自分を大切にする
「んー、本当に過去に戻ったのかなぁ」
過去に戻った時に音が鳴ったり、体が揺れるとか起こって、私は過去に戻りましたよという感覚が欲しいなと思った。それに、正直過去に戻ったとは言っても今の家から過去の家に戻っただけだからあまり実感が湧かない。
「あ、そうだ」
私は自分が置いたコップを見ようとリビングのテーブルを目指す。
「おー、元に戻ってる」
テーブルの端っこに置いてあるコップを見て、自分が昨日に戻ったんだと認識した。
日記を書いた直後に戻れた、ということは文章を書き終わった瞬間がセーブポイントとでも考えればいいのだろうか。
「本当に端っこに置いてる...危ないなぁ」
そう思った直後、コップが傾く。
まずい、と思った私はダッシュでテーブルに駆け寄り、落ちそうなコップをダイビングキャッチする。
私はコップが割れなかったのを確認して一息つく。実際、これで過去が改変できる事を確信した私はこれから起こる事件に対応出来る自信がついた。
スマホの通知音が鳴る、メッセージアプリの通知音だ。
え、前は無かったのに。ただ私は割れそうなコップを救っただけなのに、それだけで過去が変わっちゃうの!?
予想外の事態に困惑しながら私は自分の部屋に戻って、スマホを手に取り、ロック画面を開く。
そこには母親から足音がうるさい、何かあったの?とメッセージが来ていた。
「全く、心配性なんだから...」
世界救っておいた。と、母に返事を返す。自分でも意味が分からない。
私は椅子に座り、テーブルの上に置いてある日記と向き合う。私の日記は5月12日を最後に止まっていた。
私の5月13日の後悔はまるで悪い夢だったと思わされるぐらい過去に戻った感覚も私の心の揺れも全く無くなっている。
何故か妙に落ち着いている。信じられない事態が今起こっているのもあるが、人生をやり直していい方向に過去を改変したら、現代の、後悔している私の感情はどうなってしまうのかと考えてしまう。もし、後悔しているのを忘れて、また人を無意識に傷つけてしまうかもしれない。この、今私がもっている親友を傷つけてしまった後悔を背負わずにこれから新しい自分が生きていくんだと考えたらゾッとするし、自分自身を軽蔑する。
私はシャーペンを取り、日記に気持ちを書いていく。
『私は未熟だ。人の気持ちを考えたことがあまり無かった人生だと思う』
だって、昔はずっと...。
『人には優しさも愚かさもある。ただ自分のことばかりを考えている私は間違いなく愚かな人間だ。もし、明日人を助けたとしよう。でも決して慢心するな、もし、自分のことを立派な人間とでも勘違いしたら、これからお前はお前自身に降りかかる後悔を他人のせいにして、他人の愚かさのせいにして、自分のことを優しい特別な人間とでも一生勘違いしていくことだろう。一生忘れるな、お前はバカだ』
私の全てを日記に記した。これは私の人生の、未来に起こる後悔を全て無くすための反撃の始まりになることを信じて。過去に戻ることは出来る、私はただそれだけの人間だ。未来のことを知らんぷり出来ない、未来を、明日の自分を変えようと努力を怠ることは私はしたくない。
『なんだこのお気持ち長文は?俺はお前の本来の未来を何となく知ってるから許せるけど、普通の人がこんなもの見てみろ、お前はぜーったいおかしい人だと思われるぞ』
私が物思いに耽っている時に、冷めた一言が私の日記に書かれている。自分のことを貶してくれる人がそばにいるなら、私は道を踏み外さずにいられるのだろうか。私はからかわれた悔しさよりも見守ってくれる人がいることに安心感を覚えた。人...?なのかな?
