第9話 10年後

 目が覚めると、体を起こして伸びをする。あくびをしながら、窓から日の光が差し込んでいることを確認して、家の外に出る。


「おはよう」

 私は、目を擦りながら、家の外で掃除をしているオーブに声をかけた。

 オーブは今日も早起きだ。


「やあ、おはよう、リエル。今日もすごい寝癖だね」

 オーブは、いつもように微笑みかけてくれる。


 そこから、私はぴょんと跳ねた寝癖を直し、顔を洗って、オーブと一緒に森へ出かける。

 ゴブリンの騒動があってから、オーブが一緒に行ってくれると言い出し、族長らもこれを了承した。オーブが一緒なら安心だと。


 これが、私の日課だ。あれから10年経った今でも変わることない。



「そういえば、森から帰ったら族長の部屋に来て欲しいって、昨日の夜聞いてたんだ。帰ったら一緒に行こう、オーブ」

 隣で歩くオーブの方へ向いて言うと、オーブは、微笑んで頷いた。


 あれから10年で変わったことといえば、私たちがだいぶ大人になったということだ。

 隣を歩くオーブは、すっかり少年というより青年という感じになっていて、体つきもしっかりしたのが、外見からも分かる。

 それに、今はもう、オーブは里のみんなから完全に信頼されるようになって、人間だからとか言う人は1人もいなくなった。


 それと、ちょっとだけカッコよくなったかな・・。

 


 あと、変わったことといえば――


「よく来たな、オーブ。リエルよ。」

「ああ、そのままでいいですよ、族長」

 私とオーブは、ベットから起きあがろうとする族長を止めに入る。

「すまない。かなり体にガタが来ていてな。」

 族長は、壁に背中を預ける。


――族長の、体がかなり弱ってしまったということだ。


◆◆◆


「セラフィム様。俺のことを呼んでいるって?」

「族長で良いぞ。うむ。リエルも聞いておいてくれ。」

 俺とリエルは、目配せして応える。

「分かりました。で、どうしたんですか?」

「オーブよ。お主は強くなった、間違いなくな。そんなお主に頼みがある。」

 族長の声と言葉には、迫力がある。俺は、族長の続きの言葉に身構えた。


「次の族長を決める儀式を近々執り行う。それにオーブも出なさい。」

 族長の目は、まっすぐに俺を見ている。その力強さは、言葉以上のものを感じた。

「え、それって」

「族長を決める儀式、これは代々行われてきた、族長候補同士による一騎打ちじゃ。」


「でも、俺は人間で、聖霊族の族長になる資格なんて、俺には――」

「そんなものは分かっておる。分かった上で言っておるのじゃ。」

 族長は、俺の声に被せた。


「オーブがこの里に来たことで、聖霊族の未来は大きく変わったと思っておる。ルクは、実際に人間に復讐をするつもりだったじゃろうが、それを本気でやろうと思っておる住民はおらんかった。」

 族長は続けた。

「じゃが、オーブが来て、人間への復讐と、オーブの復讐を手助けしたいと考える住民が増えた。これは事実じゃ。その証拠に、戦闘訓練をする若手が増えたじゃろう。」

 族長の目配せに、俺は頷く。

 実際に、森への狩りへ出かける住民は、この10年で数倍に伸びていた。それが、俺の影響があったなんて、気づきもしなかった。


「ワシの次の代、つまり、お主らの世代が聖霊族の運命を決めることになると考えておる。じゃから、長老どもではなく、お主らの世代から族長を決めるべきだと判断したのじゃ。」

 俺は沈黙した。正直に言って、自信がなかった。


「それに、お主にとっても重大なことを伝える必要がある。族長の力についてじゃ。」 

 俺は生唾を飲み込む。

「族長になる意味は、単に聖霊族の長となり、統治をするというだけに収まらない。どういうことかというと、族長となる者は、聖霊族皆の力を管理使用する権限を持つ。これがどういうことか分かるか?」

 俺は考えを巡らせる。

 つまり、聖霊族が持つ聖霊魔法や妖精の力を、族長になると使うことができるということか。


「お主が、10年前に、リエルを助けるために、妖精の力を使ったというのは、本来なら不可能なはずのこと。使えるのは、妖精と特別にコンタクトをするか、族長となるしかない。聖霊魔法もそうじゃ。今聖霊魔法を使えるのは、この里で長老の3人しかおらん。」

 だからあの時、ルクが驚いていたのか。


「いつだか、聖霊魔法の使いすぎはよくないと言っていたのも、族長の力に関係あるのですか?」

「そのとおり。聖霊魔法は扱うのに、特に体力・気力が必要。ワシが衰えてしまえば、里全員の聖霊族の力は衰えてしまう。つまり、聖霊の力の源となるのが族長ということじゃ。」


 俺は、その話を聞いて、よくないことを考えていた。それは、この力を使えば、復讐をより有利に行えるかもしれないということ。

 この10年、努力を重ねる中で、どうしても自分のたどり着けない力というものを感じていた。要は自分の限界を感じていたのだ。

 そして、今のままでは、復讐なんて夢のまた夢だとも思っていた。


 聖霊族の力は、その突破口となることは間違いなかった。

 この力が欲しいと思った。


 しかし、逆に、その力は聖霊族みんなの力であって、自分の復讐という私利私欲のために使うことへの抵抗も感じていた。

 俺は決して、聖霊族の過去のために、復讐をしようとしているわけではない。俺自身の家族や国のみんなのために復讐をしようと考えている。



「難しく考えるな。」

 声の方向は、扉の方だ。

 そこには、ルクが立っていた。

「失礼しますよ、族長。オーブ、今お前が考えているのは、お前の復讐と聖霊族の復讐は違うということだろう?」

 俺は、何も言い返せない。

「そんなこと、族長やみんなが気づかないと考えてないと思ったか? 俺たちは、それでもいいからお前に族長候補になれと言っているんだ。そして、俺と戦え。」

 ルクの目は本気だ。まっすぐに俺を見つめる。

「今では、お前のことを人間だからとか言うつもりはない。お前の謙虚さや努力量も見てきた。相手にとって不足はないし、お前に負けたなら、その運命も受け入れることができる。」

 ルクの言葉に迷いはなかった。

 10年前を思い出す。ルクは、俺のことを見ようとしてくれなかった。それは、人間だからという理由だろうが、今では、まっすぐに俺を見て、認めてくれている。


 ここで引く理由はない。



「分かった。ルク、族長、俺やります。」

 俺はルクと拳を合わせた。

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