第7話 仲間①
聖霊族の朝は早い。日の出と同時に起床し、里の清掃や食事の準備を始める。
里には電気が通っていない。夜に使う明かりは、長老たちが使う聖霊魔法や火を起こすしかない。それに聖霊魔法の無駄遣いも良くないということで、日が沈むと早いうちに床に着くというのが、聖霊族の1日だ。
「あ、オーブ。おはよう! 今日も早いね」
寝癖がぴょんと跳ねたリエルが、伸びをしながら、挨拶をする。
僕の1日は、まだ日が出ていない時から始まる。皆がまだ寝ている間に、里の掃除を始める。皆の信頼を一日でも早く獲得するためだ。
「ああ、おはよう。リエル。」
昼は、男性メンバーと一緒に森へ狩りに出かける。そこで食糧調達するという訳だ。
僕は狩りに関しては、完全素人だったが、昔から遊びに出掛けていた森に関しては、あまり森へ出かけない聖霊族より詳しかった。
初めはリエルしか話を聞いてくれなかったけど、今となっては、一部の人たちとは話せるようになった。
徐々に信頼を得ている感覚はあった。
人間に対して強い怒りを覚えていても、審判の時の僕の言葉を聞いて、仲間意識を持ってくれるようになっていた。
順調だった――、この時までは。
「ねぇ、オーブ。リエルを見てない? もうお昼なのに、まだ今日は見ていないのよ」
僕に一番初めに話しかけてくれたのは、この
「え、今朝は見ましたけど――――」
そう言っている瞬間に、僕は嫌な気がした。
リエルは、いつも朝に1人で里の外へ行く。そこで僕を見つけてくれた。
つまり、まだリエルは森から帰ってきていない可能性がある――。
「おばあちゃん、リエルが森から帰ってきていないかもしれない! すぐにルクたちに伝えて! 僕は探しに行ってくる!」
そう伝えて、走り出す。
後ろでおばあちゃんが何か言っているのが聞こえるが、それは後だ。
いつもはちゃんと帰ってくるリエルが、この時間まで帰ってこないというのは異常だ。
何かトラブルに巻き込まれている可能性が高い......!
急げ、急げ。
僕は、足を急がせた。
◆◆◆
私は、オーブに朝の挨拶をしてから、いつもの日課通り、森へ出てお父さんが帰ってきていないか確認に来ていた。
本当にオーブは、一日も休まずに、誰よりも早く起きて掃除やら何やらの雑用をこなしていた。はたから見ていても、オーブがこの里に馴染んできているのが分かった。
「やっぱり、オーブはすごいや。私も、お父さんに紹介したいな。早く帰ってこないかな」
慣れた道を歩いて、目標の大木のところまで来た。
そこから、見渡す景色はいつもと何ら変わりはなく、私はため息を一つついた。
オーブが里に来てくれたおかげで、私の日常に変化が訪れたのは確かだ。だからこそ、このタイミングで、もう一度私の人生が大きく進歩するんじゃないかと思ってしまった。何の根拠もないけど、そんな感覚を感じていた。
そんなことを考えていると――――、後ろから草の鳴る音がした。
その音は、風じゃない。動物が草をかき分ける音。
ハッとした。もしかしたら、お父さんじゃないかと。ずっと待っていた私の努力が報われる時が来たと。私は、思い切って振り向いた。そこにいるはずのお父さんを見るために――。
ヒッッ!!
――小さく声が出た。
振り向いた先にいたのは、想像だにしていなかった光景だ。聖霊族でも、人間でも、ましてやお父さんでもない。――魔族だ。
これは話に聞いたことがある。おそらく、ゴブリンという存在だろう。
半裸で、下半身には布切れを腰に巻いている。手には鈍器のようなものを持って、ジリジリと私に近付いている。
――気持ち悪い。
逃げようと、周りを見渡すと、目の前の一匹だけじゃない。そこには、瞬時に数えられないほどのゴブリンがいた。
――逃げられない...!
瞬時に悟った。
私が絶望した顔を浮かべているのを見たのか、ゴブリンが近づいてくる速度が速くなったような気がする。それに薄気味悪い笑みを浮かべている。
「いゃ、いや、嫌、こないで・・・」
ジリジリとゴブリンの歩みは止まるはずもない。
私は、大声を出して助けを呼ぼうと考えた。でも、「人間に見つかってしまう」という族長の言葉が思い出される。
声が詰まる。思うように出ない。
「お願い、誰か、助けて・・・」
私は、口の中で籠る声で願い、目を思いっきり瞑った。見たくない現実を遮断するために。
目を瞑ったものの、なかなかゴブリンは攻めてこなかった。
少し気を緩めると、ギャー、グワァーという悲鳴が遠くから聞こえてきた。
少しずつ目を開けると、ゴブリンたちは私の方ではなく、反対の方を向いて戦闘態勢をとっていた。
誰か助けが――、そう思った瞬間、目の端に捉えたのは、農具用の鍬でゴブリンを薙ぎ倒す、オーブの姿だった。
「リエルー! 今助けるぞ!!」
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