失敗

今後の自分のために、そして今日行った私の行為の戒めとして日記を綴る。

私は人間関係というものを甘く見た事をとても後悔している。私はなぜ、会話を拒否してしまったのか、いや、最初から他人に興味が無かったのか分からない。人間関係というのはたった一つの出来事、一つの失敗によって今、見える景色が大幅に異なってしまう。別に無視をしていた訳では無い。自分の心に素直になっただけだった。


「いや、こんなのは言い訳だ」


現実は私の書く文字のように、すらすら言葉が出てこない。でも、今日の私は会話を拒否していたのは明らかだ。


「興味が無かった訳では無いんだけどなあ」


口からは少し自分を振り返っただけの薄っぺらい言葉しか出てこない気がする。

他人の言葉をまともに聞こうとしない私は、人助けをしようとしない私は、


『他人に全く興味を示さなかったんだ』


「...っ、この言葉は、忘れちゃダメ」


『他人に全く興味を示さなかったんだ』という言葉の下に赤ペンで『↑絶対改善』と付け加えておく。


どんなに後悔しようとも明日は来る。


「私は明日、自分を変えられるのかな」


...考えても無駄だ。


5月13日 今日という日を絶対に忘れない。


『多分今、どんな言葉をかけようともお前には届かない』


「はぁ」


まさか幽霊に説教を食らわされる日が来るとは思わなかった。


『それがわかってるなら放っておいてよ』


『ただ、お前が一人で考えても何も変わらないのは明白だ』


私に取り憑く幽霊は心を見透かす、私には気づかない所も、もしかしたら覗かれてるのかもしれない。


『ミキちゃんがそういうなら、多分私は心の底から腐っているんだね』


『ミキちゃん』というのは今日の昼間、私が幽霊に名付けた名前だ。


『心の底から腐っているまでは言ってないな、あとミキちゃんという名前に関してはしっかり再検討して、名前を変えてもらうからな』


なんでだ、私は彪月だぞ、女なのに、男でミキって居るだろ。でも女でひゅうがは無いって、ガチで。


『なんで、いい名前だと思うけど?』


『ミキちゃんという名前に関しても多少の文句はあるがそこは百歩譲ったとして、恋愛小説のヒロインから名前を取ったという事実から俺は少し腹を立てているんだ』


なんだと、じゃあ自分で名前を考えればいいじゃないか。と、私も少し腹を立てる。


『じゃあ自分で考えてよ、かっこいい名前』


『考えてもそれはかっこよくないとか、男らしくないとか言ってくるのがおかしいじゃないか、自分の名前にコンプレックスを感じるのは自由だが、それを俺に押し付けてくるな。というか、なんでそんなお前がつけた名前がミキちゃんなんだ!というか(ちゃん)ってなんだちゃんとは!』


「くっそ、そういえば私が却下していたんだっけ」


私が言い終わるのと同時に文字が書き足される。


『それにお前のネーミングセンスも皆無だ。なんだα1(アルファワン)って、なんなんだ2X(セカンドエックス)って、人の名前なのかこれが!お前も父親似で終わってんな本当に。てか、ネーミングセンスが男子中学生!

本当に男子中学生!』


なんでや、記号と数字の融合ってかっこいいだろ。それに優る名前なんてものはこの世にはない。(個人の感想)


『というか、恋愛小説の男から取ってくれよ名前を、なんで女からとってるんだよ!』


『男の方の名前、零(ゼロ)だけどいい?』


私が書き終わる前に既に私の下にミキちゃんが怒りの文章を書き終わっていたようだ。


『なんだよ!みんな男子中学生かよ!嫌だよー、俺ミキちゃんのまま一生過ごすなんて!』


ていうか、さっきまで人生に困っていた人間がする会話じゃないな。襲いかかる後悔や明日に対しての不安に反して、何故だか今はとてもリラックスできている気がする。


「話し相手がいるからかな」


無意識的に求めていたのだろう、本音で語り合える人を、私の好きな文字で話せる人を。


『その話相手を、お前が今日ずっと無下にしていたんだからな』


厳しい一言が私の心に刺さる。


「そんなこと、私はとっくに知ってるよ。というか現実では言葉で話すの、言葉は凶器にもなるんだ、あんたとの会話とは違うんだよ。ちゃんと人の気持ちに寄り添わなくっちゃいけないんだよ」


サラッと吐き捨てるように言うが、実際はそうでは無い。私は分からなかったんだ、人の気持ちも、何もかもを。


「もうこの話はおしまい、おやすみ」


私はこれ以上心を悟られないように文字で会話せず言葉だけで会話を切り、責任から逃げるように席から離れ、布団に入ろうとした。


その時、日記の中身が昨日の夜と同じように光った。多分、ミキちゃんが呼んでいるのだろう。


「自分から光れるのな」


眠りの邪魔をされたことよりも、これ以上会話をすることを拒んでいた私には何かメンタルケアをされて、お前は悪くない。なんて言う甘いセリフを吐かれるのではないかと思ってしまう。そうなると私は一生、


