第79話 Chance the Chance


聖都の街が白一色に雪化粧した朝

 新年を迎え、人々は聖教会へ向かう


 識字率も低く、天文学の概念も無いこの世界では、生まれ月に関わらず、新年に一つ歳をとる


 正月に、聖教会で聖女や司教の祝福を受ける事は、人々にとって大切な年中行事である


 ミカエラも、朝未だ暗い内から西方支部教会の祭壇に立ち、訪れる人々に祝福を与え続けて居た


 真新しい聖衣に身を包み、守護天使ミカエルが横に控えるその姿は、どこか物憂げな表情と相まって、大層厳かで神聖な印象を与えていたが、実は徹夜で呑んで騒いでいた為に、必死に眠気と戦っているだけだった


 (ミカエラ様、眠らないでくださいね?)

 倒れてしまわない様に、横から支えるミカエルが念話で囁く

 (ん~、酔いは浄化でスッキリしたけど……とにかく眠いわ)

 (我慢してください)

 (これ後、どのくらい続くのかしら?)

 (先ほど日が出ましたから、中天まで後五時間くらいですかね?)

 (……聞くんじゃなかったわ)


「弱音を吐いてる場合では無いのじゃ、間違っても本当に祝福を与えてしまわぬ様に、振りだけに留めるのじゃ?」


 祭壇の内側に隠れた、ヨルムンガンデの首が注意する通り、いつの間にか神に至ってしまったミカエラが、何気に祝福を与えてしまうと、とんでもない事態になりかね無かった


 女神様を奉る聖教会の中に、別口の女神が居るなんて、とても大っぴらに出来る話しでは無い


 ペンティアムに神気を帯びてしまった事実を打ち明けた処、大層喜ばれたが、やはり世間に知らせる訳にはいかないと結論着けた


 万が一、ミカエラを押す派閥が出来上がってしまうと、かつての教皇騒ぎの再来と成りかねない

 無用な混乱は避けるべきと、ミレニアムにも秘匿された


 ミカエラ個人としては、ミレニアム教皇聖下に秘密を作るのは気が引けるが、妙な政争に巻き込まれるのは、もっとごめんだった


「お母さん、交代します」

 朝食を済ませたラムエラとバラキエラが、色違いの揃いの聖衣を着て現れると、参拝者の間からどよめきが起こる


 ラムエラもバラキエラも、背中の天使の翼を拡げ、頭上には天使の輪が浮かび、後光が差し輝いていた

 バラキエラは濃い褐色肌に黒い堕天使の翼だが、二人ともに神気と神々しさに溢れ、居並ぶ人々は一斉に跪き、聖印をきると頭を垂れる


 普段から街中を遊び歩く二人は、聖都では人気者である

 愛嬌たっぷりで、頭も良く、困っている人の為に日頃から活躍する二人には、正月のこのイベントは少しだけ恥ずかしいが、誇らしくもあった


「ごめんね、少し仮眠させて貰うわ」

 そう言うと、ミカエラはミカエルと共に奥へ引っ込み、リビングへ戻るとソファーに身を投げ出し、テーブルに足を乗せて目を瞑る


「お母さま、お疲れさまですわ」

 ライゼンが温かい蒸しタオルを手渡してくれる


「ああ、ライゼンありがとう♡」

 顔を拭くと、少し眠気がスッキリする

 ミカエルはミカエラに寄り添い、髪をなでている


「なんて格好してやがる、子供達の手前シャキっとしろよ?」

 アシュタローテが愚痴るが、ミカエルは口元に人差し指を立てて「しーっ」と止める


 ミカエラは既に寝息を立てていた


「なまじ生身が在ると、眠らなきゃいけないってのは不便だな」

 アシュタローテもミカエルも、夜通しミカエラの酒に付き合っていたが、肉体を持たない為に酔う事も眠る必要も無い


 東方支部教会へ出向いて、不在のサリエラ以外が、自然とミカエラに寄り添い合う

 育児中のアガリアとデュアルコアは流石に徹夜に付き合ったりはしていない


 交代で子供達を寝かし付ける役割が、自然と出来上がっていた

 

 

 

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