第46話 vs 光の使徒⑮ 想い

「お前ら組織が滅ぼした国、グラン王国の生き残りだ......」


 そう聞いた時、僕は嫌な記憶を思い出した。

 タンスの奥深くに隠していた記憶。


 他人に頭の中をほじくり返されて、奥深くに眠っていた”グラン”という記憶をガサツに取り出された気分だ。


 不快だった。


 だが、同時に、納得もした。

 僕が負けたとしても――。





◆◆◆





 僕の父は、帝国の戦士だった。

 その父も、そのまた父もずっと帝国に使える戦士だった。


 僕は幼少期から、帝国の思想を強く教え込まれ、僕を含め兄弟は帝国のために死ねと言われたら死ねるくらいに洗脳されていたのだと思う。


 そんな父は、しばらくの間家を空けることが多かった。

 隣国のクラムホルツ王国との戦争が激化していたのが原因だった。


 戦争のきっかけは、王国側が難癖をつけてきたのがきっかけだと祖父に習った。

 だが、10年以上続いている戦争だ。

 だれも明確に答えられる大人はいなかった。


 今思えば、帝国のために片足になってでも戦い続けた祖父の言葉だ。

 いろいろと事情はあったのだろう。



 そんなある日、いつものように城門へ向かった。

 戦地から帰ってくる父を迎えにいくためだ。


 街はパレードのように、音楽がかけられ、紙吹雪を撒く準備が整えられていた。

 出店が並び、街の住民は大いに盛り上がっている。



「おい、聞いたか? 今回は王国の部隊を半壊させたらしいぞ!?」

「本当か? 俺は全滅させたって聞いたぞ?」

「そっちこそ、本当かよ!」

「やっと、この戦争も終わりなのかね」



 あちらこちらで、戦果を語り合い、酒を飲む大人の声が飛び込んでくる。


 僕にとっては、そんなことどうだっていい。

 戦争の勝敗なんてどうでもいい。

 強いて言えば、早く終わって欲しい。


 戦争が終われば、父は、ずっと家に居てくれるんだから!


 小走りで着いた城門前の広場には、大勢の人が集まっていた。

 皆が、戦士たちの帰りを待っているのだ。


 間に合った...!

 と思った瞬間に、城門が開かれる。



「パパ! パパ!!」


 僕は、大歓声に負けないように声を張り上げる。

 だが、すぐにかき消された。


 まだ小さかった僕の体もすぐに人波にさらわれた。



「くっ! パパ、パパ!! どこ!」


 負けじと声を張り上げる。

 だが、今度の声は、よく通った。


 いや、周りの声が消えていたのだ。

 人波も動かなくなり、皆が動きを止めたのだ。



 ――どういうこと.....?


