モテる黛先輩からモテスキルを吸収して、先輩自身を落としたい!
@gorilla_chuchu
第1話 何者かになりたい自分と全てを持っている先輩
誰かの……いや、何でもいいから特別な存在になりたい。
携帯の画面越しで笑っているこの人のように、ステージでスポットライトを浴びていたあの人みたいに。
夕焼けが差し込む渡り廊下で憧れの先輩に勘違いではない本当の告白をされる……みたいな。
とにかく何だっていい。輝くワンシーンの主役になりたい。
この世に生まれ落ち、物心ついた頃から脚光を浴びる瞬間が来ることを強く願い続けていた。
だけど、何度も何度も妄想した理想の自分は誰かをなぞった夢ばかりで何一つ現実味を帯びていない。
その上、一つのことに熱中して取り組んでいるわけでもない。
気になって買ってみたスケッチブックも、英語の教材も筋トレグッズも今では部屋のどこかで埃をかぶっている。
そんな自分には、大きな幸運や逆転の日なんて来ないと分かったふりをして折り合いをつけ続ける毎日。
しかし、心の片隅にある捨てることの出来ない希望にすがってしまう。
人生を大きく変えるような何かが起こるんじゃないかと期待してしまうのだ。
「あー……入学式前日だってのに、結局ゆーちゅー●観て一日終わってた……」
そんな、何の努力もせず特別になりたい。そのくせ諦め癖だけは早い自分こと本間 真琴は明日から高校生になる。
入学式当日、全校生徒が集まる体育館。
校長先生の長くてありがた~いお話のおかげで重くなった瞼と身体。
人の形を何とか保とうとパイプ椅子に背中を預ける。
意識を朦朧とさせていると、各自教室へと移動してくださいとアナウンスが聞こえ周りがガタガタと動き出す。
「徹夜明けの自分にとってあれは完全にラリホー……」
脱力状態のまま、しばらくボーっとしていれば周りの話し声が聞こえてくる。
「待って、あのボンキュッボンの美人って誰?!」
「2年の黛先輩って人。噂によれば、かなり年上の彼氏が居るらしい。だから同年代には全然興味ないっぽい」
「マジかよ。年上好きなら俺無理じゃん~」
「お前は元々、無理だっつ~の!」
「なんかぁ自分の可愛さとか自覚してそうだよね~」
「そうそう。ああいう人って、無自覚に人を落としてますけど何か?みたいな。悪気ないふりしてめちゃくちゃ食い散らかす魔性気取ってそうだよね~」
「分かる~!絶対に彼氏に会わせたくないよね~!まあ、彼氏いないけど」
「ウケる!でもめっちゃ分かるわ~」
どこから仕入れたのかも分からない眉唾の噂を楽しそうに話す人達に少しーーいや、かなりの嫌悪感を感じていた。
「なんか、高校生になっても案外変わんないんだなぁ……」
すると、幼馴染の千奈津が駆け寄ってくる。
「真琴~!高校でも同じクラスとか私たち運命じゃん~?!!」
「そうだね。運命運命、ははは」
「無気力に流すな~!」
「仲が良いことの裏返しですよ。お嬢さん」
ブーブーと文句を言う声が聞こえるが、とりあえずスルーしておく。
「教室は2階だって。乗り遅れないように早く行くよ~」
「教室は逃げないんだから、もうちょっと人が減ってからでも」
「初日は特に友達作りに重要なタイミングなんだから!真琴も私や圭が居るからって安心してないで友達作りするの~!」
髪も化粧もバッチリ決めている幼馴染に腕を引っ張られ、渋々付いていく。
千奈津は新しい環境でテンションが上がっているのか、カバンに付けた変な顔のゆるキャラキーホルダーを揺らしながら高校生活の夢を楽しそうに話している。
彼女はオシャレな見た目に反して、キャラクターの好みだけはかなり独特なのだ。
階段を上がり、3番目の教室。1年3組と書かれた表札の下にあるドアを開ければ、一斉に視線が集まるのを感じて背筋が伸びる。
軽く中を見回してみると同じ中学の人と知らない人とが入り混じっており、既に大まかなグループのようなものが出来始めていた。
お互い気にしていないような素振りをしつつ、周りの動向をしっかりと監察し合うピリッとした空気が肌に突き刺さる。
コミュニケーション能力が高い人達は教室の中心でこれ見よがしに大きな笑い声をあげている。
端の方では、少人数で静かに会話をしている人達。つまらなさそうに携帯をいじっている人や話しかけるなとばかりに机に突っ伏している人もチラホラと見える。
