スクラップNo.50『改題済み:マツリカ号からの脱出』③

「せんぱァい! 着きましたよ~。食堂車、なんかもうご飯並んでますね。人はいません」


 タンタカタンと小気味いい音を立てながら、どこに向かってんだかわからん車内を見渡す。食堂車は一号車と二号車の間に存在し、でっぷりと豪華な―それこそ絵に描いたような―テーブルセットが窓際に行儀よく並んでいて、なんでだか既に食事はそれぞれの机にセッティングされていた。自分たちがここに来てからそこそこ時間は経っていたかと思うが、それらはふわふわと湯気を立てている。美味しそう。食べちゃ駄目なんだけど。


『おっけ、ほな食堂車と二号車の間の扉に近づいて、んで端末起動して……あ~、スマホと一緒。横に電源ボタンあるから、長押しして』


「わかりました!」


 と、取り合えず元気よく返事したら、うるさい、と小言が鼓膜をつついた。音量調整ってこっちからできたっけ、とかちょっと考えたけどやり方は思い出せないのでどうにか声量を抑えていく方針で頑張ろう。とにかく目の前の扉へ近寄って、指示されたとおりに端末を起動する。端末のつるつるとした表面には何やら青白い光がぼやりと滲んで、複雑な構造物が立体的に浮かび上がっていた。なるほど、ホログラムとかなんかそういう感じの奴か。面白くてしげしげと眺めていれば、先輩から指示が飛んでくる。


『見惚れとらんと、手ェ動かしや。今浮かんでる構造物を、そのまま……こう、ほら、スマホでスワイプするみたいに、シュッて扉の方に飛ばして―わかるか?』


「あ~……なんとなくわかりました、やってみますね」


 仄暗く光っている構造体の天辺に人差し指を当てる。なんかちょっとひんやりしてる。緩めのゼリーに触れてるみたいな感覚。指示の通りに、そいつをスワイプするみたいにスッと前方へ弾いた。するとまあ、想像に従って青白い構造物は扉の方へ飛んでいき、そいつにぶつかったかと思うと、花火が目の前で開いたかと思うほどの眩い光を放った。咄嗟に目を瞑ったが、瞼の裏にさえ飛び込んできそうなその明るさに、ちょっと舌を打つ。


「先輩! めっちゃ眩しいんスけど!」


 こうなるなんて聞いてない。流石に説明不足じゃないかと不満を口にすれば、相変わらずの溜息が飛んでくる。


『あんなァ、何のためにゴーグルが常時装備品に指定されてる思てんねん』


 げ、と間抜けな声を上げて、誰に見られてるでもないのにきょろきょろしながら頭上へずらしていたゴーグルをつけ直す。


『マ、これに懲りたらちゃんと付けとけよ。まあ……ちょっと説明めんどいから色々省くけど、結構便利機能あるからソイツ』


「……は~い……」


 あまりにも真っ当な指摘にしょぼくれながら、次の指示を待つ。先輩は暫く通信機の向こうでうんうんと唸った後、おっけー、と小さく呟いた。


『必要なモンの設置は終わったから……あ~……一旦運転室戻ってこい』


「わかりました! えっと、端末はこのまま持ち帰っても大丈夫です?」


『ああ、大丈夫大丈夫、そのまま持って帰ってきて』


「は~い」


 ―とのことだ。少し辺りを見渡してみたが何かしらの変化は見止められなくて、ぽつねんとした食堂車で飯は暢気に白く茹だったままだ。



「戻りましたァ……え?」


 食堂車から一号車を抜けて運転室へ。道中にはなんの変化もなかった―のだけれど、運転室はといえば何やらすっかり変わってしまっていた。前方にあったはずの窓は大きなモニターに変わったようで、車内のあちこちにあるらしいカメラの映像が狭しと映し出されている。ちょっと悪いことしてる気分だ。運転席に腰掛けている先輩は、手元のラップトップで何やら忙しなく作業を続けている。


「よォ、ほなお前、急で悪いけどコレ持て」


 こちらを振り返りもせずに、先輩が何やら放り投げてくる。慌てて受け取ったところ、それは薄くて四角いマイクのようだ。通信機なら今も着けているというのに、と、首を傾げる。


「やっぱさ、いるやん、アナウンス」


「……へ?」


 先輩はツンツンした黒髪をガシガシと掻き毟ってから、なんかちょっと自棄っぽくこちらを振り返った。勢いよく回転させられた椅子がギ、とか不穏な音を立てていた。


「脱出ゲームとして成立させるには、説明とか諸々含めて誰かが話さなあかんやろ」


「ああ……それもそうですね」


「んで、それは新人がやれ。そっちのが適任やろ」


 ええ、と戸惑う声を上げつつも、内心、確かになあと腑に落ちる部分もある。大体、先輩ってちょっとキツい感じの話し方に聞こえるし、混乱させないように優しく説明―とか向かないのかも。ちょっと短気だし、微妙に温情掛けちゃうタイプなのも―ヒントとか過剰に与えそうな感じがして―脱出ゲームという体裁には似合ってないかもしれない。


「……まあ、原稿とかあれば……?」


「おう、今作ってるからちょお待っとれ」


 ―それなら安心だ。はあいとのんびり返事をして、席一個しかないもんだから、自分は床にそのまま腰を降ろして暫く。先輩がカタカタとキーボードを叩いている音を聞いていた。

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