 背の高い大人が僕の視界を遮る。

 きっと広場を見れば、状況がわかるはずだ、そう思って、大人の間をかき分けていく。


 ひとり、またひとりと間をかき分けて、広場がよく見えるところまで進めた。



「――はっ?!」 



 そこから見た光景は、よく覚えている。


 出発した戦士の3分の1程度まで減った戦士は、皆地面を見つめており、足取りも重かった。

 いつもは、隊長さんが広場の中心で、今回はどんな戦果を上げたとか報告があるのに、今日は何も言わずに、ただ広場を後にし、軍本部の方へ歩いていた。


 誰も何も声をかけられる雰囲気ではない。

 声を出すことも憚られる。

 そもそも出す言葉が見つからない。


 何が起きたのかは、誰もが想像がつく。


 ――敗北したのだ。



 その後、父は戦士を引退。

 というより、続けられなくなった。


 心を病んでしまったのだ。

 いつも、戦場から帰ってきた父の戦果を聞くのが楽しみだった。


 だが、今回戦場から帰ってきた父の口から言葉が出てくることはなかった。



 きっかけは十分だった。

 僕の家族は崩壊。


 祖父は、帝国のために生きない父を殺そうとする。

 そんな祖父を守ろうとして、母が庇った。

 何度かそんなやりとりがあって、母はついに愛想を尽かした。

 母は兄弟を連れて、出て行った。


 僕を連れて行かなかった理由は、簡単だ。

 祖父が僕のことを鍛えると、話を聞かなかったからだ。


 僕は、嫌だった。

 母や兄弟と一緒に出て行きたかった。


 だが、それはそれで嫌だった。

 なぜなら、父をこんな状態にした王国の奴らに復讐したかったからだ。

 母についていくと、僕はきっと、戦場に出ることはないだろう。

 戦場に出て、僕の家族をめちゃくちゃにした復讐をしたかった。



 それからは、当然のように軍隊に入り、戦場に駆り出された。

 戦士となった僕は、才能が開花した。

 復讐という”想い”が、光の魔法という才能を開花させてくれたのだと思った。


 当然のように出世をして、ひとつの隊を任されるようになった。



 隊長として挑んだ、初の戦場だ。

 僕は、惨敗した。


 ひとりのにだ。


 何ひとつ、僕の”想い”は敵わなかった。

 純粋な力の前では、どう足掻いても、結局想いは想いでしかなかった。


 そのの使う、奇怪な技の前では、おままごとでしかなかった。

 魔法に近いような、だが、魔法とは違う。




「名前は何という?」

 そのに聞かれた。

 地に這いつくばった僕に向かって。


 この敗者の名前など、なぜ聞くというのか。



「リュミエール.....、リュミエール・ド・ルクス」


「ほう、ルクスか。かつて帝国と戦った際にも、ルクスという誇り高き戦士がいた。その息子か」


「まさか、あんたが、父を....?」



「そう...かもしれんな」



 ずっと僕が復讐の目標にしていたに出会えた。

 それは、喜びの感情というより、絶望の感情に近かった。


 なぜなら、いくら僕が血反吐を吐くほどの努力を重ねようとも、きっとこのには敵わないと思えたからだ。


 父もきっと同じように思ったのだろう。

 そう思ったから、廃人のようになったのだ。



 栗色の短髪で、大きな大剣を抱えて、白銀の鎧に全身を包んでいる。

 その屈強な体つき以上に、このには底がしれない怖さがあった。

 きっと、このがいる限り、帝国は勝てない。

 そう思わせる、絶望的な力の差を感じさせた。


 いや、このが本気を出していれば、もうすでに帝国は滅國となっていたのだろう。



「父君のことはすまないことをしたと思っている。こんな戦争、何の意味もない。だが、私も立場があるゆえ、仕方なく――」


「戦争だぞ! 相手の言い訳なんか聞きたくない!」


 僕は、の言葉を遮った。

 だが、本音は嬉しくもあった。



 この強者が父のことを覚えてくれていた。

 戦争なんて何の意味もない、きっと僕が少年の頃から思っていたことを言ってくれた。

 このが、帝国を滅ぼさずにいてくれているのだ。


 それが分かった。



「そうだな、すまない。謝罪の気持ちとして、君は殺さずに立ち去ろう。才ある者を殺めるのは嫌いだ」


 そう言って、は立ち去った。

 その背中は広く、どれだけのものを背負っているのか到底想像もつかない。



「ま、待ってくれ! 最後にあんたの名前も、教えてくれ!」




 は振り返って、こう告げた。


「ジャンティ・フォン・グラン」




◆◆◆




 その後、戦場から退いて森に引きこもっていた。

 そんな僕の元に、ある報せが舞い込んできた。




 ジャンティ・フォン・グランが、クラムホルツ2世国王の認可を受け、クラムホルツ王国の一角を独立国と認めました。


 新たに建国された王国の名前は、”グラン王国”――。




 僕は、その報せを聞いて、もう一度頑張ろう、そう決めて、冒険者として再スタートした。

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