この何とも言えないこそばゆい空気はいつまで経っても慣れることは出来なさそうだ。
幸い、このクラスには幼馴染の千奈津ともう1人。昔から仲のいい圭と言う男が居るので大きな不安はない。
知り合いが居るのと居ないのとでは心持ちが大きく変わってくる。
新しい友人作りにいそしむつもりはない上に、部活動に入る予定もない。ただ、折角ならば高校生らしくバイトでもしようかなんて考えていた。
チャイムが鳴ると担任の先生が入ってきて自己紹介をする。その後は簡単なオリエンテーションや役割分担を決めたりと一般的なルーティンが淡々とこなされる。
この学校では部活以外にも委員会活動がある。数ある委員会の中でも自分は美化委員会を選んだ。
校内清掃を通して学校と心を綺麗にしましょう。みたいな委員会である。
そこにクラスの男どももこぞって手を挙げ、じゃんけん大会が繰り広げられた。
もちろん、みんな清掃が大好きな聖人というわけではない。こんなに人気な理由はあの黛先輩が美化委員会には居るのだ。
数分後、教室内には歓声と落胆の声が入り混じっていた。
委員会活動の初日。指定された教室に入れば噂の彼女は前列に座っていた。
先輩には申し訳ないが、こう言った活動にきちんと参加している事に驚いていた。
横目でちらちらと見られているのを分かっているのかいないのか。彼女は黒板をジッと見つめている。
黛先輩を見ているのは男子生徒だけではない。先輩の華奢な背中に穴が開いてしなうのではないかと思うほど、すごい形相でガンを飛ばしている女子生徒もいた。
その女子生徒はかなり小柄で、先輩に負けず劣らずの整った顔をしている。
体格から見るに1年生だろうか。眉間に皺を寄せていても、可愛らしい顔立ちだから不思議と迫力を感じなかった。
委員会での活動内容については1年生と2年生でペアを作り、交代制で校内の清掃活動を行うとのことだった。
「う〜ん……2年生と一緒って言ったってなぁ……」
どうやら学内で先輩との交流を増やしていくことが目的らしいが、後輩からするとたまったものではない。
知らない人と話すだけでも疲れると言うのに、先輩となんて余計に気疲れしてしまう。
「ペアねぇ……」
ソワソワとする野郎ども。ここにいる男子生徒のほとんどが先輩とペアになるチャンスを狙っているようだ。
チラリと先輩を見れば、黒板をジッと見ている。
その目は周りを牽制する鋭さが滲んでいる気がした。
チャイムの音によって委員会活動の終了が周知される。
「本日の集会は以上です。来週に組み分けを行いますので、希望などがあれば次の委員会の際に申し出てください」
部活動があるメンバーばかりのようで、大抵の男子生徒は先輩を見ながら名残惜しそうに教室を出ていった。
自分は特に部活動には入っていないため、急ぐ必要もない。なので、少しの優越感に浸りながら出ていく人たちを静かに見送っていた。
すると突然、教室内にゴォオォォと機械音が鳴り響く。
音を出していたのは黛先輩だった。
先輩は使われているところをあまり見ない黒板消しクリーナーで丁寧にチョークのカスを取り除いていた。
綺麗になった黒板消しを両手で持ち、縦方向に丁寧に拭いていく。大雑把に消されていた委員会内容等の跡が綺麗になっていく姿は見ていて気持ちが良かった。
ただ、目を奪われたのは黒板だけではない。
先輩が上下に動く度に短いスカートがひらひらと揺れる。
その見えてしまいそうで、見えない。絶妙なスカートにハラハラしていた。
ふと我に帰り、先輩のお尻を追っているのはさすがにバツが悪いと教室を出ようと立ち上がる。その瞬間、前方から声が飛んできた
「あっそこの1年生さん〜!悪いんだけど、この上の方を消してくれたりはしないかな?」
急に呼び止められて驚いた。周りを見ても残っているのは自分くらいだ。
「あ、はい」
「ごめんね。身長的に上の方が届かなくって。君が居てくれて本当に助かったよ~」
「いえ」
はやる気持ちを抑え、出来るだけ冷静に。平然とした態度で先輩から黒板消しを受け取る。
彼女からは香水のような甘い香りがした。同級生の制汗シートではない、ちょっと大人な香りにドキドキした。
「先輩は、」
ん?と顔をかしげてこちらを見上げてくる。その目で射抜かれるのではないかと思う程に真っ直ぐとこちらを見つめている。
これがモテる仕草と言うものなのだろうか。
視線を下に逸らせば第2ボタンまで開けられたシャツの隙間から谷間がチラリと見えた。
