第21話 前夜④ 【神託会議】にて(2)

【神託会議】オラクル・サークルの使徒の皆様。アンザス領主代理で参りました、使用人のセラです。」


 ――・・・・一、使徒様の顔を見るな

 この教訓通り、扉を開けてすぐに地面へ膝をつけ、視線を床に落とした。



「また、あの領主かー。俺らに対して、毎回使用人を送りつけるって、ほんとカスだね。」

 その声は、若かった。


「頭をあげてい。本来許されないが、お主には慈悲を与えよう。」

 今度の声は、渋く、そして胃の奥までズシンとくる重い声だった。



 そう言われた時、私の心臓が跳ねた。

 5箇条の一つ目の教訓に反することになってしまう。しかし、使徒様が直接許しを与えられた。これは、どちらを優先すべきか――。



 ――私が出した結論は、先人たちの教訓を信じることだ。



「大変ありがたいお話なのですが――」

 

 ――そう私が言葉を発し始めた瞬間、私の目の前には、血飛沫が飛び散った。



 パアァン!

 何の音か分からなかった。


 だが、その音と目の前に広がる血飛沫を認識した瞬間、激痛が押し寄せてきた。




 ――ッッッ?!!

 激痛の先は、指先だ。

 


 ――右手の小指がない。

 断面は聞こえてきた破裂音からは想像もつかないほど、綺麗に切断されており、なぜか血も溢れてきていなかった。



 誰が切った?

 動いた音も聞こえなかった。



 激痛によってか、5箇条の2つ目『二、不要な発言をするな』を思い出した。

 私の発言は、不要な発言だったのだ。



「聞こえなかったか? 『表をあげよ』と言ったのだ」

 先ほど聞こえてきた渋い声とはまた違った、低く背筋が凍る声が聞こえてきた。


 私は感じていた激痛を抑え込む。

 このままでは、殺される――。そう感じて、必死に言葉を声に出した。


「はっ。申し訳ございません。慈悲深きお言葉、ありがとうございます。」

 私は、ゆっくりと頭を持ち上げる。

 頭を上から押さえつけられているように重く感じた。



 頭を持ち上げて、遅れて視線を上に上げる。



 ――すると、視界に広がるのは、荘厳という言葉では表せられないほど、広く高い部屋が広がっていた。

 薄暗い室内を、ステンドグラスの窓から差し込む光が怪しい雰囲気にしていた。


 そのだだっ広い部屋の中心に一つ、大きな円卓が置かれており、そこに4人の人間が座っていた。

 ただ、空席もあり、パッと見たところ4つほどある。




「それで、何用でここまで来た?」

 渋く、そして胃の奥までズシンとくる重い声、聞いた声だ。


 声の主は、真ん中に座っている最も年長の声だった。

 頭頂部が長い帽子を被っており、ちらっと見える白髪と顔の皺からして、かなり年齢は上だと予想できる。

 だが、その体格の良さと鍛え上げられた肉体を有することが、衣服の上からでも分かった。


 ――ただの指揮官というわけではなく、個人としての戦闘能力も化け物である。そう直感が告げていた。



「はっ。アンザス領の冒険者ギルドで、『オーブ』と名乗る者が、人間ではない者とパーティを組んでおり、かなりの実力を有しております。その者らが、我が領主への叛逆を画策しているとの情報が入っており、その援護に来ていただけないかとのお願いに参りました。」

 【神託会議】オラクル・サークルは、簡単には動かない。

 この部屋に入り、このプレッシャーを直に感じた私は、領主様への叛逆を画策しているという情報を追加した。


 本当は、そうでないかもしれない。

 だが、どうせ私の命はここで尽きる。

 ならば、私に課せられた命令である、アンザス領へ援護を向かわせることを果たせれば良い。



「人間ではない者とは?」


「背中に翼を持つ種族であります。おそらく、魔族もしくは天使族などの絶滅した種族の生き残りの可能性が考えられます。」

 そう言った時、初めて少し円卓でざわついた。


 真ん中に座る男の右隣に座る女性が、耳打ちで会話をしている。

 長く毛先まで綺麗にされた長髪で、右半分が黒、左半分が赤のツートンカラーで分けられている。



 どの言葉に反応したのかは分からない。

 だが、チャンスだ。そう思った。



「天使族といえば、聖霊族。人間と争った過去が御座います。もし、聖霊族の生き残りが叛逆の機会を狙っているとすれば、我々の領地の問題では収まりません――」



 ――パァァン!!

 また、あの破裂音が耳に入り、私の進言は、途中で遮られた。



 右腕の感覚がない。


 麻痺しているのか、痛みよりも先に、5箇条の3つ目『三、お話に入るな』という教訓が思い出される。


 再び背筋が凍るように冷たく、低い声が響いた。

「貴様の発言は許していない。」


 発言したのは、真ん中に座る男の左隣に座る金髪の男だ。

 見た目は若く、真ん中の男からすれば孫にあたるほど年齢に差がありそうな若者だった。

 だが、その身なりと雰囲気は、一言で言えば勇者と言える風格を持っている。



「いいだろう。援軍を寄越すことにする。」

 真ん中の男が、重々しく声に出した。


 円卓に座るメンバーは、中心の男に注目した。



「フラム、【真紅十字団】しんくのじゅうじだんを2名派遣せよ。」

 フラムと呼ばれた、右隣に座る赤と黒のツートンカラーの女性が反応する。

「承知しました。」


 その返事を受け止めて、もう一度中心の男は、命令を下した。

「そして、光の使徒、リュミエールも向かいなさい。アンザス領主と、その一族の抹殺を命じる。」


 一番手前に座るリュミエールと呼ばれている男は、少し微笑んで返事をした。

 「わかりました。お任せください!」



 私は、その命令を聞いて喉まで出てきていた言葉をグッと堪えていた。

 ――が、隣で同じように膝まづいていた付き人が声を発する。



「お待ちください! どうして、領主様の抹殺を――――」



 ――――付き人の言葉は、最後まで続かなかった。


 隣に付き人がいたはずの場所には、血溜まりができていて、そこには他に何も無かった。


 音は無かった。



 どうしてそうなったのか、それは分からない。


 ――分かるはずもない。


 『四、詮索をするな』という、4つ目の教訓を守ることが出来なかったのだ。

 ただ、それだけだ。




「これは、神の神託である。」

 付き人の血溜まりから、いつの間にか正面で立ち上がっていた男を見上げる。



 ――化け物だ。


 いや、神か――




「最期に私の名前を告げてやろう。私の名は、ターブル・ロンド・デュ・ロワ。人の世の”神”だ。」


 その言葉を最後に、私の意識は消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る