第38話 大切なもの


アシュタローテは崩れ落ちた冥王軍本部の前に、逃げそびれた兵士達を並べると、尋問を始める

「貴様達の中で、転移出来る奴は居るか?」

「転移出来る者は、とっくに逃げたよ」

 少し年配の男性魔族が答える


 それにしては、残った兵士の数が多い

 転移出来る魔族は意外と少ないのかも知れない

 だとすれば「転移門」なんて物が造られたのも納得出来る


「誰だか知らないが、お前達も早く逃げた方が良い、直ぐにロキ様がやって来るぞ!」

 ロキの名を聞いて、ハーディがピクリとする


「誰?」

「冥王ロキ……煉獄の統括者だ、地獄は魔界の統治者ルシフェラ様と、ロキ様のツートップで支配されているのだ」


 アシュタローテも初耳だが、地獄の事情など地上の人間が知る訳も無い

 本来、生者が立ち入る事など無かったのだから、当然である


「ふーん、ソイツもルシフェラみたいな出鱈目な存在なのかしらね?」

「ロキ様は獄卒を統括なさる、言うなれば冥王軍の将軍だよ」


「ハーディ大佐!貴女は敵と内通して居たのか!?恥を知れ!」

 ハーディがペラペラと内情を漏らしていると、兵士達から非難される


「負け犬が良く吠えるわね、ヴォルカノ、イフリース、構わないから全員消し炭にして……」

「お母さん!」

 アシュタローテが短気を起こす前に、バラキエラが割って入る


「殺さないでって、お願いしたでしょ?」

「はあーー、アンタ達、娘に感謝なさい?」

 神をも恐れぬ堕天使も、娘には甘い


「転移門が破壊された以上、大規模な派兵は不可能だ、転移出来る者だけで偵察部隊を送って来るだろうな」

「そこの小娘みたいな?」

「な、何ですか?」

 ツマツヒメは引き合いに出されて不安がる


 本来、彼女はルシフェラに支える侍女だ

 たまたま転移が出来るからと、姉と共に臨時徴兵されて貧乏クジを引いただけだ


「転移魔法が使える者は少ないからね、非常時には文官だろうと召集されるのよ」


 それであれば敵本隊が到着するまで時間がかかるだろう

 しかも、冥王軍の本部が機能停止しているのだ、部隊編成にも手間がかかる


「ここからルシフェラの処まで、どの位?」

「転移門が使えないからな……歩くとなると二週間はかかると思う」

 ならばその間、炎竜達をバラバラに暴れさせて偵察部隊を撹乱すれば時間稼ぎが出来そうだ


 臨時の寄せ集めなら、軍事的な発想が出来ずに手玉に取れるかも知れない

 アシュタローテが次の手を考えている時、十キロ離れた密林の陰で、密かに匍匐前進する者が居た


 本部が襲撃された際に、いち早く脱出して、密林へ潜り込んだ冥王軍特殊部隊の狙撃手(スナイパー)だ

 竜人の彼女は、身体の色を周囲の密林同様に変化させ、完全に風景に溶け込んで居る

 更に、魔力を隠蔽出来る特殊な戦闘服に身を包んでいる為に、発見はほぼ不可能だ


 専用の魔導狙撃砲を三脚の上に固定すると、静かに複合スコープを覗く

 倍率を上げ、標的を確認する


 視界にテロリスト一味がクローズアップされ、距離、風向き等の補足情報と共に魔力センサーが捉えた魔力が、等圧線の様に実像に重ねて表示される


「ナニよ、この馬鹿げた魔力?」

 アシュタローテの膨大な魔力により、実像さえ歪んで見えてしまう

 下手すると、大型魔獣駆逐用に開発された、この魔導狙撃砲が通用しないかも知れない


 それどころか、魔力エネルギー弾の弾道に影響を与え、命中を阻害するかもしれなかった


 彼女は冷静に標的を選別する


 子供達は駄目だ

 あの常識はずれの堕天使は、恐らく子供達の母親らしいから、怒ったら何をしでかすか分からない


 堕天使本人も、強大な魔力を纏っている為に、そもそも命中させられるか分からない


 となると、消去法で逆賊ハーディ大佐がターゲットとなる

 地面に腰を下ろし、狙撃砲をしっかりと肩付けすると、呼吸を調え標的を狙う


 視界の中で、何重かに見えていた標的の姿が次第に一つに重なって行く

 呼吸を停めてブレを抑えると、標的の姿が完全に一致して、赤かった表示が緑色に変わる


 静かに引き金を絞ると、圧縮された魔力エネルギーが銃口から発射され、十キロ先のハーディの頭部目掛けて飛んで行った


 バシッッ!!


 ハーディの頭が吹き飛ぶ寸前、アシュタローテが後ろ向きのまま手を伸ばしてエネルギー弾を受け止めた


「!?嘘っ、有り得ない!」


 完全に死角の隙を狙った狙撃だった


 魔力エネルギー弾の弾速は音速の十倍以上だ

 発射音より早く着弾するエネルギー弾を素手で受け止めるなど、非常識にも程がある


「返すぞ」

 アシュタローテは受け止めたエネルギー弾を狙撃ポイントに向けて投げ返した

 


 

 


 


 

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