第24話 許せない

 ヴランの胸から血潮が溢れ、ヴランの目から生気が失せていた。


「オーブ、これは戦争だ。そしてこいつらは自分の意思で俺たちに敵対した。負ける時は死ぬ時だ。生かしておいて、またこちらの敵となる可能性もある。見逃すべきでない。」

 胸から槍を抜いたルクは、淡々と話した。


 確かに、ルクの言っていることは分かる。


 と同時に、自分たちがしている”復讐”というものの現実を目の当たりにした気がした。

 俺は、今、己の心の弱さや考えの甘さをも、ルクに突き刺された気がした。



 今、俺たちがしているのは戦争なんだ――。


 俺は感覚的に思った考えをグッと胸の奥にふさぎ込んだ。


「あぁ」


 それ以上、俺の口からは言葉が出てこなかった。



 ヴランの死体から目を逸らし、屋敷の入り口へ向かった。




◆◆◆




 屋敷に侵入できた時点で、計画は次のフェーズを進めることが出来た。

 次にすべきことは、アンザス領主とその息子、ジケルとダルクを探し出すことだ。


 見える扉を片っ端から開きながら、廊下を走る。



「おかしいな......」

 俺がポツリとこぼすと、ルクも「あぁ」と同意をする。


「どうして?」

 後ろを走ってきているリエルが、聞き返した。


「領主どころか、使用人1人いない。いくら夜とは言っても、領主の屋敷がも抜けの殻状態だ。」

 走りながら、説明すると、ルクがこぼした。


「ハメられたか」


 その言葉に、息を呑み、次に見つけた扉を開ける。


 ――するとそこには、人影があった。





「――本当に来たぞ」


 部屋の明かりはついていない。


 だが、月明かりが部屋を照らした時、その顔が暗闇に浮かび上がった。




「よぉ、久しぶり。本当に生きていたんだな、オーブ」





「ジケル――、ダルク――」

 俺は、息がつまった。


 暗闇に浮かび上がった2人の顔は、あの時、俺を刺してニヤニヤしていた時の表情のままだった。


 何も変わっていなかった。


 その笑った時に少しだけ見せる歯も、幼少期から良い物を何不自由なく食べて育った腹も、毛先まで無駄に綺麗で手入れされていて、短く清潔感あるように整えられた髪も――。



 ――そして、俺の中にある復讐心も。



 多少体が大きくなっていても、あの時の2人が思い出された。




「いやぁ、やってくれたよ。オーブ、君が生きていてくれたおかげで、父上からはカンカンに叱られてしまった。」


「まったくだぜ。今日は亜人の女を泣かせるのを楽しみにしていたのに、それを邪魔された訳だ。」

 兄のジケルと弟のダルクは交互に話す。


 ――とことん嫌いにさせてくれる話し方だ。




「止めろ。お前らの表情も声も言葉も全てに虫唾が走る。」

 俺は、心の底からの敵意を向ける。



「まぁ、待てって。お前らは、私たち領主が悪いことをしているから、それを阻止するんだっていう正義の味方ごっこをするために来たんだろ? 良いぜ、ここで死ぬ前に教えてやるよ」

 ジケルが得意げな表情に続いて、ダルクが続ける。


「亜人の奴隷売買の話か? 俺が毎晩遊んでやってるエルフの女の話でもしてやろうか? それとも麻薬の密売か? バカな領民は人生を捨てて高い金を払うんだぜ。」


 2人でケタケタ笑い合う。



「ひどい......」

「クズが」

 リエルとルクが、悔しさと怒りを噛み締めているのが分かる。



 だが、俺は、そんな悪行の数々を聞いても、特に何も思わなかった。


「お前らがどんな悪行をしているかは興味がない。お前らがクズであることは既に知ってる。今日は、お前らを殺すために来た。」


 今更、こいつらのクズっぷりに怒りは湧いてこない。

 むしろ今から殺すことに、ためらいがなくなった点で言えば、ありがたいとすら思える。




 俺は、この日を待っていたんだ。


 ずっと。



 聖霊族のみんなは、俺を温かく迎え入れてくれた。

 その温かさに囲まれると、俺が抱えているドロドロとしたドス黒く醜い復讐心が癒やされている気がした。


 だが、それでも、俺は復讐の炎を消すわけにはいかなかった。


 心に誓ったのだ。あの時の屈辱を、――家族の無念を、晴らすと。


 今、そう今。目の前に、夜が眠れないほど、腹がちぎれるほど、怒り憎んだ、”あの2人”がいるのだ。


 ――殺す。

 俺は決意と覚悟を定める。



「キャハハハ! オーブ、キャラ変わったな! 俺は何も考えてないお利口さんだったお前が好きだったぜ!」


「残念だが、俺たちを殺すというのは無理だぜ。あんなヘボ冒険者を倒したくらいで調子に乗るなよ」


 2人の表情から笑みが消え、指をパチンと鳴らした。


 その時――




 ――ガァァン!!


 ――ギィン!!


 2つの衝撃音が部屋に鳴り響いた。



「ちぇー、これを防ぐのかよー。」

「まぁ、【双璧】を倒したのは、マグレではなかったということか」


 2人が言った後、部屋に明かりが灯る。



 衝撃音の正体は、どこからか襲ってきた2人だ。

 真紅のマントを纏い、マントには十字架と思われる印が刻まれている。


 1人は、炎でまとわれた刀剣を俺に振りかざしてきた、黒髪にところどころに赤髪が混じっている髪を掻き上げた長身の男だ。


 岩で剣を急造し、刀剣を受け止めた。

 少しでも気を緩めると押しつぶされそうな気迫と力強さだ。



 もう1人は、剣先が細いレイピアをルクの槍に突きつけている赤髪に黒髪が混じっている短髪の女だ。

 ルクもこれを防御できていた。


 こちらもギチギチと剣同士で音を鳴らせている。


「お2人は、あの有名な【真紅十字団】しんくのじゅうじだんの幹部の方々です!」


「不運だったなー、オーブ。お前に勝ち目はない!」



 屋敷の使用人がいなかったこと、【双璧】の仲間が待ち伏せていたこと、そして、この【真紅十字団】しんくのじゅうじだんの幹部が待ち構えていたこと。


 これらから判断するに、完全にハメられたのだ。



 ――そして、どうやらこの【真紅十字団】しんくのじゅうじだんの幹部2人は、【双璧】の数倍は強い。


 そう直感が告げた。

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