第5話 男運の無い者同士


「……と言う訳で、今や騎士団の錬度は酷い状況ですよ!うちの子ひとりに全滅してる様じゃ、税金の無駄遣いも良い所だわ」


 訓練を終えたミカエラは、教皇聖下ミレニアム・マトロックスに現状報告をしていた


 魔薬汚染事件の後、国の最高権力者と成ったミレニアムは、王政を廃し、聖王国を解体した


 元々、聖教会を頂点とした都市国家体制だった為、聖都の復興と共に民衆の絶大な支持を得て、ミレニアムが引き続き教皇として統治する事に成った


「ふむ……しかし、都市の治安維持を考えると、自警団だけでは武力集団として心許ないのも事実でな」

 ミレニアムは手にしたワインを一口飲み、続ける

「そもそも、ラムエラが強過ぎるのでは無いか?一般人相手ならば、武装した騎士団が遅れを取るとは思わんが」


 屁理屈では有るが、可愛い我が子を褒められて(褒めていないが)鼻が高いミカエラだった


「それはそうと、例の件は考えてくれたであろうか?」


「ラムエラかバラキエラを聖下の養女にって話しでしたら、前にも言った通りお断りします

 あの子達は自由に生きて欲しいので!」

 グラスのワインをぐいっと一口で飲み干したミカエラが断りを入れ、空のグラスにワインを注ぐ


「そもそも、あの子達は天使ですよ?

 人間じゃありません

 そんな者に統治させたら反乱が起きます」


「いや、女神様在っての聖教国だからな、天使が統治者と言うのも、意外とイケるのではあるまいか?」

 ミレニアムが、また一口ワインを飲んで、食い下がる


「天使と言っても、聖下もご存知の通り、バラキエラは堕天使ですよ?

 思いっ切り教会の敵じゃ無いですか!」

 ミカエラはグラスを一気に空にして、再びワインを注ぐ


「むう……」

 ミレニアムは一口ワインを舐めて言葉に詰まる


 魔薬事件が発生した当時から、既に結婚適齢期を過ぎていた彼女は、王家の血筋に囚われない斬新な考え方の持ち主であった


 眼鏡に叶う異性と巡り会わなければ、生涯独身で、優秀な養女に跡を継がせようと真剣に考えていた


 革新的な思想の持ち主だからこそ、聖女ミカエラに籠絡された魔王アシュタローテとの婚姻も、悪魔アガリアとの婚姻も特例として認めたのだ


 勿論、「聖光の大賢者」ペンティアムの保証が無ければ実現しなかったが


 民衆には、魔王も悪魔でさえも、聖女の活躍に依って、女神様に屈服したと納得させた

 事実だから嘘は言ってない


 とは言え、ミカエラもペンティアムも流石に「明けの明星」ルシフェラの事は教皇にさえ内密にしていた


 (ルーシーの事がバレたりしたら、流石に只じゃ済まないわよね……)

 グイとグラスを空にしたミカエラは、ワインを注ごうとして、ボトルが空になったのに気付いた


 勝手知ったる教皇執務室のワイン棚から、新品のワインを二本取り出し、一本はテーブルに、一本は栓を開けるとそのままラッパ飲みし始めた


 ルシフェラから結婚祝いにプレゼントされた葡萄畑で採れるワインは、神気に満ち溢れ、常に最高品質を提供してくれる

 勿体なくてラッパ飲みなどしたくは無いが、どうせ自分が聖下へ贈呈した物だ、構うもんか


 ミレニアムは、貴重なワインをボトルごとガブガブと飲み干すミカエラを恨めしそうに見ていたが、やがて大きなため息を吐く


「私が……」


「ん?」


「私が、もっと早く結婚していれば、こんなに悩む事も無かったのだろうな」

 しかし、教皇が結婚適齢期の時は、頭脳明晰、眉目秀麗、文武両道と欠点の一つも無く、第一王位継承者とあって、欲に目の眩んだ糞野郎共しか寄って来なかった為に、極度の男性不信に陥ってしまっていた


「貴女が羨ましいわ、ミカエラ」

「へっ?な、何で?」


「ううん、何でも無い、忘れて……」


 先の魔薬事件で、ミレニアムは唯一無二の親友を亡くしていた

 その魂を救ってくれたのも、聖女ミカエラだと聞いている


 自分にもっと力が有れば

 あの時、もっと早く気付けば

 あの時

 あの時

 あの……


 いくら繰り返しても、決して戻らぬ想いに、ミレニアムは言葉を失うのだった


「私は……」

 何故だか俯いてしまったミレニアムに、何と言葉をかければ良いのか、全く見当も付かなかったが、ミカエラは話し始める


「何時も、自分に出来る事に、全力を尽くすのみです、それ以外に、取り柄も有りませんし」


 ミレニアムの反応は無い


「そうすると、何時も何故か結果が着いて来ます、それが正解なのかどうかなんて、私には分かりませんが……後悔した事は有りません!」


 一息に喋ると、ワインをグッとラッパ飲みする


「それに、私には仲間が居ます!

 心の底から信頼出来る仲間が居たからこそ、どんな苦難にも諦めず立ち向かえた、と信じてます」


 ミレニアムが虚ろな眼でミカエラを見上げる

 少し酔いが回ったのだろうか?


「……聖下にも、きっと信じられる仲間が居るのではありませんか?」


 ビクッとミレニアムの肩が揺れた


 肯定なのかどうか分からなかったので、それ以上言葉を続ける事無く、執務室を後にした


 (やっべーーー、柄にも無く、聖下に講釈垂れちゃったわよ!恥ずかしーーーっ!)


 暫くして中庭に出ると、空には二つの月が浮かんでいる


「適齢期かぁ……結局、私も男運には縁が無かったなぁ」





  

 

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