンシロチョウが目の前を飛んでいる)


「天狗さんが、あいかちゃんをつれさりにくるカモメ。かぁかぁって」


 かふうちゃんは、六時間目の授業の途中に腹痛でたおれました。保健室の先生によると「悪いものでも食べたんでしょうねー」だって。たぶん、ウサギさんのキャベツだ……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る