第8話 仲間②

 その姿は、まさに英雄のようだった。

 持っていたのは農作業用の鍬だったけど、迫り来るゴブリンたちをバッタバッタと薙ぎ倒した。鬼気迫るその躍動に、私は目が離せなかった。


 ゴブリンは、思いの外賢いようだった。

 それまでは、一匹ずつオーブに挑んで行っていたのが、勝てないと悟ったのか、二匹同時や距離をとって戦うように連携を組み始めていた。

 私は、手を組んで祈る。

 今私に出来ることはこれくらいしかない。

「お願い、オーブ――」



――が、止まらない。

 私の心配を無駄にするほど、オーブの躍進は止まらなかった。

 戦い方は、素人の私にも不恰好だと分かるほど、辿々しい。でも、それでも、力でゴブリンを薙ぎ倒していく。ゴブリンの知的な作戦をも全て蹂躙する力強さが、オーブにはあった。


「お前で、最後だぁぁ!!」

 最後のゴブリンが、ギエェェ! と奇声をあげる。

 オーブの振り下ろした鍬は、ゴブリンの振り上げた鈍器よりも速く、ゴブリンの首に届いた。鍬とは思えないスピードと切れ味で、ゴブリンの首は、明後日の方向へ飛んでいく。

 それは一瞬の出来事だ。それでも瞼に焼きつくほど綺麗な太刀筋だった。

 私は、それを見て目を奪われた。そして、この光景は、一生忘れることはないと思った。


 オーブの荒れた息遣いが聞こえてきた。

 そして、オーブは私の方を向いて、微笑んだ。

「リエル、良かった、無事で!」 


 私は、オーブの言葉を聞く前から走り出していた。一直線に。

 いろんな感情がごちゃごちゃになって、何も考えられない、ただ、本当に。

「ありがとう!」

 私は、オーブの胸に飛び込んだ。

 初めて会った時は、自分と同じくらいヒョロくて、頼りない弟のような存在だと思っていたのに、いつの間に、こんなにしっかり頼りがいのある体になったのか。

 オーブの胸が、思ったよりも厚く、その背中は大きかった。



◆◆◆


「お前、1人で倒したのか」

 後から到着したルクは、愕然とした。

 辺りは、ゴブリンの死骸と血が散らばっていて、戦争跡のような惨状になっていた。後から冷静に数えると、ゴブリンの数は十匹は少なくともいたことが分かった。

 私は、後から助けに駆けつけてくれたみんなに、全てオーブがやったことを説明した。その鬼神の如き躍動を、体で表現しようとするも、なかなか思ったように伝わらない。

「はは、とにかくオーブが全部やったってことは分かったよ」

「分かってない! 私がやってることなんかより、もっと凄かったんだから!」


「なぁ」

 ルクが間に入る。

「このゴブリンの身長は、これくらいだったか?」

 そう言って、ルクは自分の腰辺りを差している。

「いや、少なくともお腹辺りまで身長あるゴブリンもいたと思うよ」

 私は記憶を遡って答える。あまり意識していなかったが、思ったよりも大きいと思ったのは覚えている。

「そうか」

 ルクは、そう言って、まだ森の探索を続けにいくようだった。ゴブリンの残党がいないとも限らないと言っていた。やはり、ルクは真面目だ。


 そのルクが行く先に、オーブが立ち止まっているのが見えた。

「どうしたの、オーブ?」

 私はオーブの近くに行って話しかけてみた。

 するとそこには、人を助けた後とは思えないほど、冷酷で静かな表情があった。

 私は目線を落とすと、オーブの手元には、ゴブリンが身につけていた布切れを大事そうに握りしめていた。私は嫌な胸騒ぎを覚えた。


「それって・・・」

「これは、僕の国で働いてくれていたメイドさんの制服だ。布の裏に名前が書いてあった。」

 私は、口元を手で覆う。さっきまで馬鹿騒ぎしていた自分を恨んだ。なんと愚かだったんだろう。人間の制服をゴブリンが身につけていたということは、何があったのか想像に難くない。地獄だ。地獄があったはずだ。

 私は、オーブをもう一度抱きしめるしか出来なかった。


◆◆◆



 里に帰ると、中心の広場にみんな集まっていた。

「リエル! 無事で良かった!」

 里のみんなは、リエルの元まで駆けつけた。リエルは、1人ずつ、僕のおかげで助かったと言ってくれている。むず痒いような恥ずかしいような、複雑な気持ちだ。


「あんたなら、やってくれると思ったよ。」

「あぁ、おばあちゃん。ありがとう、あの時話してくれてなかったら、手遅れになっていたよ。」

 木の精霊ドライアドのおばあちゃんは、微笑み返し、僕の肩をポンポンと叩いてくれた。

「私よりも、感謝すべきなのは、この子たちだよ」

 そう言って、おばあちゃんは、僕の頭の上を指差す。


「まったくです。私たちが最高の力を使っていたのに、何の感謝もないとは。礼儀がなってないですよ。ドライアドさんの言われた通り、ついていって正解でした。私たちが居なかったら、あなた死んでいましたよ?」