瞬間湯沸かし器のように沸騰した頭を黒板に向け直す。
「ど、どうして黒板をここまで綺麗にするんですか?特に委員会の役割って感じでもなさそうですし」
「ん~、きれいな黒板ってテンション上がらない?」
「そうですね…?」
「次に使う人も書きやすいし、何が書かれているのか見やすくなるでしょ?」
「なるほど。そう言う何気ない気遣いがモテる秘訣なんですかね」
つい口から出てしまった。
「なになに?もしかして落としたい相手でもいるのかな?」
「え?あ、いえ、特には…」
「ふ~ん、そうなんだぁ~」
ニコニコとこちらを見る先輩。絶対に何か勘違いをしている。
「モテる秘訣とまではいかないけど、出来るだけ細かいところや人に見えないようなところを褒められると嬉しいと思うよ」
「細かいところを褒める…?」
「例えば、髪型を変えた人に対して君はなんて声を掛ける?」
「そうですね…髪型変えたんだ~良いね~……とかですかね」
「ふんふん。悪くないねぇ。ただ、相手をもっと喜ばせるなら、髪の毛変えた?前の髪型も良かったけど、今の髪型もすごく似合ってるね!まで言えるともっと素敵かも」
「なんか歯の浮くような甘いセリフですね……」
「そう言うことを何でもないことのようにサラッと言うのがミソだったりするんだよ~!ちなみに、さっきの受け答えと違ったところはどこだと思う?」
う~ん……と少し考える仕草をするが内心、心臓はバクバクだ。
横目で見える先輩はニコニコと笑っていて美人の威力半端ねぇ……と頭を抱えたくなる。
「違うところ……えっと、なんでしょう……見た時に分かりやすく変わった部分だけじゃなくて、普段の髪型もちゃんと褒めていたところ…とかですかね」
「こんなにすぐに気付くなんて君、筋がいいねぇ」
「馬鹿にしてます?」
またバレないようにちらりと先輩の方を見る。放課後にも関わらずしわの少ないYシャツにすらりと伸びる手足。
噂をしていた人達の言葉を思い出す。
「先輩は髪の毛もツヤツヤだし、まつげもちゃんと上がっていてかなり見た目に気を遣っていますよね」
「あはは、ありがとう〜」
まるでいつもそうしているかのような100点満点の笑顔で答える先輩。
だけど、もしもこれをさっきの問題に当てはめるなら足りない……んだっけ?と頭をフル回転させる。
「でも、それだけじゃなくて次の人が使いやすいようにチョークを並べたりする細かい配慮が出来たり。
えっと、自分が恋愛で困っているように見えたから安易にアドバイスをするんじゃなくて、問題を出して自分自身で答えを見つけられるように誘導して……あの、あれ、自己肯定感?的なのを高めようとしてくれたり。
そう言う、人に気付かれないようなところにも気遣いが出来る先輩の内面も素敵だなぁって……思ったり……」
途中から自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。
沈黙が流れ、窓からは微かに運動部の声が聞こえてくる。
返答がないってことは足りないってことなのか。
なにか、なにか締めの一言を言わないと……!
「その、見た目だけじゃなくて人に気付かれないようなところでも気遣いの出来る先輩の内面も素敵だと思います!」
再び沈黙が流れる。自分の発言を思い返して顔が熱くなる。
歯の浮くような台詞をサラッと言われたら嬉しいだなんて言っていたけど、知らないやつに言われたって気持ち悪いだけなんじゃ?!
「すみません!なんかキモいことつらつらと話しちゃって、せんぱ…い」
隣を見れば、自分なんかより遥かに顔を真っ赤にした先輩がいた。
「い、いやぁ。なんかありがとうね。なんか普段そんなこと言われないからちょっとビックリしちゃったよ……あはは~……」
どぎまぎとしている先輩に釘付けになる。
そんなに見ないでよ~なんて笑った後に深呼吸をすれば、いつもの先輩の顔に戻ってしまった。
「あ、黒板消し結構汚れちゃったね。私綺麗にしてくるね」
「あ、はい……」
黒板消しを受け取る時も先輩の髪はサラサラと揺れる。その隙間から見えた耳は真っ赤なままだ。
「あの、先輩。モテる秘訣、もっと教えてくれませんか?」
これが自分こと本間 真琴と黛先輩との出会いだった。
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