第73話 TRY ME~私を信じて~


「ヒュー……ヒュー……」

 床に転がった赤黒い塊からは、弱々しく途切れがちな荒い息遣いが、まだ聞こえている


 十時間以上を掛けて、念入りに寸刻みにされたウッソの肉体は、両腕、両脚、局部、両耳、鼻、唇、両眼球、肩から内臓にかけて、肋骨や脊椎が見えるほど削ぎ取られ、それでもアシュタローテの呪いと、大聖女と、二人の天使の聖魔法により、死ぬ事も、狂う事も、気絶さえ許されずに居た


 頭の皮すら既に無く、頭蓋骨が所々剥き出しになっている様は、「生きている」と言われても、信じられない有り様だ


「人間が人間で在るとは、どういう事か教えてやろう」

 ペンティアムが冷たい声で肉塊に語りかけると、僅かに残っていた薄い膜を引き千切り、内臓を引き摺り出す


「こんな物は、只の器でしか無いのよ」


 背中に抜き手を突っ込むと、脛椎部を鷲掴みにして、肉体から頭蓋、脊髄、肋骨にかこまれた心臓と肺をバリバリと引き剥がす

 それでも心臓は鼓動を停めなかった


「私の可愛い娘に手を出した貴様には、死さえ生ぬるい……このままロキの元へ送ってやるから覚悟しろ」


 かつて「聖光の大賢者」「隻眼の魔女」と呼ばれ、魔族からも人類からも恐れられた、人外の大司教は、魔界の冥王への手土産をブラ下げて地獄へ転移した


「……ふうっ!疲れましたわ」

 汗だくのウリエラが、その場にへたり込む


「地獄の悪魔より恐ろしいわね、あの人」

「ミカエラへの想いは、誰よりも強いですからね……」

 アガリアが溢すと、サリエラが応える


「……」

 アシュタローテは床に散らかったウッソの残骸を見詰めていたが、ふいに魔方陣を展開すると、聞いた事も無い術式を詠唱し始める


 瘴気が湧き出ると、ウッソの血肉に群がり、侵食し始めた

 闇魔法の一種なのだろう、ミカエルとウリエルがあからさまに嫌そうに顔を背ける


「何をしてるの?」

 アガリアが勇気を出して、恐る恐る聞いてみる


「アイツの魂は地獄で永遠に苦しむ事になるけど、残されたゴミも有効活用すべきだと思わない?」

 魔方陣の輝きに照らされるアシュタローテの顔は、幽鬼の様に恐ろしかった

 


 アシュタローテ達がミカエラの屋敷へ戻ると、何やらいつになく騒がしい


 夕食の時間には、まだ早いが、子供達が大声で騒いでる様だ

 留守を任せたデュアルコアとミカエラの声も聞こえる


「ただいま、何?どうかしたの?」

「お母さん!」

 テラスに顔を出すと、バラキエラが凄い勢いでタックルして来た

「赤ちゃんが産まれたの!」

「え?」「なに?」


「アーシュ母さん、お帰りなさい!

 あのね!クレス母さんの卵が孵ったんだよ!」


「え、もう?先日卵を産んだばかりじゃ無かった?」

 ミカエラに寄り添うクレセントに目をやると、知らない幼子がヨチヨチと歩いている


 クレセント譲りの見事な金髪と、ミカエラ譲りの青い眼の竜眼

 何より、短いながら黄金の尻尾でバランスを取りながら歩いていた


 何処からどう見ても、クレセントとミカエラの子供で間違いないだろう


「クレス……の子よね?」

 とサリエラ

「ちょっと、大きく無い?」

 とアガリア

「紛れもなく、今日、孵化したばかりですよ?」

 デュアルコアがフォローする


「そこの脳筋抜刀女が、己の神格もわきまえず赤子を祝福したから、一気に成長したのじゃ!」

 ヨルムンガンデの首から、まさかの爆弾発言がもたらされる


「ええっ?私、人間よ?」

「愚か者!お主、自分が既に神の仲間入りしておる事に気付いておらぬのか?」


「ミカエラが神様?」

 

「お母さんが?」

 

「只の人間に神殺しは不可能なのじゃ、心当たりが無いとは言わせんのじゃ」


「……魔神の間違いじゃないの?」

 アシュタローテがボソッと呟く


「私は人間だってば、信じて?」


 



 

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