 僕の頭の上から、スッと降りてきたのは、手のひらサイズの妖精だ。羽が茶色で、思ったより渋い声をしている。

 おばあちゃんが何か言っていたのは、この妖精たちに付いて行くように言ってくれていたのか、おばあちゃんには感謝しても仕切れない。


「私は、地の聖霊、ノームです。あんな農作業用の鍬では、ゴブリン一匹切れません。私の聖霊の力で、鍬を強化していたから、折れずにゴブリンを蹴散らせたのです。感謝しなさい。」

 フンッと僕の目の前に威張っている。手のひらサイズだけど。



「ほら、あなたも早く自分の功績をアピールしなさい。」

 ノームさんは、僕の足元の方に声をかけた。


 え? まだいるの?


「そーそー。俺様にまで気づいてないってマジ寂しいし。」

 そう言って、目の前まで飛んできたのは、ノームさんと同じような妖精だった。羽は透明で、金髪だ。

「ねぇ、気づいてる? 俺様が助けてやったから、あれだけのゴブリンをさばけたってわけ。俺様の力がなかったら、とっくに死んでたんだよ? ノームちゃんが強化した鍬って普通に振れないほど重くなるし、それを風の力で軽く振れるように調整してあげてたってわけ。お分かり?」

 目の前で指を刺しながら、意気揚々と説明した。僕は、彼らの説明には納得せざるを得なかった。

 確かに、僕は聖霊族の里に来てから、トレーニングも欠かさずしているし、森での狩りのレベルもアップしている実感はある。ただ、今日みたいなゴブリンの群れを1人で撃破するだけの力は付いているはずがなかった。


「2人とも、ありがとう。おかげで、リエルを助けることができたよ。」

 僕は、目の前を飛んでいる2人の妖精に向かって、頭を下げた。

 僕から頼まなくても、自主的に協力してくれて、そのおかげで、誰も死人を出さなかった。


「カッカッカッ! 素晴らしい、謙虚さだな! いいだろう、俺様は、風の聖霊、シルフだ。これからは、シルフと呼ぶことを許可してやろう!」

 金髪の妖精シルフは、腕組みをして、得意げにふんぞり返っている。


 僕は、もう一度、告げた。

「ありがとう、ノームさん、シルフさん!」



◆◆◆


 「よくやったな。オーブ。」

 その声は、ミカエルだった。

 いつの間にか、族長含め、長老の3人が高台のところにいた。


「オーブ。お前のおかげでリエルというこの里の宝を失わずに済んだ。そして、その成果をもって、この里みんなの信頼を得られたようだな。」

 リエルは、宝と言われたことに対してか、頬を赤らめてモジモジしていた。

「そうは思わんか? ルクよ。」

 周囲の目線がルクに集まる。ルクは、里に帰ってきてから、ずっと俯いたままだった。


「ねぇ、ルク。お願――」

「分かっている!」

 リエルは、ルクに囁くように話そうとしたが、遮られた。

「オーブは、ゴブリンの群れを撃退し、それに、聖霊の力をノー・コンタクトでやりやがった。こいつには、才能があると分かった。リエルも戻ってきた。もう仲間であることを否定する理由はない。」

 ルクは、俯いたまま、一息で言い切った。

 そして、僕の方を見て、歩み寄ってきた。その姿は、堂々としていて、頼り甲斐のある姿だと思った。里のみんなにとっても、ルクの意見を無視して、僕を仲間だと認めるべきでないと、ルクはそういう存在なのだろうと、やっと分かった。


 ルクは、手を前に差し出して言った。

「オーブ、お前を俺たちの仲間だと認める。俺たちに危難が来た時は、お前の力が必要だ。手を貸して欲しい。」

 僕は、その手を強く握り返す。

「ありがとう、ルク。だけど、これは僕が決めた、僕の復讐ものがたりでもある。」

「あぁ、分かっている。それでもだ。それでも、お前の力が必要だ。」

「分かったよ。僕は、この里のために全力を尽くすことを約束する。」

 


 そうして、僕は晴れて、聖霊族の一員として、仲間として迎え入れられることになった。



 そして、10年の時が経った――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る