笑顔

『それ、どれくらいやばい案件?』


過去が見えないということは分かったけど、性格に問題が無いと言うことが分かっていたらさほど問題では無いと思ってはいるが、何かとても恐ろしいことが隠されているのだと思い、恐る恐る聞いてみる。


『正直、過去が見えないという以外、イレギュラーが何も無いというところが不気味なんだ、こういうことは決まって何か過去にトラウマがあってそれを...』


『ミキちゃんにすら感知出来ないくらいに隠れているということだね』


直接本人に過去を聞くわけにもいかない。ただこれを知ったからといって完全に警戒しているわけでも無い、今のところさほど重要な案件とは思えないからだ。


『これ、すぐに解決しなくちゃいけない案件では無いんだよね』


もう恐れは完全に無くなったし、自分から焦りが完全に消えているのが分かる。


『ああ、そういうことは、本人には悪いが...

いや、徐々にお前が何か、悩みを紐解いてあげればさほど問題では無いのだろう』


『本人には悪いが...なんだって?』


まさかこいつはもう何も分かんないから一生このまま古賀さんの件には手を出さないでおこう、とかびびって何もしないー的なことを私に伝えようとした訳ではないだろうな。


『いや、えっと、前例が無いんだ。正直かなりびびっているし、何かとてつもなく大きいものが動いている気がしてならないんだ。これは諦めている訳ではなくて、ただ、慎重に、なれば、何とか...なるだろうってことを伝えたかったです!はい!この話おしまい!』


よく分かんないけど、結論!古賀美波さんの問題は後回しーー!


『えっと、私の本来の目的はなんだっけ?』


古賀さんの問題に気を取られていたせいか、色んなことが頭から抜け落ちている気がする。決して紗季を助けるという目的自体を忘れている訳では断じてない。


『正直西羅さんの身の安全を確保するという問題だけを解決するならお前が西羅の下校にこっそり着いて行くだけで解決するのだが...』


『勿体ぶらないで早く言って』


何かこいつは臆病なところがある。この事件のことを全て読み切っているのになぜそんな臆病になる必要があるのだろう。


『まあいいや、持ってる情報を全部話す。これでいったんまとめに入りましょう』


とりあえず、ゴールとそれに目指すためにするべきことを教えてもらえばいいんだ。そのために私はラジコンになって、言葉、行動、全部を捧げる覚悟でここにいるのだから。


正直、この案件は余裕だと思っていた。しかし、ミキちゃんの次の一言で私のめんどくさい性格を呪う羽目になるとは思わなかった。


『えっと、ゴールがよく分からないんだ。それも過去に戻る能力が復活するのって本人の後悔を取り除かないといけないだろ?だからお前の望みが、西羅紗季の身の安全という問題だけなら下校に着いていくだけなんだが、仲直りとか、もっと別の案件だったら、それはもうお前の心の問題なんだよ、俺は今お前の心の中しか分からない、だから他人と仲直りするとかいう問題は完全に専門外なんだよ』


なるほど、私は仲直りなんて人生で1度もしたことが無い、ということは今日、初めての仲直りを一発で成功させろってことか!くっそー私の心の中では謝罪の文も仲直りの言葉もスラスラ出てくるのにそれをアウトプットすることが出来ない、この面倒臭い性格を誰か叩き直してくれ!できれば頭をぽんっと叩いてくれー!


...ってそういえばひとつ気になった部分があったな。


『あれ?過去に戻る能力が復活どうのこうのってあんた説明したっけ?』


『ああ、言ってなかったっけ?魂だって元は人間なんだ、忘れたことを思い出したりするさ、それに俺は1回だけ過去に戻っただけでルールは誰かに聞いただけだ』


『じゃあその誰か、教えてよ』


『忘れた』


無能。


一旦やるべきことをまとめよう。


1.ミキちゃんを人間に戻す。

2.紗季と仲直り+身の安全の確保。

3.古賀さんの過去について知る。

4.過去に戻るルールを知ってる誰かさんを探す。


最優先事項は2で、1番後回しでいいのは...


「1だな」


私はボソッと口に出す。


『おいこら』


ミキちゃんに怒られてしまった。


一応あの時は雰囲気でミキちゃんに人間に戻すって言っただけで本当はあまり思ってなかったことがバレてしまったのだろう。いや、とっくにバレていたのだが、直接私の口から出たのを聞いて、改めて私という人間がどういう人間かを再確認したのだろう。


というか、私はなにか重要なことを忘れていないだろうか。何か、もっと大事な、身近な何かを。


チャイムが鳴った。いや、鳴ってしまったのだ。


私はその瞬間、古賀さんの存在を思い出した。私がまるまる1時間、古賀さんをずっと放置していたことを思い出したのだ。


「やっちゃったー!」


私はとうとう後悔が抑えきれずに声に出てしまった。それほど大きい声では無いものの、周りの席の人からの視線を一斉に浴びてしまうくらいの声量にはなっていたのだ。


「なんだ!真面目に授業を受けているのかと思ったら、落書きでもして遊んでいるのか!?」


まずい、先生に聞かれてしまった。私はノートを急いで閉じて。


「起立!」


日直でもないのに号令をかける。さっさと授業を終わらせて、先生には他のクラスに退場してもらおうという作戦だ。


「気をつけ!礼!」


クラスの目立たないやつがいつもの何倍もの声量で押し切るのだからクラス中私が日直でもないのに私の号令に従ってしまう。


「「あ、ありがとうごさいましたー...」」

「あざざましたー!」


クラスの微妙な声量を私の勢いだけのありがとうございましたでかき消していく。

先生からは細目で睨まれているが私は目を合わせる勇気が無いため顔は左を向き、寄り目で先生の方を向きながら全力の知らん顔をしてみる。私の左の席の男子は少し怯えて私から離れていった。


