第38話 vs 光の使徒⑦ 負けたくねぇんだよ
「オーブ、お前は逃げろ。あの軍団を相手にするよりは、周りに待機させている戦士を相手にして逃げる方が、生きる可能性が高くなる。」
ラージュは、真っ直ぐに軍団の端から端まで目をあちこちに動かしながら、言った。
俺のことは一切見ていない。
その視線は、どこから攻め込めば突破できるかを考えている目だ。
闘志を失っていない。
まだ、ラージュは勝利を諦めていないのだ。
「そんな....! そんなことしたら姉さんが!」
「もうそんなこと言ってられなくなっちまっただろ!」
ラージュは、吐き捨てた。
その声、息の詰まり方から分かる。
ラージュにも、余裕なんて一ミリもないのだ。
ずっと、頼りになって。
ラージュがいるだけで、みんなが明るくなって。
誰にでも優しくって。
笑顔を絶やさない。
そんなラージュの顔がこちらに向く。
こんな表情を見たのは初めてだ。
綺麗に後ろでポニーテールにしていた赤毛の髪の毛は崩れていて、片目が隠れていた。
隠れた片目の方から汗に混じった血が流れている。
きっと、さっきまでの戦闘で傷を負ったのだ。
ラージュの瞳は、俺を捉えて離さない。
そして、ラージュはとびきり柔らかな表情を浮かべて、口を開いた。
「なぁ、賢いお前ならわかってくれるよな?」
ラージュの言っていることは分かる。
きっと、ラージュは死ぬつもりだ。
――俺を助けるために。
あぁ、ここで逃げれば、どれだけ楽だろうか。
優秀な家族のみんなが俺のことを守ってくれる。
認めてくれる。
支えてくれる。
上手くいかなかったとしても、それは俺のせいではないって慰めてくれる。
――それでいいのか?
俺は、断じて認めない。俺を守るために死ぬ、そんなことは決して。
ラージュは、やっとの想いで再開できた家族なんだ。
実際、他の家族の行方はわかっていない。唯一の血のつながった家族なのかもしれないのだ。
そんな家族を失った時の気持ちを忘れたのか?
あの時、ジケルとダルクに殺されかけて、家族を救えない自分の無力さに絶望したのを忘れたのか?
また、あの悔しい日々を送りたいのか?
俺は、イヤだ――!
膝に手を当てて、言うことを聞かない足を無理矢理にでも立たせる。
「俺は、もう、負けたくないんだよ。姉さん。」
「頼むよ、オーブ!」
「聞き分けのない弟でごめん、姉さん。今までの俺なら、姉さんにそう言われたら逃げ出していたよ。だけど、俺は、もう負けたくないんだ。」
いきなり
そして、何より、今までの俺自身に。
「約束しただろう! 俺は、必ずリュミエールを倒すって!!」
「オーブ.....」
ラージュは、スゥーッと息を吸い込み、姿勢を正した。
そして、乱れた髪を後ろ手でゴムを縛り直し、いつもの綺麗な赤毛のラージュを完成させる。
「そこまで言うなら止めないよ! あんたみたいな勇敢な弟を持てて誇りに思う」
そう言うと、ラージュを纏っている空気が変わった。
温かかった空気は微塵も感じられない。
そこにあるのは、凍てつくような寒気だ。
「私は右から攻める! あんたも好きにやりな!」
ラージュは大剣を構え、オーラを纏わせる。
見たことのない色だ。
真っ黒な大剣が暗い闇に沈んだ。
今纏っているオーラは、どこまでも沈み込んでいけそうなほどの漆黒だ。
「ヌウウウウオオオオオ......! いくぞっ!!
大きな大剣を片手で振り回しながら、敵陣に突っ込んでいく。
――オラっ!
――オラっ!!
――オラッッ!!!
ラージュの叫びは、雄叫びと化していた。
その姿はまさに獣。
獣と化して敵を屠る、そんな景色が広がっていた。
肉塊と化した敵兵は、宙に打ち上げられていく。
ラージュが進んだところには、道ができていた。
ラージュも腹を括ったのだ。
俺も負けていられない。
最大火力で、風穴を開ける!
「
俺は、体に集中した聖霊魔法を一気に天へ放った。
その力は、流星となって落ちてくる。
「受け取れ、天からの贈り物だ――!」
光の軍団の元へ、流星が落ちる。
落ちる。
落ちる。
――ドゴォォン!
――ドゴォォン!
――ドゴォォン!
光が降り注ぎ、隊列が乱れ始めた。
戦士は星が降ってこようと逃げようとしない。
その点が功を奏したのだ。
綺麗に整列されていたところへ降り注ぎ、光の軍団の被害は甚大だ。
攻めどきは今だ――。
俺は、間髪入れずに攻め込む。
「
視界に入る黄金の戦士を片っ端から、切り付ける。
斬った感触は、とても生きた人間を斬ったような生々しい手応えはなく、死んだ人間特有の固く、そして人形を斬るのと何も変わらない感触だった。
――ザンッ!
「オラっ!」
――ザンッ!
「はぁはぁ、くそッ!」
息が上がる。
――ザンッ!
「っ!」
今度は剣を握る手の感覚がなくなる。
「くそッ! いくら斬ってもキリがない!」
――ザンッ!
「ぐふっ?!」
今度は、背中に鋭い痛みが走った。
燃えるように熱い。
切られたのか。
無理も無い、集中できていない。
視界がぼやける。
頭もクラクラする。
連戦に次ぐ連戦、そして勝ち目がなく終わりのない戦いに心も体も疲弊しているのだ。
「オーブ!」
敵兵を掻い潜って現れたのは、ラージュだ。
右端から攻め込んでいたはずが、もう既に、こんなところまで来ていたのか。
「姉さん!」
俺はオーブと背中を合わせる。
これで背後は気にしなくて済む。
上出来だ。
「まだ戦えるか?」
「さっきから死にそうなんだけど」
「はっ、そんな冗談が言えるならまだ大丈夫だな」
――ピュン!
視界に微かに映った光の光線は、俺の足を貫通した。
「グアァッ!?」
片足の制御が効かなくなり、地面に落ちた。
「オーブ!?」
「さすが、しぶといね。だけど、そこが良い。」
黄金の戦士を押し除けて現れたリュミエールは続けた。
「どうだい? そろそろ降参してみては」
「はっ! 死んでもごめんだねぇ!!」
「ここまで強情だと、さすがに僕も不快だよ。
「ぐあぁ!!?」
リュミエールから放たれた光の光線は、ラージュの足を貫通した。
「まぁ楽しめただけ良しとするか。最後くらいは僕が殺してあげよう。あ、間違えた。僕が救済するよ」
――キィィィィィン
リュミエールの手に、光が集まってくる。
俺は、地面を頭に叩きつける。
「やめろおおお!」
「くっ――、助けて、お兄ちゃん――」
――――ドドドドドドドド........
「ん?」
リュミエールの手から光が消えた。
地面から、何かが聞こえてくる。
地震のような。
何か遠くから、こちらに近づいてきているような。
地鳴りの音だ。
音は、振動と共に、徐々に大きく、大きくなっている。
「これは.......」
リュミエールは、地鳴りの原因と思われる方向へ、視線を向ける。
そこには、砂煙が数本、しかもとんでもない大きさで立っていた。
「突撃イイイィィィ!!!!!!!!」
遥か遠くに見える砂煙と共に、心臓を打ち震わすような野太い大声が聞こえてきた。
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