第60話 女はそれを我慢できない


「確かに、生きてる様だな」

 遠見のスキルで遥かに数百キロ離れた場所から、ミカエラ達を視た男が言う


「この冥界に生きた人間、ましてや天使などが居ると言うのは許されん事だ」


 低く、しわがれた声で語る男の年齢は分からない

「乱れた秩序は正さねばならん」


 乱れた白髪混じりの頭から、捻くれた巻き角を生やした小柄な男は、薄汚く散らかった部屋の壁から、一振の魔弓を手にすると、机の上の瓶の蓋を開け、中から一匹の小さな蛇を取り出した


「狙うのは子供の方よ、間違わないで?」

 ベッドの上で乱れたシーツで裸体を隠したオオヤツヒメが男に声をかける


「報酬は貰ったのだ、契約は果たそう」

 男はそう言うと、小さな蛇に口付けをして、魔弓につがえると、空へ向けて撃ち放つ

 ヒョッッ!


 暗い部屋の中で、オオヤツヒメは冷たく笑った



 ルシフェラの魔力を特定出来ないまま、取り敢えずパンデモニウムの方向へ動き出したミカエラ達

 黄金龍クレセントの背にミカエラ、デュアルコア、ラムエラ、バラキエラが乗り、暗黒龍セレロンにアシュタローテ、サリエラ、ミカエル、アガリア、狼のガウが乗っている


「何でアタシまで……」

 転移が出来るアガリアは、セレロンに乗るのを嫌がったが、「食事の支度をデュオ一人に押し付ける積もり?」と、アシュタローテに諭され我慢する事にした


「それはそうと、ケダモノ臭いのよ、この犬畜生は!」

 目の前でミカエルと戯れるガウの尻尾が、パタパタとアガリアの顔に当たる


「アギー母さん、ご免なさ~い」

「ガウ~、良い子にしてるんだよ~!」

「ガウッ!」

 尻尾の振りが更に激しくなる


 男嫌いのアガリアは、ガウがオスなのが気に入らなかった

「んもう、オスのフェロモンが臭ーーーい!」

 サキュバスのアガリアは、特にフェロモンに敏感だった


「そうか~、ガウって男の子だったんだ

 痛ッ!?」

 一瞬、首筋に痛みを感じたラムエラは辺りを伺うが、何も無い


「どうしたの?ラムエラ」

「何か首がチクッと痛かったんだけど……?変だな?」


 遥か数百キロ離れた場所から、魔弓に依って放たれた小さな毒蛇は、ラムエラの首に噛み付くと靄となって消えていた


 ズグン!

「!?」


 ラムエラの中で、毒が回ると猛烈な痛みが襲う


「あっ、ああーーーっ!」

 突然、ラムエラは胸を押さえて苦しみ出す


「ラムエラ!?」

「どうしたの!ラムエラ?」

「降りるわ!」

 クレセントが降下し始めると、ラムエラは苦しがってバラキエラにしがみつく


「ラムエラ!しっかりして?」

 バラキエラがラムエラを抱きかかえると、顔を上げたラムエラは、バラキエラの首筋に噛み付いた

「痛あっ!」


 血が流れる程、強く噛み付いたラムエラの顔は、大きく開かれた吊り上がった眼と、牙の生えた大きく割けた口で、まるで魔獣の様な形相になっている


「「ああああーーーーーーっっ!」」

 子供達の異常に気付いたアシュタローテが、すぐさま跳んで来た


「バラキエラ!?」

 アシュタローテが二人に取り着く寸前、ラムエラとバラキエラはミラクラに変身した


『アアアアアアーーーッッ!!』

 獣の様な雄叫びをあげて、異形と成ったミラクラが立ち上がる

 暗黒の瘴気が纏わり付き、溢れ出る魔力が禍々しいオーラとなって揺らめく


「ミリーッ!どうしたの!?」

 ミカエラが呼び掛けるが、野獣の様な唸り声が返ってくるだけだ


 いつもの聖と闇属性が、混ざり合った姿では無い

 黒一色で塗り潰されたその姿は、闇そのもの


 頭の羽根は魔族の角の様に鋭く尖り、堕天使の漆黒の翼が背中に翻る


「ミリーッ!?」

「ミカエラ!気を付けて!」


 ミラクラに駆け寄ろうとしたミカエラをアシュタローテが止める


「この子、堕天したのよ!!」

 

 

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