第19話 前夜② アンザス領主屋敷にて

 俺たちは今日、領主の屋敷に来ていた。

 B級冒険者となってからは、領主から護衛や衛兵の任務を任されるようになった。


「アンザス・ドロン領主様。」

 俺たちは、領主の部屋まで通されて、いつものように首を垂れた。


「何用だ、【双璧】よ。今日は衛兵として呼んだのだ。お主らと話すことはないはずだが?」

 領主の言葉は重い。

 領主に衛兵として雇われるようになってから、数年が経つが、未だまともに会話をしてくれた試しがない。


 だが、そんな俺たちも、B級冒険者になった程度で収まるつもりは毛頭ない。

 やっと手に入れた、領主の衛兵の役だった。


 俺たちは、冒険者になってから順調に成果を上げたが、上の存在を目の当たりにすると、現実を思い知らされたのだ。



 数年前にふらっと現れたS級冒険者、ラージュだ。


 それまでは、この街でトップ冒険者を語れた。だが、ラージュには、どう足掻いても勝てなかった。


 それから、俺たちはこの領主を踏み台にしてでも、一発当ててやろう、そう思って頑張ってきた。汚いこともやってきたが。



「お待ちくださいませ、領主様。お耳に入れておきたいことが御座います。」

 俺たちは、床を見つめたまま領主へ答える。


「ほう.....。良い、言ってみよ。」

 食いついた。

 領主の反応は、言葉尻から感じても、上々の様子だった。


「はっ! この街に人間以外の者が混ざっているかもしれません。」

「それは亜人種か?」

 領主が被せるように答える。


「いえ、おそらく領主様が見過ごせるような存在ではないかもしれません。」

「――、というと?」


「おそらく魔族、もしくは天使などの類かもしれません。」

「ほう――。」

 そこで、領主の反応が一度止んで、続けた。


「なぜそう思う?」


「冒険者ギルドで見ました。全身をマントのようなもので包んでおり、はっきりとは分かりませんでしたが、背中から翼のような膨らみを見ました。」

 そう答える時、俺は、ぐわっと目線を領主の元へ向けた。

 それが真実であると、この目を信じるべきだと、目で訴えるために。



 俺の目をまっすぐに見下ろす、領主の目線は、想像以上に冷たい。

 すぐに目を逸らしてしまいそうになる。

 

 だが、俺はまっすぐに目を見続けた。

 この情報は、きっと俺たち【双璧】を躍進させるきっかけになる。

 そういった確信があった。



「ですので、俺たち【双璧】に、そいつらの討伐任務を与えていただけないでしょうか。もし魔族でしたら、問題が起きる前に対処した領主様の評判はもっと上がることになると思います。」


「天使族などの未知の種族でしたら、生け獲りにします。きっと、高く売れるでしょう。」


 俺は、領主の冷え切った目をまっすぐに見つめて、必死に捲し立てた。



 しばらく部屋中の空気が冴え渡った後、領主は告げた。

「良かろう。今日から毎晩、屋敷の護衛任務及びそやつらの捜索を任ずる。」


 俺たちは、その言葉を聞いて、もう一度目線を床に落とした。


 そして、声に出して答える。

「ハッ!!」



「良い。報告ご苦労だった。【双璧】の活躍を期待する。下がりたまえ」

「はっ! ありがとうございました!」

 俺たちは、体を起こして、今一度頭を下げた。


 ――やっと来た。チャンスが。

 俺たちは、部屋を後にして、ガッツポーズをする。

 このチャンスをモノにできれば、きっとさらに上の活躍ができる。

 金も入るようになる。


 明るく輝く将来へのビジョンが、やっと見えてきたのだ。




◆◆◆



「誰か、いるか。」

「は、ここに。」


「直近で、冒険者登録をした者のリストを調べろ。」

「そうおっしゃると思い、すでに調べております。直近1ヶ月で冒険者登録をした者は、1組だけでした。名は『』と言うようです。」



 領主の目が、クワッと見開かれた。

「オーブ......と言ったか。」

「はい、領主様が想定されている者と同一人物かは不明です。しかし、正体不明の人外と同行していることを考えるますと、可能性が御座います。」



「分かった。【真紅十字団】しんくのじゅうじだんと、【神託会議】オラクル・サークルに伝えに行く任務を命じる。」



 執事の顔が少し怯んだように見えた。


 ――だが、一瞬にして凛とした表情に戻る。


「承知いたしました。【双璧】のお2人はどうなされるのですか? もはや役不足だと思われますが。」



「ん? 2人もいたのか? 歳をとるとどうでも良いことの物覚えが悪くなってしまうな。」


 そう言った領主の笑い声は、冷たかった部屋をさらに冷たくした。

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