『そういえば、あなたの過去に戻る前の記憶はあるの?』
今の気分を紛らわすために質問していく。
『ああ、全部覚えている。お前が、俺が名前しか知らんやつのことで気持ち悪いくらい悩んでいることとかミキちゃんとか適当に名前をつけたことも全部な』
本当にこいつは全国のミキちゃんに土下座させないといけない。あ、でも実体がないから、頭は下げさせることが出来ないな。ならば反省文の一つでも今度書かせるとするか。
『私はどうやったら助けられるのかな?』
私は前を見る事が出来ない自分を支えてくれるようなアドバイスを求める。気分が沈んでいる時に誰かに相談できる人が居るっていうことは幸せな事だ。
『黙れ寝ろ、自分のことを大切にできない奴は、他人を気遣う権利すらないことを自覚しろ。今日はもう遅いんだ、明日のことは明日考えればいい。ていうか、俺はなんとなくでしかお前の事情を知らないんだ。お前が一人で一生よく分からないことでうじうじしてるのを中で聞いてるだけでイライラしてくるのに、面と向かって相談なんてされたらもう一生お前と話したくないくらいトラウマになるぞ!だってずっと自分の世界に入るもん!ずっと!キツすぎだろ。まじで』
「殺す」
私は正論に負けて捨て台詞を吐きながら布団に入る。
自分を大切に出来ない奴が他人を気遣う権利すらない、か。よく分からないけど多分今の私にとってもぴったりな言葉だと思う。そんなことを考えながら2度目の5月12日は終わった。
2度目の5月13日、私は朝の支度を済ませ、外を出る。私は家から近くの学校を選んだから歩きで登校している。自分を大切に出来ない奴が...。昨日の言葉が頭を駆け巡る。きっとこの言葉の意味が分からない限り、私に過去を変えられない、そんな気がしてならない。
「よっ、彪月」
前から声がする。今日私が守らなくちゃいけない人、大人気インフルエンサー星華こと『西羅紗季』だ。過去の私が失敗したこと、それは冷たい対応をしすぎたからだ。いつもは一緒に登下校を共にしたり、一緒に話してくれる数少ない友達だったのに私は、夜遅く寝たからだろうか、それともミキちゃんのことで色々考えてしまったからだろうか。私は1度目の今日、ずっと放心状態だったのだ。そのせいで紗季の事がどうでも良くなっていたのか。どっちにしろ私は自分のことばっかり考えていた事実は変わらない。
「あー、おはよう紗季、今日も...かわいいね...」
私から出た言葉はモテない男みたいな薄っぺらい褒め言葉だ。私は、今かなり塩対応という行為を行っている自覚がある。大事なのは言葉じゃない、気持ちだ。心から相手に向き合わなければいつ関係が悪くなるか分からない。
「あはは...なんか表情と言葉が合ってないなぁ」
いつも元気な印象のある紗季が私のせいで、少し元気を失っている。...いや違う、私のことを気遣ってテンションを合わせてくれているんだ。今までどうやって会話していたのかすら忘れていってしまう、明るい対応の仕方、嫌われない話し方、意識すればするほど私は迷っていく。
「やばいって...なんかあったの?」
いつの間にかずっと下を向いて考え事をしていたのだろう。今日はずっと自分のことばかり考えている。まずい、無視しちゃダメだ。何か返事しないと...。
「えっと、何も無い、本当に、何も無かった。うん」
悩みに悩んだ結果、余計気を使わせるような一言を発してしまった。この時点で私は私の事をだいぶ嫌いになっていた、もし私という人間がほかにいるとするならば私は私という人間とは絶対に関わりたくないと思うだろう。
『自分のことも大切に出来ない奴が他人を気遣う権利すらないことを自覚しろ』
まるで実際に面と向かって言われた事のようにこの言葉がフラッシュバックしてくる。言葉の意味は分かっている、それでも私にはこの言葉を本当に理解することが出来ない。
ああ、このまま嫌われちゃうのかなぁ。私には相手の気持ちが分からない。もしかしたら既に愛想を尽かしているのかもしれない、いや、絶対に変なやつだと思われているんだろう。本音で、日記とかで、話せればなぁと自分のコミュニケーション能力の低さに言い訳する。そんな言い訳を考える度に私は私のことを嫌いになる。
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