クジーフィ遠征開始

 クレアが率いる部隊の一員として遠征に参加した俺は、山脈を貫くトンネルを抜けて隣国―—クジーフィというそうだ―—に侵入した。


 このトンネルがかなり長くて、能力者とはいえよくこんなのを人力で掘ったなと思う。恐らく3キロ近くある。幅も3メートルぐらいはあるし、ちゃんと木材で補強がしてある。少なくともこの遠征中は崩れず持つようにってことなんだろう。誰が指揮をとったかは容易に想像がつく。


 そもそもトンネルの入り口だって結構な山の中にあって、そこまでもちゃんと兵士たちが通れるように切り通しが作ってあるんだよ。かなり大掛かりな工事だ。しかもこれと同じものがもう一本あるというのだから、この作戦に相当の軍事的価値があることは容易に想像できる。


 トンネルに潜る前にクレアとトルサルデという人から作戦の説明を受けた。相手はクジーフィというスーマの北にある大国で、何十年も前から小競り合いを繰り返しているそうだ。地球で言えばフランスにあたるスーマは豊かな穀倉地帯の恵みによって強大な国力を持つらしい。食糧の生産力が高ければそれだけ人口を支えられる。人口が多ければ兵士は増やせるし、能力者だって確率的なものではあっても多くなるだろう。


 その大国相手に奇襲を仕掛けるのが今回の遠征だ。これまではお互いの領土に攻め入ろうとすれば、ノナシ山脈―—地球でいうアルプス―—を大きく迂回するか、少人数で山越えをするしかなかった。そう認識している敵を欺くため、秘密裏に切り通しとトンネルでルートを確保。そして2箇所から侵入することで敵の防備を混乱させる。同時に山脈を西から迂回した本隊がクジーフィ東部に雪崩れ込む、という算段だそうだ。


 奇襲部隊はそれぞれ一般兵500ほど。またそれぞれに能力者を5名ずつ。能力者の比率的には破格らしい。トンネルを通ることを考えるとそんなに人数は送り込めないからね。能力者を多めにして戦力をできるだけ高めたいということだろう。


第一団 ターモテック隊

 隊長 サヴァニリーシュ・ジャンヌマラー

 副隊長 リアン・タルカン

 ドローク・レヴァーシュ

 ムレーシュ・ロブルデマン

 ヨンジ・シュナ


第二団 ムーキス隊

 隊長 ルドサンクレア・クーディンタローグ

 副隊長 ヤジン・ロークン

 ヤジン・トルサルデ

 シンイチロウ・ヒヤマ

 ヒトミ・ヤチグサ


 ちなみにルルとパウロは怪我の治療中で不参加。


 トンネルの出口に臨時の拠点を作り、兵力を集めてから本格的に進行をすることになっている。トンネルの出口を突き崩して開通すると同時にまずクレアが飛び出して安全を確保し、その後30人ほどが敵国領内に至った。俺を含む能力者は全員第一陣。


 山の中ではあるがやや平らな土地が広がっている場所だった。なんとなく瞳と連れ立って出口から這い上がったら、目の前に腹から真っ二つになった死体があった。現代日本人の感覚からしたら目を背けたくなるような光景だが、もはやいちいち感情が動くことはない。


「なんかもう、戻れないところまで来ちゃった感じだよね」


 後ろについてきていた瞳も同じことを思ったのだろう。悲しいとか辛いとか、そういう気持ちにはならないが、失ったものは確かにある。これに関してはもう諦めるしかない。この世界で生き続ける以上は。


 うん、と一言返すと瞳はすぐに視線を外して歩き出した。


 今は昼下がり。発見される確率を考えるなら夜中に決行する方が良さそうなものだが、わざわざこの時間を選んでいる。さすが隊長殿は抜け目がないよ。


「後続がつかえているぞ!出口から離れろ!急げ!」


 声を張り上げて兵士たちを誘導しているのはヤジン・ロークン。スシリナーアでも一緒だったオッサンだ。こちらの世界の平均と比べると背は低い。俺とそれほど変わらないから170センチあるかないかってところだが、筋肉質で俊敏な動作が特徴的だ。あとかなり現実的というか合理的というか、冷徹な判断を下せる人、という印象。普段は割と気さくなのでギャップがある。


 時計がないので大体だけど1時間ぐらいで全員がトンネルから出てきた。整列した500人を前に銀髪の指揮官が歩み出た。


 白銀の鎧の各所に施された金の装飾が軍における彼女の特殊な地位を示している。まあそれがなくてもその容姿と纏う雰囲気だけで特別さは十分感じられるけど。


「作戦はすでに伝えてある通り。各自、全力で役目を果たすことを期待している。とにかく時間との勝負だ」


 ロークンとは対照的にさほど大きな声ではないのによく通る声は、兵士たちの士気を上げる役目を存分に果たした。たったこれだけの言葉で目の色が明らかに変わる。もちろん言葉も話し方も計算されているんだろうけど、発した当人のカリスマ性が高すぎて逆にあまり意味をなしていない気もする。


 ふと隣を見れば、瞳が緊張した面持ちでクレアを見つめている。気持ちはわかるけど緊張しすぎるとうまくいくものもうまくいかないぞ。


「大丈夫だって。上手くできるよ。きっと」


 俺の目を見て小さく頷いた。緊張は残っているけど表情は少し柔らかくなったかな。今回の作戦の第一段階では瞳の役目がかなり重要だ。もちろん危険も大きい。しかも俺は俺で別の役目があるから一緒には戦えないんだよね。同郷の仲間としては心配になるところだけど……


「ありがとう。振一郎もがんばって」


 お、笑う余裕が出てきたみたいだ。よかった。余裕がないと普段の動きができなくなるからね。


 視線を前方に戻すと、我らが指揮官殿が話を終えるところだった。


「さあ、行くよ」


 おう、と熱気を孕みながらも低く抑えられたたくさんの声が応えた。そしてそのまま全員が所定の配置につく。


 いよいよ作戦開始。この中のどれだけが命を落とすのか。


 いや、生き残るのはどれだけか。

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