第1章 暗転
第1話 日常と破滅①
今日は、グラン王国の国王ジャンティ・フォン・グランの生誕祭だ。
昼間から、市場では酒が飛び交い、酔っ払いが陽気に踊っている。
「お! オーブおぼっちゃん!」
「あ、酒屋のおじさん!」
街中が賑わう中、1人だけセカセカと店を回って、酒を卸していた。彼は、いつも王城に酒を卸しにきてくれている。そこで、面識があった。
普通、国王の子供が一々、酒を卸にくるおじさんと会話なんてしないのだろう。しかし、グラン王国国王、つまり父は、「常日頃から民が懸命に働くから、私たちは生きていけるのだ」と口うるさく言っていた。それを聞いていたから、僕にとっては、家によく来る知り合いのおじさんとよく話すということ以上に何の特別もなかった。
「お坊ちゃんは、国王様の誕生日に行かないのかい?」
「それが、まだ誕生日プレゼントが買えてなくてね。なかなか良いのが見つからないんだよ。」
「はは、お坊ちゃんはお優しいですねぇ。私はその歳で、親の誕生日プレゼントを買うという発想が無かったですよ」
「兄さん達がすごいからね。僕も負けてられないんだよ!」
「ははは、長男のリーデル様をはじめ、国王様のご子息達はみんな優秀だと、民も知っていますからなぁ。お坊ちゃんも大変ですねぇ。」
「まったくだよ。じゃあ、そろそろ行くね。」
おじさんが手を振って、送り出してくれたのを最後に、オーブは市場へ繰り出していく。
「んー、ないなぁ」
市場の人たちは、みんなオーブのプレゼント探しに協力してくれた。
剣や宝石など定番どころを見てみても、国王ともなれば、城の宝物庫には市場で出回っていないような貴重な品々が保管されているし、市場に出回っているものでそれを上回ることは難しい。
まだ城の宝物庫には保管されていない、他国から流れてきた珍しいものがないかと期待を寄せていたが、今日も空振りに終わった。
「おぼっちゃまー!」
市場を隅から隅まで物色していたオーブの耳に聞きなれた声が飛び込んできた。
国王直轄の執事長セバス・クレイマンだ。
セバスに捕まると城へ連れ戻されるに違いない。
逃げないと――
――と思った矢先、セバスに襟首を掴まれた。
無理も無い。
セバスは元々、戦場を駆け回って、武功をあげまくったという過去があるとかないとか。セバスが老齢で現役を引退した時、父が国王になるにあたって、執事として引き抜いてきたという話を聞いた。
現役を引退したとはいえ、身体能力は衰えておらず、僕みたいな子どもを捕まえるくらい朝飯前だ。
「ぼっちゃま、探しましたよ」
セバスは生やした髭を整えながら、ため息混じりにこぼした。
「だって、父上の誕生日なのにプレゼントが決まらないんだもん」
「ほっほっほ、おぼっちゃまを含め、グラン王は愛されておりますな。ご兄弟皆様、それぞれのプレゼントを持ち寄っておられますよ。」
「ほらやっぱり! 僕も見つけないと―」
「――ダメです。もう皆様、誕生会に集まっておられますので、帰りますよ」
プクーっと頬を膨らまして見せるも、セバスには効果がないようだ。
「オーブぅー!」
セバスに手を引かれて、帰路に着くと、セバスの後を追ってきたのは、オーブと幼馴染のユミエールだ。王国騎士団長の娘というのもあって、小さい頃からよく一緒に遊んでいたこともあり、愛称を込めてユミと呼んでいる。
ユミは、腰のあたりまで伸びた綺麗な金髪を靡かせながら、小走りで追いかけて来たようだ。
「これはこれは、ユミエール様。来られていたのであれば、一緒に向かいましたのに」
セバスは少し落ち込んでいる様子だ。配慮が至らなかったと自省しているのだろう。どこまでも紳士な人だ。
「いえいえ、セバス様。私が勝手にオーブを探していましたので、お気遣い不要ですわ」
荒くなった息を整えて、ユミは毅然とした態度で答える。こういう受け答えを見ていると、僕よりも王族に似合った対応が出来ていて、尊敬する。
「そんなことより! オーブ、早く城へ帰りますわよ! みんな待っていますわ」
◆◆◆
オーブ達は、急いで城へ帰って来たものの、城では王の謁見室で、代わる代わる国王への祝福の挨拶が交わされており、僕たち子どもが割ってはいる隙はなかった。
つまり、全く急いで帰る必要などなかったのだ。
「ねぇ、ユミ、セバス? どこでみんな待ってるの?」
セバスは立派な髭を触って、こちらに反応しない。絶対聞こえている。
「まぁ、こういう時って、大体早めに呼び出されるもんじゃない? だって、オーブはいつもどこにいるか言わずに街に出ていくじゃない? 探す方の身にもなってよ」
ユミの言葉を聞いて、セバスは後ろで頷いている。
苦労をかけていたことに気づいて、何も言えなくなった。
ユミは僕の許しを得たと思った矢先、1人で父上の隣にいる王国戦士長の元へ走って行った。
◆◆◆
「おお、久しぶりだな、オーブ!」
もう一度、誕生日プレゼントを探しに街へ出かけようかと思案していると、オーブの名前を呼ぶ声が聞こえて来た。
「やあ、ジケル、ダルク!」
手を振りながら、こちらに向かってくるのは、アンザス領の領主アンザス・ドロン様の長男ジケルと次男ダルクだ。
ジケルは、そのふくよかな見た目が優しい性格を体現している。ダルクは、反対に長身で痩せ気味な見た目が、その聡明さを表している。
2人とも、僕の大切な友達だ。
ちょうど、父上への挨拶に来られていたのだろう。
「オーブ、お父様のお誕生日、おめでとう」
ジケルとダルクは、僕にも丁寧に挨拶をしてくれた。
アンザス領は、グラン王国の隣であるクラムホルツ王国の領土で、グラン王国とちょうど隣接する領土に当たる。別の国ではあるが、隣接している関係で、付き合いは長く、お互いの領土に遊びにいくほど仲が良い。
「2人ともありがとう。今日は2人にも会えて嬉しいよ」
「俺たちもだぜ。そういえば、オーブはグラン国王へのプレゼントは用意してきたのか?」
ギクリとした。まさか、僕が悩んでいる種をいきなり突かれるとは思ってもみなかったのだ。
「いや、それが探しているんだけど、良いのがなくてね」
「おお、やっぱりそうか」
ジケルは、ダルクと目を合わせて笑い合った。きっと、良いプレゼントの宛があるのだろう。
それなら、とジケルは僕の耳元へ顔を近づける。
「とても珍しい宝石が採れるという噂を聞いたんだ。近くの森の少し奥なんだがな? 僕たちもグラン国王へのプレゼントがまだでな。良ければ一緒に採りに行かないか?」
これは願ってもないことだった。
市場で出回っている宝石よりも、自分で採って来た宝石の方が、父上も気に入ってくれるはずだ。それに、兄さん達にも負けないくらい、僕の成長を見せることができるはずだ!
そうと決まれば、行かない手は無い。
「行くよ。僕も連れてって!」
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一旦、30〜40話くらいで第一部完結する予定ですが、評判が良ければ、第二部以降も連載していこうと思ってます。
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