第30話 vs【真紅十字団】⑤ 兄弟

「お前たち、兄弟だったのか」


 俺は呟いた。


 返って来たのは、今まで崩さなかった表情からは想像できない表情だ。

 涙と鼻水を垂らして、妹の名を叫んで泣いた。



「リエル! 急いで、ルクの手当てを! まだ生きているかもしれない!」

 ラージュは、1人冷静だった。


「あっ、はい!」


 俺は急いでリエルが聖霊魔法を使えるように、力を注ぐ。


 倒れたルクに駆け寄るリエルとラージュを見て、俺もそっちにいかなければならない、そう思った。


 だが、足はその場を動かなかった。


 どうにも、泣きじゃくるアバンの前を動けなかった。



 ――あの時、裏切られ、森で刺されて家族が大変な目にあっていることを告げられた時の俺に重なって見えた。


 妹の命を殺めた俺は、最後までこの結末を見届ける必要があると感じたのだ。




「早く、俺も、殺せ。」

 ラージュは、そう呟いた。

 絞り出すような声だ。


 俺は、一気に口の中に水分がなくなった感覚がして、声が出ない。


「お前には、分からねぇだろ! 家族をある日突然、不条理に殺された気持ちがぁ!」

 アバンは激昂して、涙を流す。


「わかるよ.....」


 やっと、声が喉を通った。



「ふざけんなょ。なんで、こうなるんだよ......。俺たちばっかり。こん、なの、あんまりじゃねぇか......、やっと強くなれたってのに......」





◆◆◆






 私たち兄弟は、今はもう地図にすら残ってない村に生まれた。


 なんの特徴もない村で、なんの変わり映えのない日々を送る毎日だった。

 数ヶ月に一回来る行商人から、都会の話や冒険者の話を聞くのが楽しみだ。


「いいなぁ! 大人になったら冒険者になりたい!」

「はは、アバンも大人になったら冒険者になって、この村を守っておくれよ」

 村長が頭を撫でる。


 そんなつまらない日々が愛おしかったのだ。




 だが、そんな日々が、終わりを告げた。



「逃げろぉぉ! 魔物だ!!」

 夜中、寝静まった時、村の大人たちが騒ぎ始めたのだ。


 この時のことは、今でもよく覚えている。



「アバン、ブリック。お前たちは先に逃げていろ! お父さんとお母さんは魔物を退治してくるから!」

 ベッドから、眠たい目を擦りつつ、父と母がそう言って、家から勢いよく飛び出していく姿を見届けた。


 父と母は、村でも若手だったから、自動的に狩りや緊急時の対処を任されていたのだ。


 まだ幼かった妹を連れて、私たちは村が念の為作っていた避難所に向かった。


 避難所へ向かう途中、魔物の侵攻は思うより速かった。


 家を出た時点で、すでに村からは火が数箇所から立ち上がっており、避難所に向かう途中でも、爆発音や人の悲鳴が鳴り響いていた。



「こわいよぉ、お兄ちゃん」


「大丈夫だ。お父さん、お母さんがきっと何とかしてくれる!」

 小さい妹の手を握る力をさらに強める。



 着いた!



 避難所の家の扉を勢いよく開ける。


 家の中は真っ暗だ。

 私たちが初めてなのかもしれない。


「急げ!」

 家の扉を思い切り閉める。

 暗くてよく見えないが、とにかく家の奥に逃げ込む。

 扉から一番遠いところへ。


「早くこっちに!」 

 私は、妹の手を引き寄せ、抱き寄せる。

 抱き寄せた身体は小さく、小刻みに震えている。


 それをギュッと、震えを押さえつけるように抱きしめて目をギュッと閉じた。






――ドゴォォン!!



 倒壊する音と衝撃が響いた。


 届いて来た衝撃に、目を開けざるを得なかった。


 じっくりと瞼を開ける。



「はっ、お、お兄ちゃん......」


 目を開けると、壁も屋根もなくなっていた。

 夜空が見える。


 避難所とされていた家は吹き飛んでいたのだ。


 そして、目の前には、狼のような人間が立っていた。



「くっ、来るな!!」


 口からは涎を垂らして、グルグルと鳴いている。


 ズシズシと距離を詰めてくる。



 助けを呼ばないと――。

 だが、首を捻っても、辺りは火の海になっていて、家は一つも建っていない。


 みんな、どこに行ったの――?




「い、嫌だ......」


 目の当たりにする現実を拒絶するように、目を閉じた。

 強く、強く。



「お願い......誰か、助けて.......」






「――――おい、君たち、大丈夫か?」



 聞こえてきたのは、想像していなかったものだ。


 閉じていた目をゆっくりと開ける。



 そこには、左が赤、右が黒というツートンカラーの長髪を靡かせ、馬に騎乗した女性がいた。


 その勇敢な立ち振る舞いに、冒険者だと直感した。

 私たちが夢見ていた冒険者が現れたと思った。


 周りには、血溜まりと肉片が飛び散っていて、あの狼男は一瞬にして倒してくれたのだと分かった。



 その女性に遅れて、数人の武装した人間が現れた。


「生存者がいましたか?」

「ああ、どうやら、この2人の子供だけらしい」


 そう言うと、その女性は馬から降りて、歩いて跪いた。


 同じ目線に、綺麗で美しい顔が並ぶ。



 そして、私たちは抱き寄せられた。


「君たちだけでも、助けられて、良かった。」

 耳元でそう囁いた。


 その言葉を聞いた瞬間、不安や絶望感が一気に溢れ出した、涙と伴に。


 私たちは、この時、人生の恩人に出会えたのだ。

 この人のために、自らの命を捧げて、生きていくことを誓った。



◆◆◆



「この2人を保護せよ。」

「はっ、承知しました。フラム様。」


「移送先はどちらにいたしましょう?」

「”十字団”だ。ただし、数ヶ月で無理なら処分だ。」

「かしこまりました。」




◆◆◆




「オーブ。大丈夫なのか?」

 ラージュは、俺がアバンに手をかけようとしていることを察知して、問いかけた。


 きっとそれは、”殺し”に対する心配なのだろう。


 今の話を聞いた以上、動揺しない訳がない。


 だが、ルクが言っていた言葉を、思い出す。

「これは戦争だ。そしてこいつらは自分の意思で俺たちに敵対した。負ける時は死ぬ時だ。生かしておいて、またこちらの敵となる可能性もある。見逃すべきでない。」


 迷うな。




「ありがとう。でも、大丈夫。この選択は俺がしたから」


「そうか、分かった。」


 俺は、ラージュの返答を聞いて、アバンに剣を振り下ろした。




 ラージュの声は、少しだけ、寂しそうだった。






◆◆◆





「いかがなさいましたか、フラム様。」



「アバンとブリックの命の炎が途絶えるのを感じました。」

「・・・・」



「まったく、使えませんね。」

「誠にその通りでございます。」



【真紅十字団】しんくのじゅうじだんのメンバーへ周知しなさい。」

「はっ」



「仲間のかたきは、全員で討たないといけませんからね」

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