「こいつに甘えたままの人生を、送ってしまうのかな...」


私は椅子には座らず、日記を上からサラッと見てから閉じようと思った。


『お前、このままでいいのか?』


なんだかイラッとした。言い訳が無い、こんなに後悔しているのに私の心が読める人のセリフでは無い。私は怒りの衝動でシャーペンを強く握り、席に座って日記に怒りを綴る。


『いいわけないだろ』


文章じゃ怒りはあんまり伝わらないだろう。ただ相手は私の心が読める。せいぜい私の腐った心のそこから煮えたぎる怒りでも感じながら震えるといい。


私はスマホを手に取り、開いていたニュースアプリを確認する。そこには、大人気インフルエンサーの星華という人物が自称ファンの男数名に暴行を加えられて重症、という内容が書かれてあった。


「私の気持ちなんて、誰にも...」


私はスマホを閉じ、最後に日記に目を通す。

私が怒っているのを察して今頃謝罪の文を書いてくれていることだろう。

そこにはたった一言だけだがとてつもないインパクトを残す文章が添えられてあった。


『だからお前にチャンスをやろう』


は?チャンス?こいつふざけているのか。人が悩んでいる時に仲直りの機会をやろうとか上から目線で言ってきてんのか。


「私はこの事件を一生抱えて生きていこうと思った矢先にこんなことを言われて悲しいよ、私の覚悟を...何も分かってないんだね」


怒りに震えそうだ。確かに他の人から見たら私は改善するつもりが無さそうに見えるのかもしれない。確かに私一人では何も自分の意識を変えられないのはほぼ明らかだ。ただこんなことを言われる筋合いは無い。


日記が光る。


「このバカ!まだなんかあんのかよ」


怒り100パーセントの言葉が出てくる。言葉でも絶対正直な気持ちを表せるのが一つだけある。それは怒りだ。嘘の怒りの感情というのは本当の怒りとは比べ物にならない効果がある。私はそんな怒りの感情をどこの誰とも分からない幽霊に発している。


『だから、お前にやり直すチャンスをやろうと言っているんだ。やるのか?やらないのか?』


やり直すチャンス?何を言ってるんだこいつは。私は日記に睨みつけながら、やり直したいとだけ書いて、返事を待つ。


『昨日言ってなかったことが一つある、俺のもう一つの能力についてだ』


『言って』


私は早く知りたいという欲求と怒りの感情に挟まれ一言しか言葉が出てこなかった。


『俺の能力は過去をやり直せる』


過去をやり直せると言われ驚かなかった、というのは嘘になるが驚きの感情よりも先に一つの疑問が生まれた。


『私は、過去に行けるの?』


『まあ待て、それを含めて今から説明する』


『1、過去に戻るのはお前だ精神も肉体ももちろんお前だ。

2、過去に戻れるのは1日1回

3、過去に戻れる条件はその日にちにその人物が書き終わった文字の瞬間に戻れる。ただ、その文字が手元にある事が条件。例えば毎日日記をつけているお前はどの時間にも戻れる無敵の人だな。ちなみにネット上の書き込みでも戻れるから今のネット社会ではかなり強力だな。

4、ただ、過去から現代に戻れるのにはその文字を書いている人物の抱えている後悔の原因を取り除かないと戻れない。だから無闇に知らない人の書き込みを使って過去に行ったら現代に戻れなくなる。もちろん年はとるからそのまま帰れず死ぬかもな、ただ一日前とかなら別に平気だろう。ただ後悔を晴らせなかったペナルティとかはあるかもしれない、俺は一回しか過去に行ったことがないから詳しいことは分からないけどな。

5、過去に戻れる文章の使用は1回だけ、同じ文章に何回も飛べないってことだ。

最後に、死んだ人間を生き返らせようとするな、決して深追いするな。予定通りのことさえやれば、何も問題ない』


なるほど、じゃあ今から昨日の夜中の日記に戻って今日起きた事を良い方に改変する。

...つまり。


『この星華という人物を助けるのがお前のミッションだ』


『あなたも過去に戻ったことがあるんだよね?何があったの?』


『忘れた、不便な記憶だなほんとに』


『じゃあ、あなたの記憶を取り戻すのもこれからの目標にしよっかな』


『え、うん』


なんか微妙な反応だな、私だってたまには恩を返すことだってするのに。


私は日記を前のページに戻し、文字に触れる。


必ず、星華を、西羅紗季を助けてやる。




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