第45話 あざみのごとく棘あれば


「お姉ちゃん!?」

「アンタが悪いのよ!アンタなんか……ムグーーー!」

 サリエラが慣れた手付きで、後ろ手にロープで縛り、猿轡を噛ませる


「ンーンーーッ!」

「騒ぐな、殺すよ」

「……」

 底冷えのする声で脅され、静かになるオオヤツヒメだが、反抗的な目付きでツマツヒメを睨んでいる


 サリエラは頭から麻袋を被せて、顔を見えなくした

 余程、この侵入者が気に食わない様だ

「転移で逃げられても面倒だから、このまま首を跳ねるか……」

 オオヤツヒメの身体がビクッと震える


「良いよ、逃げてみなよ?アンタが消えるのが早いか、私の剣先が速いか比べてみようよ?」

 ドカッ!「ゲロゲロゲロ……」

 無抵抗の腹を手加減無く、爪先で蹴り上げると、麻袋の中で嘔吐した


 いつもなら「やり過ぎです!」と非難するデュアルコアも、冷ややかな眼でオオヤツヒメを見ていた

 誰もサリエラの暴行を止める者は居ない


 バラキエラが何か言いたそうにするが、アシュタローテに止められる

 つまり、子供が口出ししてはいけないと言う事だ

ラムエラは、まるで興味無さそうに背中を向けたまま、食事を続けている


「コイツはアンタの連れかい?」

「私の姉です」

 ミカエラの問いかけにツマツヒメが答える


「お願いします、姉を助けてください!

 私はどうなっても構いません、どうかお願いします!」

 ツマツヒメがミカエラに土下座する


「……だとよ、姉想いの良い妹さんだな?」

 ミカエラが麻袋を外すと、ゲロまみれのオオヤツヒメが、ツマツヒメの事を殺気の籠った眼で睨み付ける


「…………ナンノの積もり?何様の積もりよ!私に情けをかけて恩に着せる積もり!?止めて!!」

 鬼の様な形相で妹に当たり散らすオオヤツヒメの顔を、サリエラが容赦なく蹴り飛ばす


 折れた歯が、血反吐と一緒に散らばる

 サリエラは無言で腰の神剣を抜くと、オオヤツヒメの首を跳ねようと振りかぶった


「良いぜ、逃がしてやるよ」

「ミカエラ!?」

 サリエラの剣が止まる

「コイツ、妹の事も殺そうとしてたぞ!

 生かしておく必要無いわ!」


「良いさ、転移して逃げれるんだろ?

 私の気が変わらないうちに、さっさと消えな」

 ミカエラはそう言うと、グラスのワインを一気に飲み干す


「……後悔するわよ!」

捨て台詞を吐くオオヤツヒメ

 今度はミカエラがオオヤツヒメの首を捻り上げると、片腕で思い切り遠くへ放り投げた

 長年、身体強化を続けて来たミカエラの力は、人間ひとりを十メートル以上投げ飛ばす


「期待してるわ!」

 オオヤツヒメの姿が消える

 どこかへ転移して逃げたのだろう


「……ありがとう、ございます……」

 ツマツヒメは泣きながら頭を下げるが、ミカエラは手をヒラヒラさせるだけで答えない


 ハーディは自分が派遣した部下に、まさか命を狙われるとは思ってもいなかっただけに、ショックだった様だ

 立場的には、冥王軍をメチャクチャにした主犯が、地獄を捨てて地上へ亡命しようと言うのだから、暗殺されても文句は言えない


 オオヤツヒメが、何処へ転移したのかは不明だが、暗殺失敗は、ロキに伝わるだろう


 こちらが逃げ隠れせずに陣を構えて、待ち受けて居る事も伝わる筈だ


 ラムエラはツマツヒメの一件はまるきり無視して、ルシフェラの魔力を特定しようとステーキ肉に齧り付きながら考えている


 そもそも地獄へ来た目的は、ルシフェラから「若返りの霊薬」を貰い、ミカエラへプレゼントする事だ

 この広大な地獄の中で、ルシフェラの魔力を特定さえ出来れば、ピンポイントで転移出来る

 用事さえ済めば、冥王軍とことを構えず逃げ出す事も可能だろう


 ルシフェラとは、産まれてからの長い付き合いだが、気嫌次第で魔力の色合いがコロコロ変わって、掴み所が無い印象だ

 しかも、魔力と言うより、神気の方が強かった気もする


 (いっそ、世界の構築全体を俯瞰出来たら良いのになぁ……)

 それは、まさしく神の視点だ

 

 バラキエラは、揉め事に加わらずに黙々と食事を続けるラムエラが、また何か考え事をしているな、と分かっていた


 


 


 


 


 


 

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