第2話 なんでここに先輩が?!

 昨日は美化委員になって、噂の先輩にモテテクを教えてもらうことになった。

 思い返せば、なぜあんな申し出をしてしまったのか自分でも分からない。

 しかも、それだけで話は終わらなかった……


「あの、先輩。モテる秘訣、もっと教えてくれませんか?」

「え…?」

「いや、その…」


 言い淀んでいる自分に、先輩は優しく微笑みかけてくれる。


「良いよ。じゃあ来週のペア決めの時は私から君を指名するから」

「え?! 」

「そうだ!名前教えてよ! 」

「なまえ……えっと、本間 真琴って言います。真琴って呼び捨てにしてもらって結構です 」

「真琴……うん、素敵な名前。私は、黛 あかりって言います 」


 どうも~と社会人の真似をするように深々と頭を下げる先輩に、こちらも焦ってお辞儀を繰り返すとコロコロとした無邪気な笑い声が響く。


「そんなに堅苦しくなくていいよ。むしろ、まゆちゃんって呼んで? 」

「それは遠慮しておきます」


 そんなことをすれば社会的に殺されてしまうぞ。と心の中で突っ込む。


 こちらの気持ちを知ってか知らずか、黛先輩は遠慮しないで良いのに~!と言いながら、黒板消しクリーナーのスイッチを入れた。


 初対面でこの距離の詰め方が出来るとは末恐ろしい……と言うか、さっきまで自分の方が優勢だったはずなのにいつの間にか逆転しているではないか。


 やっぱり先輩の会話術?みたいな、ペースに乗せるの上手いなぁ。そう思いながら綺麗に拭かれた黒板を改めて見る。

 もしかしたら、普段の生活の中でも先輩みたいに気付かないところで人が心地よく使えるように配慮してくれている人が居るのかもしれない。


 そう考えると、何気なく過ごしている景色も変わって見える気がする。窓からは夕焼けが差し込み教室が真っ赤に染まっていて先輩の顔を思い出してしまう。


 普段と変わりないただの教室がいつもよりもキラキラして見えるような不思議な感覚に包まれる。


「お~い、真琴?」


 目の前が整った先輩の顔で覆われる。


「びっ…くりした」

「ぼーっとしてるけど、大丈夫?もしかして体調悪い?」


 全然、大丈夫です!と顔を背ける。先輩の綺麗な眼が頭から離れない。

 それに、心臓がバクバクして痛いしうるさい。


「大丈夫です、から。あの、これからよろしくお願いします、先輩… 」

「うん!よろしくね!」


 すると、先輩が何かに気付いたように腕時計を確認する。


「やばっ…今日はこの後予定があるの忘れてた…」

「戸締りはしておくので先に帰っていて大丈夫ですよ」

「いや、さすがに悪いよぉ…」

「これくらい全然、大丈夫ですよ」


 これ以上、先輩の傍に居ると心臓に悪いと言う本心は言わないでおく。


「マジで神じゃん…!真琴改め仏様だよ!」

「やっぱりバカにしてます? 」


 すると突然、先輩が目の前から消えた。いや、正しくは急にハグをされていた。


「ほんっと~にありがとう!このお礼は絶対にするから~!」

「分かりました!分かりましたから…!離れてください!!」


 むにっとした柔らかい感触と先輩のフワフワとした髪の毛が頬を撫でてくすぐったい。

 ほのかに香る香水の甘い香りで頭がクラクラしてしまう。

 人の気など知らずに、先輩はパッと離れてカバンを片手に持ち小走りで教室のドアを開ける。


「じゃあ、またね!」


 はい…と手を振るも、走って出ていく先輩は既に視界から消えていた。




 真琴は教室の机の上にうつ伏せになって昨日の出来事を思い出していた。

 よく考えたら、先輩って校内で有名な人だし地味な自分なんかが関わって大丈夫だったかな…。


 そもそも先輩の噂って男遊びが激しいだのなんだのって言われていたけど、やっぱりそんな風には感じないんだよなぁ。

 いや、スキンシップは確かに激しいけれども。


 先輩の真っ赤に染まった顔を思い出して心臓の鼓動がまた早くなる。


「なんだ、今日はいつもに増してボーっとしているな 」


 頭の上から平坦な声が降ってくる。この声の主は白石 圭。中学の頃からの付き合いではではあるが、いつもクールで何を考えているのか分からない。


「ちょっと色々とあってさぁ…」

「それより、お昼ご飯食べないのか?」

「おい、それよりって言ったな? 」

「ねぇ見て見て!売店で数量限定のキングメロンパン買えちゃった~!」


 楽しそうな声でメロンパンを見せてきたのは、幼馴染の花園 千奈津。明るくて流行りに敏感なオシャレJKだ。

 ただ、胸の成長期がまだ来ていないことを人一倍気にしている。それも相まって余計に見た目に気を遣っているのではないかと思っている。


「真琴はいつもお弁当おいしそうだよね」

「そうかなぁ……あ、やば。多分、父親の分のお弁当も入ってるわ……」


 巾着を開けるとお弁当箱が二つ入っている。朝急いでいて全く気付いていなかった。


「いつもよりも重いな~とは思っていたけど…」

「え~?!ヤバいじゃん!!」

「それに気付かないとか、いくら何でもボーっとしすぎだ」


 正直、昨日は先輩に抱きしめられた時の柔らかい感触と香りを思い出しては悶々としてあまり眠れなかった。


