強さなんて

一瞬動揺したが、別に紗季が足を怪我した程度で今の状況は変わらない、私は上を見て大丈夫だよな大丈夫だよなと、自分に言い聞かせる。

でも早退したらどうしよう、私も学校を途中で抜け出さなきゃいけなくなる。


考えてる内に授業のチャイムが鳴ってしまった。もし紗季が途中で帰ったりしたらどうしよう、という考えが頭を巡らせる。


「授業始めるぞー!」


生物の先生が教室に入ってくる。大きい荷物を持っていて、今日の授業は結構大事なんだなと思って、やっぱりサボるのはダメだし、それでも紗季の事が気になるしで、私の心は揺れていた。


でも私の体はとても正直で教室から抜け出して、1階の保健室に向かっていた。


「先生、五分で帰ってくるから欠席にしないで!」


私は先生の方を見ずに言う。先生の戸惑った声が聞こえたけど、私はお構い無しに走り出す。


「やばいよ、こんな速度で走ってるの見られたら問題児認定されちゃうよ」


私は50メートル走を全力で走るスピードと同じくらいのスピードで走った。もし体格の大きい男とぶつかったら私は粉微塵になってしまうだろう。


私は誰にも見つからずに保健室の前にたどり着くことが出来た。いや、誰かに呼び止められた声がしなかったから私がそう判断しただけだけど。


「すみません!」


私は走っている勢いに任せて保健室の扉を開ける。


「え、あ、ど、どうしたの!?」


私の勢いが強すぎたのか、保健室の先生は戸惑っている。


「さ、紗季は?西羅紗季はいますか!?」


私は息を吸う暇もないくらい焦って紗季を呼ぶ。


「彪月?」


保健室の入ってすぐ真横のソファに足を冷やしている紗季が見つかった。


「あ、紗季...」


私はこんな時にも何を言えばいいのか分からない。冷静ではない私の頭は何か言わなきゃと言葉を急かす。


「心配してくれてありがとう、でも別に私急に彪月に来られても」


思ったより足が腫れてる、これも紗季が優しい故に私に冷たい反応をして、心配かけさせないようにしてくれているんだ。


「違う!!」


私は紗季の言葉を遮るように大声を出す。


違う、紗季の本心は優しくなんか無い。でも、紗季にはちゃんと芯があって、かっこよくてかわいくてずっと見ていたいくらい輝いている...そんな人間だ。だから私がその本心を絶対に引き出してやる。


「私、友達だから心配して来たんじゃない。そもそも今、紗季の事を友達だと思ってない」


嘘だ。テンションがおかしい私は変なことを言ってしまった。頭では考えてる言葉にすると本心とはちょっと違うことを言ってしまう。もしかしたら急に私の口から出たこの言葉が本心だと勘違いしてしまいそうだが、私は仲直りするって決めたからこれは心の底から出た本音じゃないことだけは分かっている。


「ご、ごめん...嘘」


私は結局何がしたくて、何が本心なのか分からなくなってきた。もう私は自分が分からない。


「結局彪月は何がしたいの!?授業中に押しかけて来て、それで.....迷惑だよ」


言葉に自信が無いのか紗季は言葉の途中から下を向いて言葉の強みと言えばいいのか分からないがそれらしいものが徐々に消えていた。

紗季もあまり言葉が出てこないみたい、お互い何かを考えていそうで何も考えていないのかもしれない。ここは1度仕切り直さないと。


「お互い、ここでは言いたくないことも言っちゃうだろうしさ、一旦仕切り直さない?放課後に集まってさ、もう1回話そうよ」


もう今のテンションじゃ何を話しても何を考えても無駄だ、お互い頭を冷やそう。


「...っく...う.....う」


紗季がかなり悩んでいるようで右手を頭に添えて悩んでいる。


「いいよ...もう...これ以上今は話したくない」


やった!私の本当の想い、放課後に全部ぶつけてやる。


「分かった」


私は嬉しさをこらえて自分に出来る最大限の真剣な顔をして紗季の方をしっかり見る。

それでも紗季は私の顔を見たくないのか下を見て目線を合わせてくれない。


「失礼しました」


私は保健室の先生に頭を下げて保健室を出る。嬉しいのか不安なのか分からないこの感情をどう整理すればいいのか分からないまま、私は早歩きで階段を上がる


「急にすみませんでした」


私は教室に着いて生物の先生に頭を下げて謝る。先生は「何か急用だったんでしょ、別に構いませんよ」と言ってくれた。私は先生のご厚意に感謝して席に着く。


私はノートを教科書とノートを机の上に置き、ノートを1枚破って、そこに『うまくいきました』と書き、前の席にいる美波にノートの切れ端を渡した。


美波は驚く様子もなく淡々と私の渡した紙に何かを書いて紙を返してくる。


そこには『信じてた』とだけ一言。

他の人から言われるとほんとかなぁとか疑っちゃう言葉だけど美波から言われるこの言葉は私に勇気をくれる。


1周目では紗季は怪我をしていてその怪我した足の状態で逃げることが出来ず、集団で暴力を受けてしまった。紗季はいつも痛みも苦しみも1人で抱えてる。私に助けてって言ってくれたら助けてあげたのに。


いや、それら昔のことだ。昔のことなんか気にするな、自分は前を向いて、これから...。


いやでも!紗季の異変に全く気づけず、周りに全く興味が無くて、自分のことばっかの1周目の私はやっぱり許せない!でも私の罪は2周目の私が引き継ぐ。でも1周目の私許せない!


