第6話 聖霊族の過去

「この聖霊族と人間の過去について」

 族長は、長い顎鬚をときながら、話し始めた。


「もともと聖霊族と人間は、同じ国で生活するほど仲が良かった。それは、人間は、聖霊族を必要としていたからじゃ。」

「私たちは、人間には使えない”聖霊魔法”という特殊な力を扱うことが出来たからね。それを使って、人間の生活をより豊かになるように、力を使っていた。」

 族長の隣にいるガブリエルが優しく整理するように、繋いだ。


「なぜ、聖霊族は、人間にその力を使ってくださっていたんですか?」

 僕はたまらず質問した。何か見返りをもらっていたのか気になるというのも、人間の穿った見方なのかもしれないと思いながら。


「これは、我々の先祖代々から伝わる話しでの。我々聖霊族は、神が、人間が魔族に勝つために、その手助けをするために産んだと言い伝えられておる。じゃから、我々にとって、神のご意向通り、人間に力を貸すというのは、ある意味当たり前だったのじゃよ。」

 族長の話を聞き終わったガブリエルが続けた。

「それに、衣食住の生活は、保障されていたよ。私も若い頃は人間と一緒に暮らした経験がある。」


 しばしの沈黙の後に、僕は話の核心に迫っていく。

「では、なぜ、人間との間に確執が出来たのですか?」


【神託会議】オラクル・サークルが出来た頃じゃ。」

 そのフレーズに、心臓が跳ねた。

 【神託会議】オラクル・サークル。それは、あの2人が僕を刺す時に言っていた組織名だ。僕は聞いたことがない組織名だった。


「その、【神託会議】オラクル・サークルとは一体何なのですか?」

【神託会議】オラクル・サークルは、魔族領の勢力拡大をきっかけに、人類を魔族から救うという神託を誓い、設立された組織。この組織の恐ろしいところは、魔族から人間を救うという誓いを守る実行力のある人間――つまり、人間の中でも、最強と言われるメンバー6人で構成されている点じゃ。」 


「最強・・・」

 僕は、アンザス領の兄弟2人がなぜそこまで強気に出られるのか、今やっと腑に落ちた。

 世界最強の組織が、グラン王国を滅ぼそうと動いていたのか。

 僕は、拳を握りしめる。


【神託会議】オラクル・サークルという組織が生まれたということは、人間の力でも、魔族に対抗できる人材が出来始めたとうこと。つまり、私たちはお払い箱って訳さ。」

 ガブリエルは、吐き捨てた。


「それからは、人間による聖霊族狩りが始まった。人間に対抗するのは神のご意志に反すると言って、何の抵抗もなく殺されていった同胞たちも数多くいる。その中で、何とか生きながらえ、ここまで逃げ延びたのが私たちということだ。」

 ガブリエルの口調は終始穏やかで優しい。だが、明らかに怒りが滲み出ているのが分かった。


 僕は、返す言葉が見つからなかった。僕の知らないところでそのような歴史があったとは。これは、僕が今まで学んできた歴史には、一つもそのようなことはなかった。

「ルクがあれだけ怒っていた理由が分かったよ。」

 何気ない一言だった。僕は、確かにずっと疑問には思っていた。思っていたが、言わなくても良いことだったと、言った後に後悔した。


「――ルクは、父親を【神託会議】オラクル・サークルの1人に殺されておる。それも、目の前でな。」

 族長は、一言ずつ確認するように、話した。

 重かった。その事実は。


 今の僕にとって、ルクの気持ちはよく分かるつもりだ。目の前で、今まで尽くしてきた人間たちに裏切られ、殺される、そんな情景を想像しただけでも、吐き気がする。どうにかなりそうだった。僕なんか、比じゃないほどの苦痛と怒りがあったに違いない。



「これが、聖霊族と人間にあった過去であり、事実じゃ。ルクをはじめ、人間に対して良い感情を持つものは少ないが、それは、お主自身を嫌いというわけではないことを分かってほしい。」

 族長は、少し頭を下げて詫びる。

「もちろんです。話していただきありがとうございます。」

 族長に負けないくらい、僕は頭を下げていた。それは、人間の代表として、聖霊族に対しての謝罪という意味もあったと思う。





「オーブ、お前は、国を裏切ったこの世界に復讐すると言ったな。」

 ずっと、不機嫌な顔をして足組をしていたミカエルが沈黙を破った。

「はい。」

「それは、今の話を聞いても、変わらないか?」

 喉までは返事の言葉が出ている。

 しかし、そこで詰まった。兄弟たちのように、僕に才能があれば、可能だったかもしれない。だが、僕には何の才能もない。一緒に戦う仲間もいない。そんな僕に世界最強を相手に戦うなんて出来るだろうか。

 初めて知らされた、復讐しようとする相手の強大さを思い知って、正直、足がすくんだ。


「どうした、怖気付いたか? さっきほどの勢いがないぞ。」

 喉まで詰まっている言葉が、前に出ない。

「お前が進もうとしている道は修羅の道であることに気づいたか。行き着く先には何も残らないかもしれない。道中で得られる仲間も力も金もあるだろう。それを全て失うかもしれないんだ。それでも、その修羅の道を行こうというのかと聞いてるんだ。」

 ミカエルは、立ち上がって、僕に詰め寄った。

 その瞬間――、あの時のことを思い出した。

 ――僕を裏切ったあの2人のことを。


「行きます。僕の進む道が修羅の道だろうと、地獄の道だろうと、僕たちを・聖霊族のみんなを裏切ったこの世界は許さない。必ず、全員同じ目に合わせてやります。」

 もう喉に詰まるものはない。これが、心の底からの本心だ。


「フムッ」

 そう言って、ミカエルは微笑んだ。


「よしっ! 良い返事だ。」

 ミカエルは腕組みをして、僕を見下ろす。


「テストは合格か?」

 座ったままのガブリエルが、問いかけた。

「ああ! 予想以上の出来だ。」

「オーブ。お前はこれからここの住民の仲間になってもらう。それは表面上ではなく、心からの仲間ということだ。住民たちの信頼を勝ち取ってみせよ!」


 賽は投げられた。そして、僕の決心はついた。


 僕は、もう一度、心の底からの返事をした。

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