第2話

「先生、さようなら。皆さん、さようなら」

「じゃあね~また明日~」

「ねぇねぇまたでたんだって!」

「また、給食室にゴキブリでも出たの~?」

「ちがうよ、天狗だよ。また、夜の町を駆け回ってたって」

「UFOとみまちがえたんじゃない?」

「俺が捕まえてやる! この前、母ちゃんの知り合いの占い師に前世を占ってもらったら、俺は狩人だった! 一発で叩き落としてやるぜ」

「近所の窓ガラスをぶち破って、修理代の請求書を叩きつけられる未来がみえるぜ」

「でも天狗なんかほっとけばよくない~。空飛び回ってるだけでしょ~」

「天狗は子供を拐うってきくよ! でも、最近の家って鉄やコンクリートで固いでしょ? ぶち破って入れないみたい」

「あ、まって……」

「ゲ……『呪いの人形』」

「天狗よりコイツのがぶきみ……」

 

 灰色。

 灰色に染まった空。

 灰色に染まった目。

 灰色に染まった日常が今日も終わるね。


 もう太陽が眠る時間だ。

 すこしよそよそしくさみしそうな夕日を見ていると、世界平和もしくはどうでもよいことを祈りたくなる。


(神様、この祈りが聞こえていましたら、どうか私に心をお与えください)


 がしゃん!

(祈りが通じて隕石でも降ってきたのか?)

 しかし、机におかれていたのは、ビーカーの入ったトレーだった。


「あいかちゃ~ん♡みゆゆ、今からレッスンだから理科準備室にこれ運んどいて欲しいなの~」


 痛い……

 みゆゆちゃんは、私の足を踏みながら、ニコニコしている。


 みゆゆちゃんは私のおとなりの席の子で、今日の日直だった。

 うわさによれば、町を歩いていると芸能プロダクションにスカウトされたみたいで、アイドル活動をしているんだって。


 こうして雑用を頼まれることはよくある。


 まぁ断る理由もないから、さっさと運んでしまおう。


 夕暮れの廊下に、子供たちの影法師。


 放課後の教室の廊下は、リコーダーの音がする。お腹がすく時間だからか、放課後の足音はいつだって、ものさみしさをふくんでいる。


(心がもしもあったら友達がもっとできるのかな)


 でも、友達ができたとしても、やりたいことは特にないよ?

 それに、昆虫図鑑を読んだ時、昆虫さんに心は見当たらなかった……じゃあ、虫さん達は、お友達がいないのかな。でも、彼らはたくましく生きている。いなくても、困らないんじゃないかな。


(いつか、解体と採取活動を行う必要があるのかもしれない。検体として……そういえば、かふうちゃんの家は『天然の』ゴキブリ養殖場ときいたことがある)


 ガラガラガラ……


「……!」


「ん?」


 理科準備室には先客がいた。

 同じクラスの空木君だった。

 緑色の液体の入った小ビンをもっていたんだけど、私をみるなり、制服のポケットにしまっちゃった。


「それ、日直の仕事でしょ?」


 こくり。


「そっか、君、ひいらぎさんにいじめられているんだ」


(ひいらぎさん? ア、みゆゆちゃんのことか)


「ビーカー片づけるんでしょ、ボクも手伝ってあげる」


 空木君が手伝ってくれたから、片づけ作業はとても早く終わった。


「君、皆から『呪いの人形』とか呼ばれているよね」


「……うん」


 たしかに髪が長くて影に包まれたような見た目は、日本人形みたいだ。お母さんは髪が長い方が女の子は可愛いといっていたけど。


「つらかったら先生にいいなよ」


(先生も状況をしってるとおもうけど……)


「……うん」


「君、肌がとても白いね」


「……?」


「写真、撮っていいかな」


「……いいよ」私の了解を待つことなく、空木君は携帯カメラをとりだし撮影を開始した。


(かふうちゃんみたいに笑ったほうがいいのかな)


「笑わないで」


(……考えを読まれた?)


「そのままでいいよ」


 空木君が帰ったあと、薬品棚をしらべてみた。この緑色の液体は、物質の酸化と腐蝕を防ぐものだった。


(自転車のホイールが錆びついたのかな?)


 


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