でも、1周目の私と違い、今は信じてくれてる仲間がいる。もう、私は昔とは違う、支えられることってこんなに嬉しくて信じてくれる人がいるってだけでこんなに心強いんだ。


そして迎えた帰りの会。


私はふとスマホを見ると、そこに『教室で待ってて』と紗季からメッセージがあった。


放課後、誰もいなくなった教室、夕焼けが...とか感傷に浸っている場合じゃないほど怖いのに、そばにみんながいてくれるみたいで1人だけど独りじゃない、みたいで今の私はとても満足感に溢れている。


ガラガラガラ。


教室の扉がゆっくり開き紗季が入ってくる。私の集中は紗季の方だけに向いていて、外で聞こえる運動部の声とか廊下で戯れている生徒の声とかは全く気にならない。


「紗季...」

「お互い、言うことは決まったみたいだね」


私は窓際の1番後ろ、いわゆる主人公席の後ろに立っていた。


「座る?」


そう私が聞くと「すぐ終わらせる」と言い、歩みを止めず私の側に近づいてくる。


「昔もこういうことあったね」


紗季が少しだけ表情を柔らかくして言う。


「私が虐められて、教室の隅っこで泣いていた時、あんたは私のそばに来て、なんて言ったか覚えてる?」


それは今の私からしたら黒歴史だ、言いたくない。人の気持ちなんか考えずずっと自分中心で王様ぶっていた昔の私は好きじゃないから。いや、今も人の気持ちなんか理解したつもりでいるが、結局自分のことばかり考えて、自分中心の王様ぶっていた私と同じかもしれない、ただ、私は変わったのだ。


「そんな言葉...二度と言いたくない」


私は紗季の方をしっかり向いて、なるべく舐められないように言葉にしっかり想いが乗るようにゆっくり話す。


「そうだね...あんたは変わったね」


紗季は窓を見て、私なんか眼中に無いように話す。でもとても落ち着いていて、昔のことを思い出して感傷に浸っているような顔をしている。


「お前はなんでそんな弱いのか?とかなんでそんな人に合わせられない癖に強がって、目立ちたいとか思って...へらへらしてられるのかとか言って、私の核心に迫ること...言ってきた」


紗季の言葉には私の恨みなんか全く籠っていない、とても優しい声が乗っかっている。


「そう、私は弱いの。そして、とっても人に合わせるのが苦手で、昔のあんたと同じで...とっても性格が悪いの」


紗季がようやく私に目線を合わせてくれた。でも紗季の目は鋭く、昔話をしていた頃とは違い今の私を嫌っている目だ。なんで、なんで今の私を嫌っているのか、正直分からない。


「私は昔の自分が大嫌いだった。そして今、他人に合わせる術をもって笑顔を振りまき、心を殺す私も大嫌い」


言葉に強みが増してきた。紗季は私の心を掴んで離さない。紗季の本性がどんどん見えてくるみたいに、紗季自身にどんどん目が離せなくなってくる。


「私は弱くなった。他人に合わせて、自分を殺す私は弱くなった。友達は増えてインターネットの活動も上手くいって、毎日楽しかった。でも、私の芯の部分は昔の方がずっと強かった」


紗季は息を大きく吸って、吐く。


「でも、あんたはこうも言ってくれた。今のお前は私と同じくらいかっこよくて、強いよって」


紗季は徐々に涙声になっていく。


「何で...泣いてるの?」

「うるさい。黙って聞いて」


紗季は言葉の強さとは裏腹に弱々しく言った。


「でも私は強くなることをやめた。やめた方が人生上手くいくから。やめた方が、プライドなんて無い方が...人生楽しかったから」


私は息を飲む。場に緊張感が溢れているから。弱々しく言葉を吐く涙声の紗季に無意識に圧倒されているから。


「でも、あんたは弱くなって欲しくなかった。周りになんて合わせないで欲しかった。私に友達になろうなんて言って欲しく無かった。それでも私無しで生きて欲しくなかった。私無しで...生きる術を見つけて欲しくなかった」


紗季は息を大きく吐く。


「今のお前は私と同じくらいダサくて、弱いよ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る