スクラップNo.50『改題済み:マツリカ号からの脱出』④
「あ、あ~……えっと、聞こえてます~?」
先輩から渡された、掌サイズの薄っぺらい板切れに向かって声を発する。なんかあんまりにも平たいモンだから、その心配が言葉の端から滲んでしまう。自分と変わって床に座っている先輩は、後方で、ちゃんと届いとるわ、とそれを咎めるように呟いた。正面に広がったいくつかの画面を見る限りでは、どうやらこの声に反応しているらしい姿もちらほら見えるので、実際ちゃんと声は届いているのだろう。―少しだけ、視線を彷徨わせる。モニターの中央、最も大きい画面には、黒色の文字列だけが延々と映し出されていた。それらを目で追いながら、ちょっと安堵したような気持ちで読み上げる。
「本日は、寝台列車マツリカ号へようこそお越しくださいました。本列車は、謎によって封じられた列車。降りることのできない列車です」
一呼吸おいて、後ろをちらりと振り返る。先輩は先を促すように顎をしゃくった。どうやらこんな感じで大丈夫そうだ。―と、続きの文を読もうとしたところで、出だしからつんのめる。
「……せ、先輩、ここ、ふりがな無いんすけど……」
その先の文章には、それまでと同様にふりがなが振られているので、ここだけ書き漏らしたのだろうとは思う。いや、ていうか何も言ってないのにちゃんとふりがなあるだけでもありがたい話ではあるのだが。自分の声色に、微かに先輩を非難するような温度があったことを内心ちょっと反省する。
「あ~、悪い、それ……いくつも、って読むから……普通にひらがなにしといたらよかったな……」
ぽそぽそと小さな声で先輩が返してくれる。
「さて、この列車のすべての扉には鍵が掛かっております。扉の鍵を開けるためには、いくつもの謎に挑んでいただく必要がございます。―ご自身の部屋から出るための謎、各車両の間の扉を開けるための謎―それから、列車から降りるための謎。すべての謎を解き明かした時、マツリカ号から降車していただけます」
背後で、ピピ、と電子音が鳴る。先輩が何かを操作したのだろう。それを確認して、気合いを入れるように息を吸いこんだ。
「第一の謎が開示されました、お手持ちの電子チケットをご確認の上、謎解きを開始してください。制限時間はございません。乗客全員が自室から出たことが確認できましたら、第二の謎が開示されます。すべての扉には鍵が掛かっておりますが、―どうぞごゆっくり」
言い切って、大きく息を吸い、細く息を吐き出す。振り返る。先輩はラップトップを何やら操作した後、マイク切ったで、と声が掛かった。安心して、座席に大きく凭れ掛かる。ハア、と大袈裟に溜息を吐く。大勢の人間に対して声を発するなんてこれまでの人生でやったこともないものだから。先輩はラップトップを手にこちらへやってきて、自分の隣に立つと、熱心にモニターを見始めた。
「よォやった。一旦休憩と行きたいところやけど、こっからもう一山あるからな」
モニターよお見とけ、と促されるままに視線を改めてモニターへ移す。いくつかの画面を確認してみるが、大抵の登場人物たちは電子チケットに目を通しているか、あるいは状況を把握し終えてヒントとなる何かしらを探して自室の中をうろついている。
「一山って?」
先輩は、ほら、と言ってパソコンの画面を見せてくれる。表示されているのは、なんか難しい言葉が並んでいるが、恐らく執筆機関が何かを認可した文書だ。執筆機関が噛んでるってことは物語の方針に関わる内容なのだろう。
「……どういう内容ですか?」
「ア~……要するに、今回の改変については、検閲機関の調査結果から事前に改変することが決まっててん。これはその改変に関する許可証。で、重要なのがこの後半の奴なんやけど」
先輩が指さした箇所をグ、と見つめる。読み取れる限り読んでみるが、なにかしら物語の主人公に関する内容のように見受けられる。と、そこでふと思い出す。そうだ、この物語の主人公は、そもそも初っ端から死んでしまってるじゃないか。中途半端に放置された物語の歪みの中で、何を推理することもなく死んでしまって、終いには物語から存在そのものが消された主人公。
「今回、執筆機関は主人公を設置しとらん。というのも、死体であっても物語の中に"主人公"が存在する限り、それに類するものを外部から挿し込めへんねん」
「―あ、そっか」
言わずもがな、主人公を消したのは自分たちだし、それは物語の中に入ってからの出来事だ。そうなると、執筆機関が事前に主人公を作っておけるわけがない。
「主人公を物語から消すには、結局一旦中に入らなあかんからなァ」
「とすると、今回はどうするんスか?」
先輩はまた指先でPCの画面を軽くつついた。
「それがこれ。検閲機関の調査からしても、"自然発生"するやろうって」
自然発生、と聞き返したところで、先輩はラップトップを閉じて、また運転席のモニター群を眺める。
「今回のケースやと、キャラクターと舞台設定は殆ど出来上がってた。その中でたまたまミステリーっていう物語の枠があったから、乗客の中に紛れ込んでた探偵というキャラクターが主人公になっただけや。けどその枠が変わったから、既存のキャラクターの内の誰かが"主人公"になるやろうってことやな」
それを聞いて、漸く先輩が何をしているのかに思い至った。
「探してるんスか」
「そう。主人公が自然発生するケースでは、基本的に他のキャラクターと顕著に違う行動をするパターンが多い」
言われて、自分もモニターを確認する。この電車、やたら部屋数が多い―というかこの場合はキャラクターが多いのかもしれないが―せいで、見るべき画面もやたらと多い。
「……ウーン」
ずいぶん時間が経ったものだから、大抵の乗客は自室での謎解きも終盤と言った風だ。
「……あ」
のはずなんだけど、一人なんか変なことをしてる人がいる。
「先輩、あそこのモニターの人」
言いつつ、頬が引き攣るのが分かる。何してんだこいつ、という言葉が脳裏を過る。先輩は何かしら操作して、自分が指さした映像を中央の大きな画面へ映した。
「あァ? なんやこいつ」
大きな画面で見てようやくその人物の行動がはっきりする。
「……この人、扉壊そうとしてますよね」
画面に映っているのは詰襟の学生服を着た男。やや大柄なその人物が、備え付けのものであろう重厚な木製のスツールで同じく木製の扉を何度も殴りつけている。
「謎解きは!?」
先輩がこれまでで初めて聞くような大声を出したものだからびくりと身体が跳ねる。
「……でも、先輩」
「なに」
「まあ、ぶっ壊して出られるんなら、それって一応脱出スよね」
アナウンスでは、謎が解けたら、ではなく、部屋を出たら、と伝えている。本来は謎を解いて部屋の扉の鍵が開けば、それで以て部屋から出られる、という話だが、この男はその手段を問わなかっただけだ。扉が壊れりゃ、そりゃあ部屋から出られるんだから。
「あ~……いや、そうやけど……そうやないやん……」
先輩は脱力したのか、その場に座り込み、がっくりと項垂れる。なんかちょっとかわいそうで、慣れないながらに慰めるように声を掛ける。
「大変なんスね、物語の改変って」
先輩はおんなじ姿勢のまんま、ぼそりと答える。
「……おう」
ツンツンの黒髪が、ちょっとしおれたように見えた。
エンド・エンドレス・スクラッパー むしやのこどくちゃん @Kodoku_chan
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