第4話 親馬鹿競争


 そうこうしている内に、騎士団が戻って来つつあった、遅れたら「腕立て五千回」は流石に嫌だった様だ


「ギャラリーも集まり出したみたいだし、そろそろヤろうか、かかっておいで?」


「いきます!」


 ラムエラは体格的に長過ぎる剣を両手で構えると、猛然とミカエラに向かって突進する


 剣筋を相手に悟られ無い様に、身体の後ろ側に隠しつつ接近すると、右下から思い切り振り抜き斬りあげる

 ミカエラは余裕で避けると、続けて斬りかかって来た剣を受けて捌いた


 何しろ背が足りないので、剣を横方向に振るしか無い

 ラムエラはそれでも必死に重い剣を振り回し、何とかミカエラに一撃を当てようと、我武者羅に攻撃を続ける


 しかし、攻撃は当たらず、受けもせずに避けられる

 数分もしない内に、息が上がり肩が上下し始める

「ほら、どうした?

 私から一本取るんだろ?」


「うー、うるさい!」

 ラムエラが思い切り振った剣は、汗ですっぽ抜けてミカエラの顔目掛け飛んで行った

「おっと」キン!


 思わず剣で捌いた隙を突いて、ラムエラがミカエラの脚にタックルする


「やあああっ!」パチン!


 バランスを崩しかけたミカエラが、身体を傾けたところに、ラムエラのパンチが顔面を捉えた

 偶然とは言え、腰の入った良いパンチだ


「やった!届いた!」


 ミカエラは一瞬キョトンとしたが、間違いなくラムエラの一撃がミカエラに届いていた


「ありゃ、私とした事が油断し過ぎたか?」

 左頬をさすりながら立ち上がると、ドヤ顔の娘の頭を撫でてやる


「ヤるじゃない、腰の入った良いパンチだったわよ?」

 昔、師匠から自分がそうされた様に、娘を褒めてあげると、喜んで抱き付いて来たので、抱き上げてやる


 騎士団の中からパチパチと拍手が贈られ、ラムエラはちょっと照れ臭かった


「でも、本当は剣撃を当てたかったな」


「キチンと身体強化を使える様になれば、出来るわよ」


「ホント?ホントに?」


「初めて真剣を使った立ち合いをしたのに、お母さんに一撃当てたんだから、もっと自信を持ちなさい?ラムエラは凄い子よ?お母さんの自慢の娘だわ!」


「エヘヘ……」


「親馬鹿全開よね、

 見ていて恥ずかしいわよ」


「ああ?何か言った?アーシュ!?」


 アシュタローテが呆れ顔でため息を吐く


「私はミカエラみたいに甘く無いわよ、

 覚悟は良い?バラキエラ」


「はい、お母さん」


 アシュタローテが周囲の建物や見物人に被害が及ばない様に、魔法防御障壁を展開する


 本来なら、複雑な魔方陣を展開して魔法を制御しなければ出来ない事を、無詠唱で多重構造の結界を展開出来るのだから、流石は元魔王である


 眼には見えなくとも、魔力の流れを感じる事が出来るバラキエラは、母親の非常識な魔法行使に緊張していた


 しかし、ペンティアムに師事する事で、母から学ぶ魔法の定理だけで無く、物理学や量子力学の知識を身に付けたバラキエラも、自分で編み出したオリジナルの魔法に少しだけ自信を持っていた


「それじゃ、行くよ」


 アシュタローテが魔力の塊を数十個浮遊させると、躊躇い無くバラキエラ目掛けて撃ち出す


 バラキエラは自らの前面に魔力障壁を瞬時に展開して、それを防ぐ

 ドドドドドドドッッ!

 幾つかのエネルギー弾が、軌道を変えて側面から回り込んで障壁を回避して迫り来る

「!」

 咄嗟に障壁の形を変えて、全周を覆いガードすると

「遅いよ」


 いつの間にか、障壁の内側にエネルギー弾が入り混んでいた

 背中に回り込んだソレが、凶悪な殺意と共に炸裂した

 ドオーーーン!

