第31話 目標達成、そして

「お願い....お願い......」

 リエルは、倒れたルクに聖霊魔法をかけ続けていた。


 その表情は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、肩と手を震えさせて全ての力をルクへ流し込んでいた。



「状態はどう?」

 アバンを後にして、倒れたルクを囲んだリエルとラージュの元に来た。



「まだ間に合うと信じてる。が、生と死の境にいる。五分五分だな。」

 腕を組んで見守るラージュが答えた。


 リエルは、こちらに気づかないほど集中している。

 俺は、拳を握りしめる強さを強める。



「お願い....」

【天上の治癒】セレスティアル・キュア!」


「お願い....」

【天上の治癒】セレスティアル・キュア!」



 リエルは、血が一番滲んでいるルクの腹部に手を当てて、何度も聖霊魔法を唱えた。

 【天上の治癒】セレスティアル・キュアは、重症を回復させる魔法だ。

 今のルクには、一番適した聖霊魔法と言える。

 だが、その分、より膨大な力を使う。


 リエルの息が上がっていた。


「はぁ、はぁ。お願い....。」

【天上の治癒】セレスティアル・キュア!」



 俺は、血まみれになったリエルの両手に、手を重ねた。


「うぅ、オーブぅ。どうしよう.....」

 リエルは、うなだれて涙を落とした。


「私のせいで。ルクが........」


「大丈夫。俺も力を貸す。絶対大丈夫だから。」



「いくよ!」

 俺は合図を出した。



【天上の治癒】セレスティアル・キュア!」


 2人息を合わせて声に出す。

 リエルが力をルクへ注ぐのと同時に、俺はその力を増長させる。



 頼む――、そう願った2人の想いが届いた。




「ガハッ.....!」


「ルク! オーブ! ルクが.....!」

 リエルは、オーブが息を吹き返したのを見て、また涙をこぼし、俺を抱き寄せた。

 

 俺は心から言葉をこぼした。

「あぁ、良かった......」






◆◆◆








「んぁ? 生きてんじゃねぇか」

「ほんとですね、兄上。うわっ! 汚なっ!」


「うわっ、気をつけろよ! てか、こいつら、あの傭兵じゃん。」

「あれだけ偉そうな口叩いておきながら、このザマですか、笑っちゃいますねww」



 ――俺は、聞き逃さなかった。

 この耳障りな会話を。



【神の矢】ディバインアロー

 俺は、聖霊魔法を発動させた。

 【神の矢】ディバインアローは、神の力で、敵を射抜く矢だ。


 この矢が射られたことは、体に突き刺さるまで、気付けない――。



「グワッ?!?!」



「いきなりどうしたんだ?! 兄上!」


「――もう1人。【神の矢】ディバインアロー



「ウワッ! 痛えぇよ!!」



「足を狙った。どうだ、もう逃げられないぞ?」



 俺は、足を抱えてうずくまる2人の近くまで行き、見下ろした。

 ――あぁ、この時をどれだけ待ち望んだことか。



「くっ、オーブ! いつの間に!」


「ジケル、ダルク、今からお前たちを殺す。」




「おい、冗談はよせよ! 俺たち、ガキの頃はあんなに仲良かったじゃないか!」

「そうだぜ、兄上の言う通りだ。あんなに遊んでやってたじゃないか!」



 ああ、本当に冷静に物を考えられることに感謝しないとな。

 冷静さを失うと、今すぐに殺してしまう――。


「本当に、反省しないね、お前たちは。」

 人差し指を突き出し、力を込める。

 もちろん、聖霊魔法だ。

 ――とびきりのな。



【天への死炎】ヘヴンヘルフレイム



「うあああああ! 熱い! 熱い! 痛いィィィ!」

 ジケルの右腕に黒い炎が燃え上がった。


「あの時、お前たちに裏切られて、滅多刺しにされて、虫ケラのような扱いをされた日からずっと考えていた。どうすれば、俺の気持ちは晴れるだろうかと。」


「ま、待ってくれ!」



「それで思いついたのが、【天への死炎】ヘヴンヘルフレイムという魔法さ。この炎は、天へ誘うための炎なんだよ。」


「な、話し合おうぜ.....」



――ボンっ!


「ギャァァアァ! 熱い! 痛いィィィ!」

 ダルクにも火を灯す。



「これだけ俺は怒りを覚えていても、お前たちには天国に行って欲しいと思っているんだぜ、優しいだろ? 遊んでもんなぁ!」


「ま、ま、マ、待ってくれ! 俺たちが悪かった! 何が望みだ? 何でも叶えてやる! 父上に言って――」


「ガァァァァァァァァァァァァァァァアァアアアァァァ!」

 ジケル、ダルクは、黒い炎に包まれる。



「ただぁ! 天国に行くために、! ! 間違いのないように!」



 俺は、両手を繋ぎ合わせ、全ての力を終結させ、一気に解放させる。



「もがき苦しんで死ねえやああああぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!」


【地獄の炎の鎮魂歌】インフェルナル・レクイエム!!!!!」


 黒い炎でできた魔法陣が縦横無尽にジケル・ダルクを囲む。


「ゴ、ゴメンナ――」


――キュィィィン!


 魔法陣は、一気に縮小し、ジケル・ダルクを飲み込んでいく。


 全てが黒い炎の球体に飲み込まれた時、爆裂と伴に消し飛んだ。





「やばい! 伏せろ!」

 ラージュは、黒い大剣でガードを作り、リエルとルクの前にかがむ。



 地面は割れ、空気は轟き、爆風は全てを薙ぎ払った。



 バゴンッと瓦礫をどかしたラージュの眼前に広がる景色は、瓦礫の山だった。


「オーブ.....オーブ!」

 ラージュが呼ぶ声が聞こえて、【聖なる盾】ホーリーシールドを解除する。



「みんな大丈夫だった?」

「ああ、こっちは何とか......お前こそ、大丈夫だったのか?」


「咄嗟に【聖なる盾】ホーリーシールドを発動できていたからね。」

「まったく......全力を出せとは言ったが、お前の実力がここまでとは思わなかったぞ」


 ラージュは苦笑いを浮かべた。

 正直、俺も【地獄の炎の鎮魂歌】インフェルナル・レクイエムの力がここまでとは思っても見なかった。


 【地獄の炎の鎮魂歌】インフェルナル・レクイエムは、自身が長年溜め込んできた負のエネルギーを、一気に爆発させる聖霊魔法だ。

 ミスも試し打ちもできなければ、連発はできない。

 一撃必殺の一発勝負だった。



「これで終わったのかな?」

 俺は、天を仰いだ。

 空には、屋根が見当たらない。綺麗な月が見える。


 屋根どころか、壁も、屋敷自体がなくなっていた。



「はは、屋敷ごと吹き飛ばしたんだ。もう残りの兵がいたとしても生き残ってはいないだろう。終わり――」


 ラージュの言葉がピタッと止まった。




「どうした?」


 ラージュは、俺の方向の先を見ていた。



「なぜ、お前がここにいる――?」


 その言葉で、何かいることに気づいた。

 急いで、その方向へ向き直る。





「ふむぅ。ただの腕試しだと思ったら、なかなかにハードな仕事なようだね。」


 振り向いた先には、黄金の兵隊数百の屍の上に優雅に座る男の姿があった。



「久しいね、ラージュ」



「リュミエール....!」

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