スクラップNo.50『寝台列車マツリカ号殺人事件』①

「よォ新人、今回はちょっと勉強あるからな、ちゃんと聞いとけよ」


 先輩は現場に着くや否や、ちょっと意地悪く笑ってそんな風に告げた。ちょっとの沈黙。タタン、タタンと小気味よい音が二人の間に吹き抜ける。


「……べんきょう」


 一瞬、その言葉が何を意味するのか図りかね、呆けたような口調で鸚鵡返しする。先輩は直ぐに表情を崩し、苦々しげに自分を睨んできた。こちらを咎めるようなその仕草に思わず、いやいや、と大袈裟な声が自分の口から漏れる。


「先輩、自分座学はダメですけど、実践は強いんで! 解説お願いします!」


「ホンマやろなお前、話してる途中で寝たら許さんで」


「うっす!」


 頑張りますの気持ちを込めて声を張れば、先輩はまァたうるさそうに顔を顰めた。自分、そんなに声大きくないはずなんだけどな、とちょっとの不満を想起したところで、先輩が「コレ」と床を指差す。並んで立つ、先輩と自分の眼前の床―まあ、勿論今回の問題はコレだよなあ、とその指の指す先を見下ろす。


「コレさあ、わかるよな、なにか」


 タタン、タタン。やたらと豪奢な寝台列車は規則的な音を立てる。―今回の物語の舞台は、日本のどっかからどっかをドカンと繋ぐ架空の豪華寝台列車。そして自分と先輩が送り込まれた場所が、その内の一室。一号車にあるこの部屋は、事前情報によると“探偵”の部屋だそうだ。


「察するに、この人がこの物語の主人公だったんですよね?」


 毛足の長い絨毯の上に、どす黒く染みついた血の跡。その中心には、やや長身に見える、スーツの男が倒れ伏していた。言わずもがな、この物語は推理小説であり、本来であれば、この男が鮮やかに謎を解くことで終結を迎えられたのだろう。しかし、中途半端に放棄された物語は歪なままに動き出し、そうしてその第一犠牲者に“主人公”を選んだ。


「おう、この男が“探偵”やった―はずやねんけどなァ……最初に殺されたみたいやな」


「でもこの場合、自分が初めて行った物語と違って、何をしなきゃいけないかは明確じゃないですか? 要はこの殺人事件の犯人を捕まえりゃア物語としておしまいじゃないんですか?」


 手を挙げて、先輩にそう問いかける。先輩は待ってましたと言わんばかりに片頬を吊り上げ、ハン、と皮肉めいて鼻を鳴らした。


「ほんで? お前、推理できるん? トリックがどうとかこうとか」


 その問いかけに、ええ、と狼狽える。


「そういうの、先輩が全部やってくれるんじゃないんですか」


 自分で思ったよりもずっと情けない声が出て、先輩はそれが面白かったのかご機嫌な声で続ける。


「あんなァ、本職でもないのにそない器用な真似できるわけないやろ? 腐っても推理小説の中や、どういう仕掛けが施されてるんかもわからん」


「え~……じゃあどうするんですか?」


 そこでや、と先輩はパシンと柏手を打った。その音にびくりと肩を震わせ、ちょっと、と文句を言おうとしたが、先輩が不意にナップザックの中身を何やら探り始めたので、便利グッズでも出てくるのかしらと動向を見守る。―実際問題、自分ではトリックやらアリバイやらに太刀打ちできないし、先輩も頼れないってなると最後は便利グッズ頼りだ。なんかこの世の真実が全部載ってる本とかないかな、とか勝手なことをおもう。


「新人、こっから勉強や」


 対して、先輩が取り出したのは、なんだか見覚えのある形状をした拳銃。


「あれ、これってこないだの―」


 ウサ山さんのところで先輩が拾って帰った、例の麻酔銃だ。と言っても当時とはやや形状が異なり、先端には黒い液体で満たされた注射器のようなものがくっついている。


「おう、アレを執筆機関で改良したモンや」


「へ~……どんなヤツです?」


「まあ……ざっくり言うとこの先端に特殊なインクが充填されてて―まあこのインク自体は本来執筆機関が物語を改変するときに使うヤツで―それを現地調査員でも簡単に使えるようにした奴やな」


 執筆機関。ふと出てきたその言葉に目を丸くする。連中は介入の難しい物語に手を加えたり、終結した物語を固定するための事後処理をしたりする機関だ。不安と期待雑じりに先輩を見遣る。


「てことは……」


「おう、新人、“現地調査員による物語の改変”や、あ~……座学でやったこと覚えてる?」


「うーん、正直ちょっと微妙ですけど、取り合えず銃で撃つのは得意ですよ!」


 まあ、自分の仕事はそっちだろうと、先輩の持ってる銃に向けて掌を差し出す。先輩はにやりと笑ってそいつを自分の掌へ押し付けた。


「おう、まあ具体的な手順は実践しながら伝えるけどな、結論だけ伝えとくわ」


 先輩は自分とは違って、電子辞書くらいのサイズ感のPCをナップザックから取り出した。


「この物語の条件から考えて、こう改変するしかなかってって感じやったんやけど」


 先輩はその画面をちらりと見せてくる。そこには、ずらりと老若男女、人の写真が並んでいた。それぞれの写真の下に“〇号車”と書かれているのを見るに、この列車に乗っている人たちの写真だろうが―どうしてそんなものを? と首を傾げる。


「今からこの物語のジャンルは“脱出ゲーム”に変わる」


「え……!? てことはもしかして、自分たち、主催者をやるんですか?」


「おう、適当でもいいから閉じ込めて、ヒントを残して上手いこと動き続ける寝台列車から脱出させる……」


 いくで、と何の感慨もなく死体を跨いで部屋の出口へ向かう先輩。を慌てて追いかける。


「といっても、まずは今からそのための下拵えやけどな」


 ―ほら、まずはそこの死体撃て。と先輩に言われて、ええ、と慌てて銃を握り直した。



報告:改題について

『寝台列車マツリカ号殺人事件』を『マツリカ号からの脱出』へ改題希望

 ≫執筆機関からの通達:改変許可。改変にあたり支給品β群を提供します。

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