 童貞か!と思うかもしれないが友達にされるのと美人の先輩にされるのとでは訳が違うのだ。


 寝不足気味なこともあって、今日は朝から色々とポカばかりしている。

 このお弁当、どうしようかなぁ…と考えていると急に教室付近がざわめきだした。


 何だろうと廊下側に目をやると黛先輩がキョロキョロしながら歩いている。

 焦っている自分とは反対に他人事である友人2人は先輩について話し始める。


「あれ、あの先輩って何か有名な先輩だよね~?」

「らしいな」

「いいな~私もあんな風にボンキュッボンに産まれたかったな~」

「千奈津はスレンダーだもんな」

「は~?!白石って本当にデリカシーない!このノンデリ堅物イケメン!!」


 ちょっと、声大きいって!このままだと気付かれる!そう思った矢先に先輩と目が合った。


「あ~!!真琴みっけ~!!」


 満面の笑みでこちらに手を振る先輩。周りにいる生徒と両隣からすごい視線を感じる。


 しかし、先輩を無下にもできないので周りの視線を無視して渋々と教室のドアへと向かう。



「1年の階に行けば会えるかなと思ったけど、思ったより見付からなかったや!」

「わざわざご足労いただきありがとうございます。と、言いたいところですが流石に1年の階に先輩が来るのは目立ってしまうと言いますか、何と言いますか…」

「ごめんね~!昨日、弟にせがまれてパンの耳でラスク作ったからお礼にと持ってきたんだけど。消費期限とか考えたら早く渡さなきゃ~と思って 」


 そう言って、透明な袋に可愛いリボンでラッピングされたラスクを手渡される。

 それと同時に先輩のお腹がグゥーと鳴った。


「もしかして、先輩お昼食べずに探しに来てくれてたんですか?」

「あはは~……おっしゃる通りで。途中、何回か誘惑に負けて食べそうになっちゃった。あ、でも甘いの苦手とかだったら私が食べるから安心して! 」


 お腹を空かせてつまみ食いしようとする先輩を想像して思わず吹き出してしまう。


「ちょっと、笑わないでよ~!」

「すみません。でも、ありがとうございます。甘いものは結構好きなんで嬉しいです。ちなみにお昼はお弁当ですか?」

「これからダッシュで購買に行く予定」

「それなら……ちょっと待っていてください」


 急いで席にあるお弁当箱を一つ持って先輩の元へと戻る。


「良かったら、これどうぞ」

「いやいや!可愛い後輩からお弁当はカツアゲできないよ~!!」

「違いますよ。今日間違えて父の分のお弁当箱も持って来ちゃっていたみたいで」

「そういうことね」

「食べてもらわないと腐らせちゃうので」

「ん〜……」


少しの沈黙が流れ、知らない人のお弁当はやっぱり食べるのは嫌だったかなとか。色々な思考が巡る。


パチリと目が合った先輩はニッコリと口角をあげる。


「とっても嬉しい!真琴は救世主だ~!!」


 大きく腕を広げ、またハグをしようとするので手で制止する。


「ちょっと、すぐに抱きつこうとしないでください!」

「減るもんじゃないんだし~いいじゃ~ん」

「減ります!社会的な何かが減りますから!」


 そうかなぁ、なんて言いながら嬉しそうに弁当箱を受け取る。


「本当にありがとうね!明日洗って返すから!」

「いや、それ本当は父の分なので洗わずに今日くれると助かります……」

「そう言う事?じゃあ、放課後に渡した方が良いかな?」

「はい。先輩さえよければ取りに行き……いや、どこか人気のない場所の方が良いかも……」


 周りの視線が痛い。何を話しているんだろうと好奇の目にさらされていることを感じて昨日とは違う意味で心臓がバクバクとうるさい。


 先輩もそれを感じていたのか、ちょいちょいと手招きをされる。

 先輩の身長に合わせて少し屈むと、耳元に手を当ててきてコソコソと内緒話をするような体制で囁かれる


「昨日使った委員会の教室で待ち合わせね」


 耳元に息が掛かって、思わずビクッと肩を揺らしてしまう。そんな自分を見て満足そうに笑う先輩は人差し指を口の前に当ててシーッとポーズをする。


 急な出来事に身体を硬直させていると、またね。と言い残して嵐のように2年の教室へと戻っていってしまった。


「せ、先輩は本当に心臓に悪い……!!」


 モテる人は本当に末恐ろしい。スキンシップの多さもそうだが、二人だけの秘密ねとでも言うようなあの仕草は……ズルい。


 ため息をついて後ろを振り返ると、好奇心と嫉妬の目が突き刺さる。


 その後も千奈津と白石に質問攻めにされるも委員会で助けたお礼だったとか何とか言いながら答えを濁す。ご飯食べる時間が無くなるからと無限に湧き出てくる質問をストップさせ、自分の中に芽生え始めているよく分からない感情を弁当と一緒に胃の中へかきこんだ。


【メモ】

秘密の共有はドキドキしますよね。気になる人には、まず小さな秘密や相談を打ち明けてみるといいかも。

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モテる黛先輩からモテスキルを吸収して、先輩自身を落としたい! @gorilla_chuchu

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