第86話 Into The Night


聖都西門の前に降り立った三つの人影は、時ならぬ大花火に何事かと、起きて外を伺う人々の眼に構わず、門前に到着する


 悪意を通さぬ筈の、ウリエラの結界も、何も無いかの様に素通りである


 街壁西門に駐屯する騎士達も、何事かと様子を見ていたが、空から降りてきた不思議な三人組が門までやって来ると、当然誰何する


「何者か知らぬが、この門は夜明けまで開ける事は叶わぬ、明朝出直して来るが良い!」

 街壁の上から門前払いの通告をする騎士は、いざと言う時の為に、クロスボウで狙いを定める


 (何だコイツ等は?空から降りてきたぞ!)

 内心は恐ろしくて仕方無いが、任務を遂行せずに、後から聖女ミカエラにブッ飛ばされるのは、もっと恐ろしかった


「我はトールの妻、シヴ!

 聖女ミカエラに会いに来たと伝えて欲しい!」


「ミカエラ様に!?

 おいっ、誰か早馬を出せ!!」「分かった!」


 シヴと名乗った赤毛の女は、そのまま門前で待つ事にしたらしい

 雪が降り積もる中、薄着にも関わらず、寒そうにする素振りも見せない


 門の内側では、一度に百もの矢を打ち出せる巨大なバリスタが三門も引き出され、門に向けられている


 もっとも、このバリスタでさえミカエラは剣の一振りで、全ての矢を叩き落として見せる


 本人曰く「剣圧」らしいのだが、常人には到底真似出来ない極致であった


 聖女ミカエラの伝説は、今の騎士団の若者達にとっては、英雄譚を通り超して現実として目の前に立ち塞がる壁その物であった


 ミカエラならば、悪魔も魔王も討ち果たしたと言われて誰しもが納得出来た

 ミカエラに憧れて騎士団を志す若者も、後を絶たない


 同時に、決して超えることの出来ない大きな壁となり、立ち塞がっているのも事実である

 目標とするには、余りにも人間放れし過ぎている


 古参の年かさの騎士は言う

「絶対に目を合わせちゃならねえ、孫の顔を見たけりゃ目を見るな」


 不幸にも、目が合ったばかりに打ち込み稽古の相手をさせられ、木刀での打ち合いにも関わらずウリエラに「蘇生」させられた騎士は、両手では収まらない


「死」を体験してしまった者は、漏れなく騎士を辞め、別の人生を選択するが、誰もそれを咎める事は出来ない


 ミカエラが騎士団を統括する様に成ってから、騎士団は確かに生まれ変わったが、昔に比べて入れ替わりの激しい職場でもあった


「シヴ様、これを」

 赤毛の女の傍らに控える娘が、シヴにマントを渡そうとするが

「構わぬ、それより見ろ、雪の降り積もる美しさを

 雪を踏んで歩くのが、こんなにも楽しいとは知らなかった」


「天界には雪は降りませぬから」


「無粋な物言いをするな、アズラエル」

「は、申し訳ありません」


 ミカエラへの面会を求める旨の早馬は、三十分も掛からず西方支部教会のミカエラ邸に伝えられた


 居合わせた大司教ペンティアムが、異例の開門を許すと、都合一時間程で、シヴ達は聖都に足を踏み入れる


「……聖なる気に満ちて居るな、この都は」


「そうですね、下界にしては居心地は悪くありません」


「失礼します!大司教様より、馬車の手配を申し付けられております

 ミカエラ様の邸宅までお送りさせて頂きます」


「お心遣い嬉しいが、歩きたいのです」


「はっ?……しかし、歩くと二時間以上かかりますよ?」


「構いません、私が断ったとお伝えください」


 騎士はそれでも尚、食い下がったが、結局は固辞された


 現在午前一時


 到着は早くとも午前三時を過ぎてしまう

 雪の止む気配は無く、これからもっと冷え込むだろう


 騎士は再び、ミカエラ邸に早馬を走らせる


「はあ?歩いて来るって?

 勝手に押し掛けた挙げ句、こんな夜中に人を待たせるとは、どんな了見よ!?」


「ふむ、常識を弁えない処は、流石に天界の神なのじゃ」

 


 

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