第20話 前夜③ 【神託会議】にて(1)

 私は領主様の代理としてあるお願いをするために、アンザス領が属する王国、クラムホルツ王国の首都アルデンベルクに来ていた。

 1週間の長旅だったが、長旅の疲れを覚えないほど、私の心は安まることはなかった。


 領主様の指示内容は、【真紅十字団】しんくのじゅうじだんと、【神託会議】オラクル・サークルに、この話を通して、救援に来ていただくこと。


 どちらの組織も、この世界を股にかける組織だ。

 だが、その実態を掴めているのは、世界中を探しても数十人しかいない。


 当然ながら、領主様も、その使用人である私も、その組織のことを知る由もない。



 私は、馬車で移動中に、両組織の情報について、屋敷にあった資料を読み込んでいた。

 どうやら、【真紅十字団】しんくのじゅうじだんのリーダーは、【神託会議】オラクル・サークルの使徒であることが分かった。

 つまり、【真紅十字団】しんくのじゅうじだんに依頼をする場合は、【神託会議】オラクル・サークルへ謁見し、お願いをする必要があるということだ。



 そこで、肝心の【神託会議】オラクル・サークルの情報についてだが、どうも情報が錯綜していて、何が合っていて間違っているのか要領を得なかった。



 ただ、唯一記載が統一されていて、間違いがないと思われる部分があった。


 「これから【神託会議】オラクル・サークルに謁見をする際に、死守すべきこと」、そう表題された部分だ。


 私は、上から箇条書きに記された記載に目を落とす。



 一、使徒様の顔を見るな


 二、不要な発言をするな


 三、お話に入るな


 四、詮索をするな



 何度も目を滑らせても、状況が想定できない。

 一体私は、これから何を相手に話をすることになるのだろうか――。


 静めようとしている心臓がうるさい。


 領主様の使用人となって、20年。

 これほどまでに、緊張し体が固まる任務は初めてだった。



 ――そんな私でも、「最後に」と書かれた最終行から目が離せなかった。




 最後に、生きて帰る希望を持つな




 ――私は、死地へ向かっているのだ。



◆◆◆



「クラムホルツ国王様、ご無沙汰しております。アンザス領主代理で参りました、使用人のセラです。」

 私は、首都に着くとすぐに、領主様の手紙を持って、国王に謁見していた。


「アンザスめ、そなたが手紙を持ってきたということは、事情は察しがつく。」

 国王様は、私から目を逸らして、答えた。


「分かった。では、案内する。」

 そう言って、国王様側近の使用人が、私を案内した。



 城を出て、馬車へ乗り込むと、使用人からの説明が始まった。

「この度は、お務めご苦労様です。ここから先は、この目隠しをつけて移動していただきます。」

 そう言うと、目隠しどころか顔全体を包む袋を出してきた。


「どれくらい移動するのですか?」


「申し訳ありません。答えられません。」

 そう言うと、使用人は袋を私と、もう1人私の付き人に被せた。

 袋は粗い布のようなもので出来ているようだが、完全に視界は途絶えている。


「これから、袋に音響遮断の魔法をかけます。声が聞こえなくなりますので、何か用がある時は、隣に座る私を触って合図してください。」

 私はコクっと合図をして答えた。


 すると、街の音が聞こえていたはずが、音が遮断された。



 私は、動きがうるさくなる心臓を鎮めて、あの5箇条を復唱してを繰り返していた。



◆◆◆




 紙袋を外されて、目の前に見えたのは、大きな扉だった。


 頭を覆っていた紙袋が外されたのは、馬車に乗ってから1週間ほど経ってからだった。

 昼も夜も分からないため、何日経ったのかも正確には分からなかった。



「長旅、ご苦労様でした。この扉の先に、【神託会議】オラクル・サークルの使徒の皆様がいらっしゃいます。ご準備が出来次第、扉を開けてお入りください。」

 そう言って、案内人は立ち去っていった。


 私はこの移動中、ずっと考えていた。

 どうして、領主様は、この任務を私に命じたのか。


 20年間使用人として勤めてきた経験から導き出される答えは一つだった。

 ――ちょうど、あの場に私がいたからだ。


 あの場に居たのが私でなければ、その場にいた他の誰かが命じられていただろう。

 領主様からすれば、誰でも良かったのだ。


 だが、今更、怒りはない。

 私ども使用人は、家系が使用人だ。

 私の父も祖父も、またその祖父も。そして、私の孫も。ずっとアンザス領主様に使える使用人として生まれ、育てられ、死んできた。

 その中に私がいるだけだ。

 私だけが、この年まで生きて、命令から逃げる訳にはいかない。



 同じような思いを抱いたから、歴代の先輩方は、あの5箇条を語り継いできたのだろう。

 だからこそ私も、少しでも情報を、次の世代へ語り継ぐのだ。


「これを」

 私は、隣に立つ付き人に資料を渡した。


「この資料が残っているということは、誰かがこれから起こることを書き記したということだ。つまり、ここで死ぬのは、私だけの可能性が高い。今から起こることを、一言一句漏らさずに書き記して、次の世代へ繋いでくれ。」


 うるさかった心臓は、もうすっかり静かになっていた。

 覚悟はついた。


 私は、付き人が涙を拭って返事をするのを聞いて、扉を開けた。

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