「あのー...」


古賀さんに声をかけられたが私は紗季のことが気になってしまい、1番前の紗季の席に視線を向ける、私は1番後ろの席なのでよく見えないが、どうやら紗季は私の方を向いておらず、友達と話していて、あまり私のことを気にしていない様子だ。


「悩みって、紗季ちゃんのこと?」


古賀さんが私の視線に気づいたのか、悩みを的確に当ててくる。というか、まずずっと放置していたことを謝罪しないといけない事を忘れていた。


「ほんっとーにごめん、自分の世界に入っていまして、その、色々考えてたり、その...」


結局私はただの言い訳を並べるだけで手をこねくり回しながら目線はどこを向いていいか分からず挙動不審になってしまった。


「そんな!私が待ってるって言ったのに、こっちは何も気にしてなんかいないよ!」


古賀さんは私に目を合わせてくれようと私の顔を見ながら話してくれるのに、正面から目を合わせて話せない私はまだ目線が定まらない。

すると古賀さんが私のほっぺたを両手で挟み、私の顔を古賀さんの正面に持ってくる、私は古賀さんの顔を見ると、笑顔で


「ひゅうがちゃんサンドイッチ」


と言った。私の気を紛らわせようと言ってくれたのに上手く笑えなくて、目線が下に落ちてしまう。


「よく見て」


古賀さんの声色は真面目で、人と関わりたい、何か事情を聞きたい、と言わんばかりの声でそれなのに私の緊張をほぐそうと笑顔で私の方を見詰める。


「私が、怒ってるように見える?」


私は馬鹿だ、今、自分を殴りたい。これじゃあ紗季と仲直りなんて夢のまた夢だ。出来もしない理想を掲げ紗季との仲直りの言葉だって考えたのはどれも気持ちの籠っていないその場しのぎの言葉しか出ていなかったんだ。


「私のこと...殴って」


私は世界でいちばん情けない声色で言う。


ここまで真剣に接してくれているのに目も合わせようとせず、言葉もかわさず、自分から古賀さんに何か言うことがあるだろうとか、何か気の利くことが言えるだろうとか脳内の中ででしか言葉が出ず、ただふざけてるだけの情けない自分を許せなかった。


「絶対殴らない」


強い意志を感じた。普通の人の欲しい言葉を当ててくる。でも私はこの一言でとある決心がついた。私は右手の拳を強く握り、古賀さんとは反対の方を向く。自分にイライラしたんだ、1発くらい殴ってもいいだろ。手を振り回しても誰も当たらない場所に人がいないことを確認し、自分の顔に向かって思い切り拳を振るう。


バチンって音がした。私の顔は全然痛くない。

後ろを向くと、両手で私の右手を受け止める古賀さんがいた。私の右手の位置はあと少しずらせば私の顔を撃ち抜いていたのに、もう少しでイライラするやつの顔を殴れたのに、古賀さんの行動原理は分からない、なぜ、私を止めたんだ。


「私知ってるよ、私に止めて欲しかったんだよね」


私の強く握った拳を上から強く握り、優しく古賀さんは言った。


そうだ、周りに人が居ないことを確認したが、無意識的に古賀さんの存在を消していた。それは古賀さんが私の右手を止めることを心の底で期待していたからかもしれない。なんだ、私は構って欲しいだけか。自分のことすら自分で分からないようなやつが人のことを救おうなんて早かったんだ。


古賀さんが私の前に立っている。


そうだ、目を合わせようにも古賀さんは目が開いてない、いわゆる漫画で見る糸目キャラが現実に出てきたような人だ。でも私は古賀さんの瞼をじっと見つめる。


「見えてる?」


私は古賀さんに聞く。見えていることが分かっているのだが一応聞いてみる。


「見えてるよ」


古賀さんは目が閉じてても可愛い。いつもニコニコしてて、目が開いてないのに私の心の中を見ている。周りのことをちゃんと見ている。

私とは全く違う存在だ。


古賀さんは時計を指さす。


「もうすぐ数学だよ」


言ったのはたったその一言だけ。もう私に呆れてしまったのだろうか、優しい声色は少し低くなっている気がする。


「これは、文字じゃなくて言葉で言いたい」


古賀さんの声はいつも心に刺さる。一風変わってとても真剣な表情、真剣な声色、次の言葉を待つために私はゆっくり息を吐き、心を落ち着かせる。


「私、どんな事があっても笑顔は絶やさないって決めてるんだけど、一つだけ笑顔が消えちゃう時がある。それは彪月ちゃんが」


今まで古賀さんの過去とか、性格とか探ろうと思った自分がバカみたいだ。古賀さんはこんなに真っ直ぐでいい子なのに。


「自分で自分のことを嫌いになった時に、私は悲しくなって、笑えなくなっちゃう」





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