 閉じられた結界の中で、閃光を伴った爆発が起こる


「バラキエラッ!?」

 ラムエラは思わず妹の身を案じる

「……」

 ミカエラは爆発の寸前、ほんのコンマ数秒の隙にバラキエラが結界をその場に残したまま、アシュタローテの背後に高速移動したのを捉えていた


 バラキエラは己の中に凝縮しておいた魔力を、口から思い切り吐き出す

 バウッッ!!

 母やセレロンが使う、暗黒のブレスだ


 しかし、完全にアシュタローテの隙を突いたと思われた攻撃は、当たる寸前で不自然に軌道を変えて大空へと向かって行く


 アシュタローテは、予め自分の周りの空間を歪め、攻撃を受けた場合に発動する術式を展開していた


「まだ!」

 バラキエラはすかさず次の手を打つ

 自身の影に向けて魔力を放つと、離れたアシュタローテの足元からエネルギーが放出された

 ズキュン!


 眩い閃光がアシュタローテを貫く


「やった!」

 攻撃が命中した事で、思わず喜んだバラキエラだが、同時に母親の心配をしてしまう


「……え、お母さん?」


「あら、心配してくれるの?私なら大丈夫よ」

 何故か、バラキエラのすぐ背後にアシュタローテが居る


 閃光に貫かれた筈の母親の姿は、次第に薄くなり、ボヤけて消えた


「あそこに居たのは、最初から幻影よ

 まあ、気付けなかったとは言え、最後の攻撃は面白かったわ」


 珍しく、母が自分を褒めてくれた

「ホント?」

「ええ、自分の影と標的の影を次元を超えて繋いで見せたでしょう?

 私には思い付かない攻撃ね、良くやったわ」


「ウフフ」

 あまり感情を出さないバラキエラが、母親に頭を撫でられ思わず笑っている


「何だよ、お前だって親馬鹿じゃ無えかよ」


「う、うるさい!」


 この親馬鹿ぶりを、暖かく見守るどころか、見学していた騎士団は恐れおののいて居た


「なあに見てやがんだ、テメー等?

 全員、木刀用意!

 総がかりでラムエラから一本取れ、

 ラムエラ、騎士団相手じゃ殺し兼ねないから木刀で相手してやんな」

「うん、母さん」


 ラムエラは木刀に持ち替えると、ブンブンと素振りをして、感触を確かめる


 自分の体格に合わせて造られた樫木の木刀は、良く手に馴染んでいた


 やがて、準備が整った騎士団二百名がラムエラを取り囲む


「なあに、お見合いしてやがる?

 準備出来たらさっさと行け!」


「来ないなら、こっちから行くね?」


 ラムエラは、何気も無く飄々と集団の中へ入って行くと、次から次へと騎士達を打ち据えてゆく

 バシッ!「ぎゃっ!」ビシッバシバシ!「うわあ!」「ギャア!」「痛えっ!」


 たかだか百二十cmしかないラムエラの振るう剣は、大柄な騎士達の脛や足首、背中を強かに打つ

 迂闊な騎士などは、尻の穴に木刀を突っ込まれて悶絶していた


 小さなラムエラに斬りかかろうと、木刀を振り下ろすと、下がった頭を狙い、横凪ぎに振り払われた木刀は、巧みに絡め取られて武器を奪われた


 カン!カカン!バシッ!「ぎゃっ!」カン、カカカン!ビシッ!「痛え!」「うわっ!」


 二百名の騎士団がハ歳のラムエラひとりに打ち据えられて終わる迄、ほんの十五分ほどしか掛からなかった


「……情け無えにも、程があるな

 テメー等全員、腕立て五千回!」

 げえーと言う悲鳴があがる

「口答えしたな?腹筋五千回も追加だ!」


 涼しい顔で汗を拭う我が子を見て、ミカエラはぼやく


「子供ひとり相手に全滅する騎士団なんて、教皇聖下に何て説明すりゃ良いんだよ」



 


 


 


 

 

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