第2話 日常と破滅②

 森へ行くと決まれば、セバスを説得する必要があったが、意外とすんなりセバスは折れた。ジケルとダルクが、アンザス領の護衛を連れていくとのことで、セバスは折れざるを得なかった。

 正直セバスの方が格段に強いから、セバスは自分も着いていくと言いたかったはずだ。だが、ここで自分も着いていくと言えば、それはアンザス領の護衛を信頼していないということを意味するため、何も言い出せなかったのだ。

 まぁ、僕にとっては、セバスに止められれば、父上への誕生日プレゼントが買えなかったので、セバスを説得出来たのは上々の出来だった。


「おぼっちゃま、国王様の謁見も日が沈む頃には終わります。それまでに必ず帰って来てください。」

 セバスは膝を折って、僕の目線で話した。その口調は優しく、僕のことを心配してくれていることが痛いほど分かる。


「うん、分かってるよ。森と言ってもそんな奥までは行かないから」

「約束してください。あの森は、確かに獰猛な獣は出ませんが、奥地には近づいた者は帰ることができない”領域”と呼ばれる地があります。決して、そこには近づいてはなりませんよ。」

「分かってるよ、その話は有名だからね。」


 僕は勢いよくセバスの注意を聞き飛ばした。

 ――この時、僕は、深く何も考えていなかったのだ。



◆◆◆


 勢いよく飛び出して行き、森の中をズカズカと進んでいく。

 グラン王国は魔族が生息している魔族領と地図上は隣接している。しかし、その間には、広大な森が広がっており、その中間点には魔族が人間領へ侵入できないよう強大な侵入阻害魔法がかけられているため、グラン王国が魔族に侵攻されたことはない。

 つまり、グラン王国の民は、誰も魔族による侵攻を恐れたことはなかった。


 そして、よくグラン王国の子ども達は森へ遊びにいくという習慣があった。森は奥まで進まなければ、静かで人間に害のない動物が多く生息しており、危険な動物に襲われたという話も聞いた試しがなかったからだ。


 そんな平穏で静かな森が、今日は少しだけ騒めいていた。


「何だか、今日は森がザワザワしてる気がするね。何かあったのかな?」

 僕は、後ろを歩くジケルとグランに何気なく、話しかけた。

「ん? あぁ、そうか?」

「俺たちも、この森へ来るのは久しぶりだからな。いつもはもっと静かなのか?」

「いつもなら、ここまで歩いてくる途中に、鹿の1頭や2頭見ててもおかしくないんだけどなぁ。今日はリスとかの小さな動物も一匹もいないや。それに、遠くから足音というか、草木が揺れる音が聞こえるから、何か...動物が一斉に移動しているような。」

 僕は、疑問に思っていることを、呟いた。

 まだ、日が暮れるまでは3時間以上ある。それなのに、動物が一匹もいないのはおかしい。こんなことは初めての経験だった。



 チッ。

 その時、後ろから舌打ちと同時に聞こえて来た。

「なぁ、もう良いんじゃね?」


 ――え?


 僕は、振り返って聞き直す。

「何の話?」


「そうだな。もう面倒くさいし。」

 僕の声は反応してくれない。

 再度問いかけてみる。 

 

「うるせぇよ。」

 ヒョロガリのダルクからは想像もできないような、ドスの効いた激が飛んできた。

 ――え、え? 待って、どういうこと?


「なぁ、オーブ、俺たちのために死んでくれや。」

 ジケルの優しそうな見た目とは到底想像できないような、冷たく悪意に満ちた言葉だ。

 こんなことを言うジケルもダルクも想像できなかった。

 が、想像できない姿が、今目の前に映し出されている。


 ――何、これ。どういうこと――

 

 僕は、気が動転して、動けなかった。何が起きていて、2人がなぜそのようなことを言ったのか分からなかった。



 ――スッ

 そう一瞬、僕が気を許した瞬間。僕の脇腹にはナイフが突き刺さっていた。

 そのナイフは、ジケルが握っていた。

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